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悪役令息と悪夢の幕開け

 その年の秋が深まるころだった。

 収穫祭を迎えて冬ごもりの保存食の用意も済ませ、後はだんだんと家々で冬支度をしていくような、そんな時期。旧レムウッド城下での小競り合いや軽犯罪の報告が増えて、何か訝しんでいるうちに、最初の傷害事件が発生した。

 酒に酔った客が周りの客と揉めて、制止しようとした店主もろとも殴り続けて半殺しにして、殴られたうちの一人は容態が悪化して死んだという。

 被害にあったのが複数人であることと犯人の様子がどうもおかしいということから、裁判権を持つ領主家まで報告が上がってきた。

『裁判権を持つ』とはいえど実際には判決文への署名くらいしか領主の仕事はないわけで、そのためだけに城下まで出向かされるなんて、と、元レムウッド辺境伯(ジジイ)は憤っていた。ジジイはいつも何かしらに腹を立てているのだが、今回は苛立ちも格別らしい。


「なんだあいつは! まったく、気味が悪いやつだった!」

「……そんなに変わった犯人だったんですか?」

「ああ、レイモンド、おまえが気にすることではない!……しかし、不愉快だ。あいつはずっと、刑が執行されるその瞬間まで()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 これだから平民は、とジジイの繰り言が流れるように平民ディスに移ったのは聞き流しつつ、その話の中身は放置できない。

 俺は、後ろに控えているシャルに目配せをした。


(……ちょっと、調べてみるか)


 後から思えば、この事件は嵐の前兆、悪夢の幕開けに過ぎなかった。


 ☆


 最初の事件の報告からさほど間を置かず、城下町での事件の報告件数は増えた。それから流行病のように、ぽつぽつと街中に広がっていく。

 捕まった犯人たちは皆正気を失っているようで、聞き取りもままならないのだという。

 異常事態に外出を控える雰囲気が蔓延して、賑やかな城下町は次第に閑散としていった。


「いったい何が起きてるんだ!?」

「……一応、今のところ裏路地での事件ばかりだし、元々比較的治安が良くないエリアだからって説明はできるかも。乱闘くらいなら以前から日常茶飯事だし」

「だとしても、こんなに凶悪事件が相次ぐなんて異常だろ!?」


 異常な事件を引き起こす、異常な犯人たち。

 異常さの原因は、病ではない。少なくとも感染する病ではない。必ずしも犯人の身近な人物に異常が『感染』していくわけではないから。

 本人の素質でもない。犯人たちの中には『普段は優しい人間だった』と言われている者も含まれていた。『酒に酔って暴れる』どころか酒を全く飲まない者だっていた。

 原因も分からない、目撃証言も出ない、本人からの証言も取れない。

 おまけに、中世仕様なこの世界では科学捜査なんてできるわけもない。仮に技術的には可能でも、『科捜研』を刑事ドラマでしか見たことがないような高校生の記憶じゃ扱えるはずもない。


「……思いつくことがないわけじゃないけど」


 まったくの門外漢だが『集団ヒステリー』だの『ストレスによる疾患』だのと心当たりはある。

 だが、この事件を聞いたとき最初に思いついたのは──。


「ドラッグなのか?」


 この世界に『薬品の認可制度』は無いし、効き目があるのか眉唾なものが『舶来の薬』として高く売られているのも知っている。

 現代日本っ子の俺としては健康被害が怖くて手を出したことは無いが――もしかしたら、輸入品としてヤバい薬物も持ち込まれているのかもしれない。


 ――だって、この事件の犯人たちは『ラリってる』って表現にぴったりじゃないか。


「どらっぐ? 何それ?」

「……シャル、アレクシアに連絡が必要かもしれない」

「『女帝』が何か知ってるの!?」

「わからない。けど、この世界であの女が知らなかったら、たぶん誰も知らないよ」


『あいつは荒れ地で育つ植物を海外から輸入していたし交易品にも詳しいはずだ』ともっともらしい理由をつけると、シャルは納得したようだった。

 駆け出していく後ろ姿を見送って、少し申し訳なく思う。俺はまだ、シャルにも前世の記憶の話をしていない。


「……『前世の記憶が~』とか、どんな文脈で、どんな顔して話せっていうんだよ」


 俺より出来がいい前世の記憶を持ってるアレクシアなら、もしかしたらドラッグの対処法まで知っているかもしれない。もしかしたら、あいつの前世が医療従事者だというミラクルもあるかもしれない。


「……いや、さすがにそれはないか。期待しすぎだ」


 ただ、俺は誰かにこの不安を打ち明けたかったのだ。打ち明ける相手は誰でもいい、仇敵であるアレクシアだって構わない。……シャル以外であれば、誰でも。

 俺は『この事態は自分の手には負えない』と言って、シャルに失望されることが何よりも怖かった。


 ☆


「なんでもかんでも、わたくしが知っているわけないでしょう? ひとのことをなんだと思っているのかしら」


 居城の執務室でアレクシアは息子から届いた手紙を前にして、呆れたように言った。


「わたくしだって解決策は知らないわ。まあ、でも、プライドを捨てて伝えてきたのは『えらいえらい』って褒めてあげるけれど」


 レムウッド領全体の効率的な運営のために()()()()()とはいえ、旧レムウッド城市とその民もアレクシアにとっては愛すべき領地と愛すべき民だ。

 救えるものなら救いたいに決まっている、が――。


「わたくしが出向いて解決するものかしら、これ。『あの女が旧レムウッド城市を陥れるためにやったことだ!』なんていちゃもんつけられたら、余計に騒ぎになりそうね。……そうねぇ」


 とりあえず、アレクシアが海外から持ち込んだ植物の目録とその特徴・効能をまとめた文書と腕のいい医師を旧レムウッド城市に送ってやろう。

 息子の手紙には『病の可能性は低い』と記されていたけれど、駄目元でも無いよりマシだろう。


「あとは『何かしらの品物によるものなら流入経路を調べて迅速に塞ぐこと』と指示を出して……余計なお世話かしら?」


『うるせえ、ババア! それはもうやってる!』と食ってかかられるかもしれないが、それはそれで楽しそうだ。


「久しぶりに帰ってきたのに母に顔も見せずに行ってしまったのだから、それくらいのお節介はゆるしてちょうだい。……お互いに、()()()()()()()()()()もありそうだし」


 手紙の冒頭に勢いよく書き殴られた『あんたを転生者と見込んで話がある』を指でなぞって、アレクシアはくすりと笑った。

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