悪役令息とお悩み相談
「あ~! アレクシスくん、打ち上げ来てくれたんだぁ~!」
「どうも、ローレンスさん」
俺は軽く会釈をして、既に盛り上がっている場に身を縮めながら割って入った。
さすがは今を時めく話題の劇団の打ち上げだ。旧レムウッド城市で一番デカい酒場を貸し切りにして、エルダーリヴラの劇団員たちは夜通しどんちゃん騒ぎをするつもりらしい。
「オレ的には、お高そ~な店より、この店の料理とかのが、グッとくるわけよ! ジャーって炒めて大皿でドーンッ、で、皆で囲んで分ける感じ~! レムウッドに来ると、ついついいつも店をここに決めちゃってさ」
「ああ……それはわかります」
確かに前世の俺も、部活の試合の後の打ち上げでは焼肉食べ放題とかパスタ食べ放題とかピザ食べ放題によく行ってた。
特別な行事が無い日も、帰りにファミレス寄ってだべって皆でミニピザを分けたっけ。
あれから俺の身にはいろいろあったけど、皆は元気にやってるだろうか。こちらと時間の流れが同じならあいつらは今年34歳だ。そろそろ焼肉食べ放題はキツいかな、もうおっさんだもんなと、肉をむさぼり食ってたあいつやそいつを思い出して笑ってしまった。
そんな俺を、座長のローレンスさんはじいっと眺めていた。……どうかしたのか?
「……へえ? わかるんだ?」
「え? ええ、俺も友人とよくこういうところに来てましたから」
「……てっきりこんな酒場には縁もないような、いいとこのボンボンかと思ったんだけどなあ? オレの目も曇ったか……?」
「何か言いました?」
周りの騒がしさのせいもあって、ごにょごにょと最後を濁らせた彼の言葉は、俺の耳まで届かなかった。
「んー、何でもない。ははっ、そっかそっか。いい友達を持ったねえ。友達は一生大事にするんだぞ、青少年!」
「はい」
まあ、もうあいつらには二度と会えないんだけどな。
今生は今生で、大貴族の嫡男である俺がこういう店に来れるのはシャルとお忍びで出かけた時くらいだろう。シャルが『酒場はガラが悪いから嫌だ』と言ってしまえばそれで終わりの話だ。
シャル。……そうだ、シャルと言えば――。
「……そう言えば、人生経験豊富そうなローレンスさんに、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい!? 恋のお悩み? 女の子の口説き方? 二股がばれた時の修羅場の切り抜け方? いいねぇ、人生の先輩として、青少年の相談事になら何でも乗るよっ!」
「ろくなアドバイスが無えな!?」
ローレンスさんは、俺が『聞きたいことがある』と言った途端にぱっと表情を明るくして、周囲をキョロキョロと見回した。
彼が何を気にしているかは、知り合ったばかりの俺にもわかる。
「ウィローさんなら、今日はいないって言ってましたよね?」
「そうそう~! ウィローちゃん、今日もオレら置いてっちゃってさぁ~! うっしゃ、これで今日は『いたいけな青少年に爛れた恋愛遍歴を聞かせるな!』とか、逆に『破局しかしたことない男のアドバイスが何の役に立つ?』とか、蔑みの目で言われないぞ~!」
「……どうしよう、どれもこれもツッコミがまともすぎる…」
いつも苦労してるんだな、ウィローさん。
俺が助っ人を頼まれた日もこめかみを引きつらせていた、彼女の般若の形相を思い出した。
冷ややかにローレンスさんを見ると、非難が伝わっていないのか、彼はにっこりと微笑んで言う。
「それで? アレクシス少年は何が聞きたいの? 今なら出血大サービスでお兄さんがなんでも答えちゃうよ~?」
「ローレンスさんが得意な爛れた話じゃないですよ。そういうのじゃなくて、人付き合いの相談というか……?」
「ほほう」
からかうような悪戯っぽい笑みは、学園を出る前に話した時の、シャルのあの目に似ていた。
「――わからないんです。あいつが何を考えているのか。いちおうこれも、女心がわからないってことになるのかもしれない」
「彼女と喧嘩したの?」
「親友です。……喧嘩なら良かったんですけどね」
相手は流れの旅芸人でもう会う機会も無いだろう。
そう考えて、家の事情は隠して他は全部正直にさらけ出した。俺のことは裕福な商家のボンボンだとでも思ってくれればいい。
友人と主従の関係になってしまったこと。
彼女にばかり仕事の負担をさせているのではないかということ。
最近、彼女に距離を置かれていると感じること。
揉めた覚えもなく変な態度を取られる心当たりはないから、何をどう謝れば元の関係に戻れるのかすらわからないこと。
それらの俺のとりとめもない話をうんうんと頷きながら聞いてくれていたローレンスさんは、全部聞き終えてから言った。
「よくわかんないけど、抱いちゃえばいいんじゃない〜?」
「俺が真剣に相談した意味は!?」
ウィローさんは彼のことを『クソバカ座長』と呼んでいたけど、謙遜とかじゃなくてほんとにそうだったんだ!
普段から面倒を見ているであろう、彼女のことがますます気の毒になってくる。
だいたい俺とシャルは、まったくそういう関係じゃないのに!
このひと話をちゃんと聞いてたのか!?
俺はジト目で彼を睨みつけた。
「いたいけな青少年に不健全な下ネタ振らないでください」
「いたいけな青少年なのに、男女が下心一片もなく付き合ってることの方が不健全だと思いますぅ〜」
「それはっ、ローレンスさんは爛れてるから『普通の青少年』がわからないだけです!」
俺が叫ぶと、ローレンスさんは怒りもせずにけたけたと笑った。もうかなり酔っ払っているらしい。
「わっかいと純粋だなぁ!……ま、オレは爛れてるよなぁ、自分でも思うよ」
「……すみません、なんか。勢いで」
「いいって〜、事実だし。あのさぁ、お兄さんの思い出語りしていい?」
「はぁ……?」
『オレにだって純粋なころはあったんだぞ』と言って、彼はちびちびと手持ちの酒を舐めた。
「昔、オレの幼馴染が言ったんだ。『私とあんたってどういう関係?』って。オレ達の親は、オレ達に一緒になってもらいたがってた」
『でも、あんたは私のこと、そういう意味で好きじゃないでしょ』
『そういう意味って?』
『恋愛の意味で。私も無理!』
ローレンスの幼なじみの『彼女』は、どこか自慢げに笑っていた。
『私はあんたの身内、あんたの保護者として、よそに出しても恥ずかしくないように責任持って世話しないとね!』
「言葉にしなきゃいけなかったのかね。オレ達には恋人か家族かの二択しかなかったのかね。『なんとなく一緒にいる』じゃダメだったのかね。……今でも思い出すけど、今も正解がわからない」
ローレンスさんは何かを愛おしむような目をしながら、悔やむように顔をしかめた。
「一度言葉にしてしまうと、『その関係から外れること』にも理由や言い訳が必要になるじゃない? 向き合わなきゃならなくなるまでは『白黒つけないグレー』でいいじゃん。逃げていいじゃん」
「……ほんとに、ろくでもないアドバイスだな!」
「なあに期待してたの? オレみたいなのが言えるのなんて、そんなもんっしょ! 悩めよ、青少年!」
「悩んでるから相談したんですけど!?」
けたけたと声を上げながら肩をバンバン叩いてくる手を払いのけると、ローレンスさんはまた笑った。
☆
「ほんっと、どんなアドバイスだよ……」
門限の時間になったからと酒場を抜け出して、この間と同じようにシャルとの待ち合わせの場所に急ぐ。
「シャル!」
「あ、おかえり」
先にシャルの方が着いていたらしい。遠目に彼女を見つけて、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「ん〜? 何笑ってるの?」
「いや。なんか最近悩んでたみたいだったからさぁ」
たった数時間ぶりの再会なのに、彼女の表情も顔色もずっと明るくなっていた。この間にいい気分転換ができたんだろう。
正直にそう言えば、彼女は照れ笑いを浮かべた。
「あぁ、それ? えっとね、あたしにできることを考えてただけ。ごめん、心配かけたね……シスには段取りが決まってから言おうと思ってたんだけど」
この街を文化の華の都にしたいのだということ。
裕福な商人の多い土壌は文学・美術・音楽・演劇その他の娯楽を発展させる可能性を秘めていること。
それで、先ほどまでエルダーリヴラの脚本家兼マネジャーの彼女を勧誘していたこと。
しかし、彼女には断られてしまったこと。
「でも、一回の失敗でへこたれてられない。まだまだやることもできることもたくさんある。寝る間もないくらい!」
きらきらとした目で未来を語るシャルをしばらくぶりに見た。
そんな彼女を見ると俺まで嬉しくなってくる。
あぁ、良かった。これで全部元どおりだ――。
「だからこれからも頼りにしてますよ? 次期領主どの?」
「ああ!」
――これで全部、うまくいくと思った。
……思っていた、のに。
「……」
あれから物事はすべて予定通り順調に進んでいる。だが、あれ以来シャルとの間に透明な壁ができたように感じるのは何故だろう。
引かれた一線なら飛び越えることもできたのに。透明な壁はいつもは存在すら忘れているのに、ふとした瞬間に気づいてしまえば押し返されて、一歩も立ち入ることを許さないのだ。
「……最近働きすぎじゃないのか?」
「うーん、根回し手回しがうまくいってるからねぇ? 学者の招致のためにちょっと夜中手紙を書いてただけ。シスは心配しなくて大丈夫だよ、うまくやるから」
「……そうか」
シャルに大事にされてるのはわかってる。俺に心配をかけたくないって思ってるんだろ?
でも、俺は別にお姫様じゃないんだ。
俺より遥かに賢いお前を守りたいなんて、身の程知らずでカッコつけたキザなことは言えなくとも。
――せめて、お前と苦労を分かち合いたいんだよ。




