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天才美少女は恋を憂う《シャーロット視点》

 旅の一座でありながら、旧レムウッド城市で随一の広さと席数を誇る公会堂を毎年借り切って連日満員にすることができる実力派劇団――それが、劇団エルダーリヴラである。

『安定したクオリティの脚本に煌びやかな役者たち、斬新な演出とどれをとっても一流で、王都の国王お抱えの劇団にも劣らない』というのが、同僚である女中のリーナ嬢の弁であった。


(……とは、言ってもね)


 愛想よくリーナ嬢の話に相槌を打ちながらも、シャーロット・ベルモアは七割がた疑い気味だった。


(確かに去年の脚本は面白かったけど。本当に安定してそのクオリティが担保できるなら、なぜ旅の一座なんて不安定な身分に甘んじているの? パトロンがつけばもっと活動しやすいでしょうに……それこそ王都で王室のお墨付きを狙ったっていい)


 つまりリーナ嬢が多少話を盛っているのか、もしくは――リーナ嬢が一座の看板役者の熱烈な支持者ファンであることを会話の中で見抜いて、シャーロットは微笑んだ。


(恋は盲目ってやつで。相手が何割か増しで良く見えたって仕方ないかな)


 少なくともここにいる一人の少女に対しては、彼らは夢を演じてみせるという仕事を、立派に果たしてみせたのだ。

 ならば、たとえ去年の脚本が特別に出来がいいだけで今年の公演が駄作であったとしても、釣られたシャーロットが不満に思う筋合いはない。


(ところでシスはどこら辺の席を取っているんだろう……?)


 いつの間にかはぐれてしまった友のことがちらりと脳裏をよぎったが、今はいいだろう、劇団のお手並み拝見だと、シャーロットは上演開始の鐘が鳴るのを待った。――のんきな気分でいられるのは舞台に『悪役』が登場するまでの数分のこととも知らないで。


「すごかった……」


 頭の中で、拍手の残響が聞こえる気がする。

 劇が終わった後の高揚感は未だ続いている。この状態で『もう少し一緒にいたい』と渋るリーナ嬢をうまく丸め込んで帰せたのだから、我ながら要領の良さが恐ろしい。

 リーナ嬢に対しては同僚としての好意は持っているが、それは恋愛感情には育つ見込みが無いものだった。今日の『デート』は脈無しであることを伝えるためのものだったのだが、彼女も鈍くはなさそうだし『次』のお誘いは間違いなく無いだろう。

 それでいい。その場しのぎにいい顔をし続けるのは、彼女にとっても自分にとっても不毛なだけだ。


 不毛。……不毛か。

『不毛だから恋愛するのはやめておこう』というのはあたしに言えたことじゃないか。考えたら目が熱くなってしまった。


「……シスが早く来ないから、余計なことを考えちゃうんだ」


 そうだ、彼が約束の時間を守らないから。まだ僅かに待ち合わせ時刻を過ぎただけなのに、急に心細くなった。


 事情は知らないが舞台に立っていた彼の姿は、ひどく目立っていた。

 あたしの友人のシスは――レイモンド・アレクシス・レムウッド辺境伯子息サマは、美しく賢く優しくて華があって、母親のことさえなければ人の輪の真ん中にいるはずだった人間なんだから。


『何も持たない男に彼女はふさわしくない。おまえにできるのは、これ以上彼女に疵をつけないように、今すぐ彼女の前から消えることだけだ』


 彼が演じる悪役貴族が、主人公の平民の男に言っていたセリフ。

 一度聞いて耳について離れなくなったそのセリフを声に出さず、諳んじる。あのセリフを、ご立派な貴族である彼はどんな感情で言っていたのだろう。平民なにももたない女を傍に置く彼は。

 とても知りたいし興味があるけれど、絶対に知りたくない気もする。好奇心を満たすことは快楽を得る手段のひとつなのに、『知るのが怖い』なんて初めて思った。


「お嬢さん、ひとり?」

「……今はそうですが。待ち合わせしているので」


 中央広場の噴水の縁に腰かけてシスを待っていると、酔っぱらいの女に声をかけられた。『美少年シャルロ』が声をかけられるのは珍しくもないが『お嬢さん』に用がある人は珍しい。酔っぱらいに訂正するのも面倒で、そのまま応じることにした。


「なぁんだ。暇なら一緒に飲みに行こうかと思ったのに。酒を入れつつ感想を聞きたかったな」


 横に座った酔っぱらいはけらけらと笑った。


「感想?」

「どうでした? エルダーリヴラの公演」


 ああ、なるほど、とシャーロットは納得した。

 この時間にこの広場で待ち合わせなんて、公会堂の人混みではぐれそうになった人しかしないだろう。

 シャーロットは、世間話として当たり障りのない言葉を探して、口にした。


「……とてもよかったですよ。最後に二人の想いが報われて、幸せになって――」

「嘘」


 ぴしゃり、と遮るように酔っぱらいは言った。

 暗がりで顔はよく見えないのに『彼女に睨みつけられている』のが分かる。


「役者や演出が褒められることはあるかもしれない。でも、今回の脚本が褒められることはない。……なんとか話をまとめるために取ってつけた結末だもの。あれに納得してくれるお客様はそれはそれでありがたいわ。――でも」


 そうして、彼女は、もう一度尋ねる。


「あなたは、どう思った?」

「あたしは……」


 つまらない一般論なんて置いておいてよ、と言われているような気がして、余計なことはもう頭に浮かびもせず、自然にゆるゆると唇が開いた。


「あたしは、みんな可哀想だなあって思ってしまいました。男も、令嬢も、許嫁も」


 ――男の、令嬢を迎えに行くための血のにじむような努力は、『実は貴族の御落胤だったから』なんて、自分の力じゃどうしようもないことにまとめられてしまうんですか。


 ――令嬢の、相手が覚えているかもわからない約束に縋って婚姻を拒み続けた心細い気持ちは、最後に幸せになれば帳尻が合って拭い去れるものですか?


 ――許嫁は、何か悪いことをしたんでしょうか。彼は決まりを守ろうとしただけで、きっと彼なりに令嬢を守ろうとしていただけじゃないんですか? もしかしたら、二人を遠ざけることで恋敵である男の身の破滅も防いだのかも。


「そんな不毛な話じゃないでしょうし、考えすぎなんですけどね。あたしには、ハッピーエンドは向いてないんだと思います」


 そう言ってシャーロットは話を締めくくった。

 彼女の望む感想ではないかもしれないけれど、それなら怒りは甘んじて受けよう、とぼんやり考えながら。


「あら、不毛じゃない恋愛なんてある? 言わなかったっけ。私は本当は悲恋を描きたかったのよ。でも、私には良い結末が最後まで思いつかなかっただけ」

「……どういう?」

「またあなたに会いたいな、お嬢さん。そこの裏の黒猫亭ってところに、しばらくいることにするわ」


 問いかけようにも、酔っぱらいは既にふらふらと歩き出していた。

 そういえば、シャーロットは『美少年シャルロ』の男装をしていたのに、どうして彼女は『お嬢さん』と呼んだのだろう?


「ごめん! シャル! 待たせた!」

「遅いよぉ、シス」


 酔っぱらいの彼女と入れ替わりに息を切らせて走ってきて、深々と頭を下げる友人を見る。


「あれ? なんか言わないのか?」

「あたしに怒られたいの? シスの趣味に付き合うのはちょっと」

「そうじゃねえよ!……言わないならいいんだけど」


 いつものように延々と茶化して彼で遊んだりはしなかった。その隙さえも惜しんで、今はただ『本当は遠くにいるはずだった彼』の傍に、一緒にいたいと思ったからだ。

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