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勘違いしないでください。私に選ばれた人が王様になるんですよ。

初めてざまぁを書きました。

稚拙で物足りない文章ですが温かい目で読んでいただけるとありがたいです。

 

 豪華なシャンデリアが眩しい王宮のパーティー会場に、煌びやかなドレスに身を包んだ美しい貴婦人とそれをエスコートするパートナーが次々と入場し、最後に王と王妃、その息子である二人の王子達が入場し、王家主催の王妃の誕生日パーティーが始まった。


 王が王妃をエスコートして会場の中央まで進み出た。曲が始まると二人だけのファーストダンスが始まった。美しく威厳に溢れた王妃と、王妃を包む優しさを備えた美丈夫の王とのダンスに人々は溜息を洩らした。

 エリオット第一王子は婚約者のアンネリーナ伯爵令嬢の元へと向かった。


「アンネリーナ伯爵令嬢、私にあなたとファーストダンスを踊る栄誉を頂けませんか?」

「勿論ですわ」


 そう言ってアンネリーナ伯爵令嬢の手を取ると、二曲目のダンスに加わった。そしてそれに倣うように次々と貴族達がダンスに加わり、美しいドレスの華が咲き乱れた。


 王と王妃が二曲を踊り終え王座に戻るとそれを見計らって、次々とお祝いの挨拶をする為に王座前に貴族がやってきた。


 エリオットとアンネリーナはファーストダンスを終えると、そっと壁際に寄りドリンクを受けとって喉を潤した。


「ドレス、思った通りとても似合っているよ」


 アンネリーナはエリオットの言葉に僅かに目を見張った。


「……ありがとうございます。エリオット様もとても素敵ですわ」

「ありがとう」


 微笑んだエリオットは金糸の刺繍が美しいエメラルドグリーンのイブニング・ドレス・スーツにオレンジというよりは赤に近い色のブローチを着けている。アンネリーナの瞳はオレンジで、髪の毛は茶色だ。

 アンネリーナは()()の髪の毛と同じ空色の、デコルテラインの開いたエンパイアドレスで、腰の部分から幾重にも柔らかなレースを重ねていて、落ち着いた雰囲気と華やかな雰囲気が混在した美しいドレスだ。腰の部分には大きなバラを模したようなレースの花が付いていて、背伸びをしていない絶妙なバランスと美しさに通り過ぎるご令嬢から溜息が聞こえるほどだ。

 首に輝く大きなゴールデントパーズのネックレスは()()の瞳の色である。が、その色をよくよく見てみれば、エリオットの瞳より幾分明るいことが分かる。エリオットには気が付くことは出来なかったが。

 エリオットはグラスを片手に、辺りをキョロキョロと見回して誰かを探しているようだ。そして、アッと小さく声をあげた。お目当ての相手が見つかったようだ。


「エリオット様、どうぞ私のことは構わずおいでになって」

「え、良いのかい?」

「ええ、ファーストダンスは踊っていただきましたし、ご友人もいらっしゃっていることでしょう?」

「でも一人で大丈夫かい?」

「えぇ、お気になさらず。私も友人に挨拶をしようと思いますので」

「そうか。では私は少し(はず)させてもらうよ」

「はい」


 そう言うと、エリオットはお目当ての相手に向かって歩き出した。そのお相手カンディアル男爵の養女キャロル男爵令嬢は、小柄で金髪にオレンジより赤に近い瞳の可愛らしい令嬢だ。そう、オレンジより赤に近い色の瞳の。

 アンネリーナは口元を扇で隠して、溜息を吐いた。本当に仕方のない人。


「何が一人で、でしょう。普通は婚約者を一人にして他の女性の元にいそいそと行ったりはしないのよ。しかもこんな場所で」


 今日は名の通った歴史ある貴族から新興貴族まで一堂に集まった、一年に数回しかない国内最大のパーティーだ。そのような場所で何らかの問題を起こせば、たちまち噂は広がり大問題へと発展する。このように婚約者を放っておいて、他の女性と楽しそうに話していれば、噂好きの貴族たちは絶対に見逃さないだろう。しかも、いろいろな人と話をするならともかく、特定のご令嬢となれば噂話の格好の餌食だ。王子の不貞とも捉えられかねない行為に、アンネリーナは大きく溜息を吐いた。


「そんな大きな溜息を吐いていると幸せが逃げてしまうよ」


 振り返るとそこにジェイル第二王子がいた。手にはアンネリーナの大好きなピスタチオ味とレモン味のマカロン。


「ジェイ」

「今日のマカロンは最高傑作だそうだ。パティシエ長がぜひアンネにって」

「まぁ、今度お礼を言いに行かないといけないわ」


 アンネリーナは皿を受け取ると、嬉しそうにレモン味のマカロンを食べた。


「ん、私好みの酸味だわ。ふふふ」


 アンネリーナの綻ぶ顔を見ると、ジェイルの顔も優しい笑みとなった。


「兄上は、また例のご令嬢と一緒かい?」

「そうですわ、何を考えていらっしゃるのか」

「まぁ、良いじゃないか。今更そんなこと」

「ふふふ、そうね。…やっとよ」

「あぁ、やっとだ」






 アンネリーナがエリオットの婚約者となったのは5歳の時だった。正確にはエリオットとジェイルの二人の仮の婚約者だ。

 この国の国法により次期王妃を決めるために、王子と年の近いご令嬢が集められ、現王妃とのお茶会が催された。アンネリーナの父親であるヘーゼル伯爵は、娘を次期王妃にしたいとは一切思っておらず、とにかく候補からいち早く抜けることを考えていた。


「いいかい、アンネ。今日はお城でお前と同じくらい年のご令嬢が集まって、お菓子を食べて遊ぶ日なんだよ。だからいっぱい食べて元気に遊んでおいで」

「まぁ、お父様。私、お菓子を沢山食べていいの?」

「あぁ、今日は特別だよ。お城で出されるお菓子だからとても美味しいだろう。沢山食べてきていいよ」

「沢山なんて、マリアに怒られないかしら?」

「大丈夫だよ。今日だけは特別だから、マリアにもちゃんと私から伝えておくよ」

「うれしい!」


 健康と虫歯を考えて間食は少しだけと決められているアンネリーナは、一日一回の間食にクッキーを2枚までしか食べたことが無かった。甘さ控えめに作られたゼリーは少し物足りないけど、月に一度出てくるプリンは唯一甘くて量も多めでアンネリーナの大好物だ。だから、たくさんお菓子を食べていいなんて言われると吃驚してしまう。


「楽しんでおいで。それから、もしその場に綺麗に着飾った男の子が居たら、失礼の無いように離れること。一切関わってはいけないよ」

「分かったわ。でも、もし離れられなかったら?」

「その時は仕方がないから、泣かさない程度に一緒に遊んでおいで」


 アンネリーナは、少々お転婆で他のご令嬢よりちょっと元気がいい。

 普段は使用人の連れてくる子供達と庭を駆け回り、カエルを捕まえたり虫を箱いっぱいに集めたり、木に登ったりして遊んでいる。

 とても貴族のご令嬢のすることではないが、母親を早くに亡くした為、寂しい思いをしないようにと使用人に子供を連れてこさせ、自由に過ごさせたら、予想以上に自由を満喫しまくってしまった。


 アンネリーナの母親も少しお転婆だった。乗馬をこよなく愛し、弓を使って猟をするほど男勝りな面があった。ヘーゼル伯爵はそんな彼女を愛していたから、アンネリーナにも無理にご令嬢らしく在らんとする必要を感じていなかった。

 ヘーゼル伯爵の子供は女の子が二人で、長女のアンネリーナが家を継ぐことになるだろうから、お(しと)やかより男勝りの方がいいだろうと思っていたのだ。とはいえ、アンネリーナが頭にカエルを載せて喜んでいるほどお転婆であると知っていたら、さすがにもうちょっとお淑やかにしなさいと言ったかもしれない。


 そんなアンネリーナだったから、次期王妃になど選ばれる筈も無いが、念のため王子の目にも留まらないように、王子には近づかないように念を押して伝えた。

 アンネリーナはとても可愛らしい容姿をしている。母親によく似ているから、将来は間違いなく美しい女性へと成長するだろう。自分の娘が世界で一番可愛いと思っている伯爵は、王子がアンネリーナを見れば、その可愛さに目を奪われることは間違いないと心配しているのだ。


 王宮の中庭には4歳から10歳までの十数人のご令嬢と王妃が、テーブルを囲んでお茶会をしている。一番幼い4歳のご令嬢も、王妃が偉い人というのは知っているようで、とても緊張している。両親に、王妃様や王子様のご機嫌を損ねず気に入られて来いと言われているのだろう。王妃の質問に、張り付いた笑顔で一生懸命応えているご令嬢は顔を真っ赤にして僅かに涙目だ。


 そんな中アンネリーナは、初めて見るマカロンを一口で口に放り込み、リスのような頬で一所懸命食べている。レモン味で微かな酸味と甘みがバランスよくとても美味しい。それから、ピスタチオ味のマカロンをまたもや一口でパクリ。少し塩味(えんみ)があってマカロンの甘みが更に強く感じられてこれも美味しい。そしてリスのような大きな頬でもぐもぐもぐもぐ。次はピンクのイチゴ味のマカロンをパクリ。よーく味わってみたがこれはそんなに好きな味ではなかった。

 そうして次々と見たことのないお菓子を口に放り込んでは目を輝かせている。


 王妃は順番にご令嬢たちに質問をしていて、アンネリーナの順番が来るまでにはまだ時間が掛かりそうだった。そんなことを気にしたわけではないが、さっきから少し離れた所に見える池がとても気になっている。見たことのない大きな白い花が池に浮いていて、どうしても近くで見たくなった。テーブルの端に座っていたアンネリーナは、王妃からは死角になっている。ご令嬢たちは王妃との話に夢中で、使用人たちは数人いるが忙しそうで自分の近くには誰も居なかった。


 そうっと、席を離れると静かに池の方に進んでいった。誰も気が付かない。小さく屈んで花に隠れるように進むと探検している気分になってくる。ドレスがちょっと汚れても全然気にならない。


 広いしお菓子は美味しいし、今のところ遊び相手はいないけど、ここで過ごす時間は悪くないわ。


 ニコニコしながら、落ちていた大きな葉で池の水をかき回したり、花で羽を休めている美しい蝶にそっと近づいて捕まえようとしたり、楽しいことがいっぱいでどんどんお茶会の席から離れていく。


 ふと王妃が池の近くで遊んでいるご令嬢に気が付いた。

 なんだかとても楽しそうにパタパタとあちらこちらを行ったり来たりしている。側近にご令嬢の名前を確認して危険の無いように警護を付ける指示をした。


「可愛らしいご令嬢だわ。ふふふ」


 やがて数人のご令嬢を残して王妃とのお茶会はお開きとなった。その残ったご令嬢の中に、何故か一人庭で遊んでいたアンネリーナも入っていた。

 次に、ご令嬢たちは王宮の一室へと連れていかれた。その部屋には子供達の興味を引きそうな玩具、人形、本、紙などが置かれており自由に使っていいと言われた。そして、その部屋に上質な布で仕立てられた洋服を着た男の子が二人と、少し離れた所で平民の洋服を着た男の子が二人遊んでいた。


 あの綺麗な洋服を着た男の子たちはきっと王子様だわ。


 ご令嬢たちの胸は高鳴った。すぐさま、上質な洋服を着た男の子たちの周りにご令嬢達が侍り一生懸命話しかけている。

 そんな様子を見ながらアンネリーナは一人、落ちている玩具の剣を拾い揺れる木馬に跨った。いつかはお母様の様に馬で遠乗りをするのが夢だ。今はとりあえずこの木馬を激しく揺らすことに専念したい。身体を前後に揺らすと、それに合わせて木馬が揺れ出した。木馬は思いの他大きく揺れ、アンネリーナの好奇心を大いに満足させた。


「君凄いね!」


 平民の身なりをした男の子二人が近寄ってきた。


 この子たちは綺麗な洋服だけど、平民みたいだから遊んでも大丈夫ね。


 アンネリーナは父親との約束を忠実に守っている。


「私、こんな大きな木馬は持っていないの。こんなに揺れるなんて最高ね!」

「僕もこんなに揺らしたことないよ。君は凄いなぁ」


 兄弟だろうか、二人の男の子はとても良く似ている。男の子は名前はリオで5歳、弟はジェイで3歳だという。それから3人で沢山遊んだ。一番楽しかったのは王様ごっこで、何故かアンネリーナが王様だった。それに付き従う2人の男の子達も立派な勇者となって、3人で悪者を沢山倒した。

 結局アンネリーナは王妃とも王子とも言葉を交わすことなく、心ゆくまで王宮を満喫し帰っていった。


 アンネリーナに次期王妃の打診が来たのは、王宮でのお茶会から2日後のことだった。伯爵が卒倒したのは言うまでもない。残念ながら伯爵には断る力もなく、この打診を受け入れる他はなかった。



 アンネリーナが二人の王子の仮の婚約者となってから7年が経った。その間に二人の王子と親睦を深め、良好な関係を築いていった。



 次期王妃の打診を受けてからすぐに王妃教育が始まり、元気に庭を駆け回っていたアンネリーナの姿は一切見られなくなった。毎日の王妃教育は厳しく、幼い頃は何度も止めたいと父親に泣きついた。


 物怖じしない元気なアンネリーナを気に入っていた王妃は、アンネリーナに早期に王妃教育を修了したら王家自慢の名馬を一頭プレゼントすると約束をした。

 すると、アンネリーナの瞳はみるみる生気を取り戻し、今まで以上に輝き始めた。

 それからのアンネリーナは凄まじかった。今までどれだけやる気がなかったのかと、王妃教育をしていた先生方が呆れるほどの吸収力でどんどん授業を熟し、貴族学園に入学する頃には殆ど王妃教育を修了してしまった。


 学園に入ってからも、優秀な成績を維持していたアンネリーナは常に学年1位だった。もともと運動神経に優れていた為、乗馬クラブに入部し大会に出て好成績を収めたし、男の子に交ざって剣技の授業も受けていたので力でこそ男の子には敵わなくても、技と素早さでそこそこ戦えるほどの力も身に付けて行った。


 同い年のエリオットとは成績順の為常にクラスが一緒で、席は隣同士だった。よく二人で話をしたり勉強をしたり、昼食も一緒に取るなど学園でも変わらずに良好な関係を築いていた。


 同時に、殆ど修了した王妃教育のご褒美にと王妃からプレゼントされた、真っ黒で艶やかな美しい毛並みをした牝馬で、ジェイル第二王子と頻繁に遠乗りをした。剣を合わせたり、二人でこっそり城下で話題のカフェに行ったりしてジェイルとの信頼関係も築いていった。


 この頃の3人は婚約者と言うよりは、仲の良い姉弟みたいなものだった。


 エリオットは読書などを好んでいたので、よく学園の中庭のベンチに座り本を読んでいたが、そんな王子を見逃さない女子生徒たちは、王子を見かけるとこれ見よがしに本を手にして、王子に話しかけていた。常に女子生徒に囲まれているエリオットを見ても、アンネリーナは特に気にはしなかった。王子の人柄が人を惹き付けるのだろうと寧ろ好ましく思っていた。

 ただ、少し気になるのは女子生徒だけではなく、男子生徒とも交流するべきではと言うことだった。それに付いて、何度か王子に話してみたことはあったが、そうだね、そうするよと笑顔で答えるだけだった。

 王子には貴族子息の友人はいたが、側近として我が身を盾にしてくれるような信の置ける友人はいなかった。暫くして、王様の配慮かエリオットに側近候補として、テリノア侯爵子息が侍るようになった。アンネリーナはそれを見て安心し、今後新たな側近候補を見つけるべく交流を広げてくれることを期待した。


 アンネリーナとエリオットの学園生活3年目に、第二王子のジェイルが入学してきた。そしてキャロル男爵令嬢も。


 エリオットの態度が徐々に変わってきたのは、キャロルが入学してきて3か月も過ぎた頃だ。アンネリーナと隣同士の席ということもあって、今まで同様に話もするし王宮で定期的に開かれるエリオットとのお茶会も続いていたが、学園で昼食を一緒に取ることがだんだんに減っていき、いつの間にか全く一緒に取らなくなっていた。


 というのも、3人で食事をしていた時に何故かキャロルがやってきて、ジェイルに同学年だと声を掛け、次いでエリオットに話しかけた。と思ったら、何故か同じテーブルに着き持ってきたサンドウィッチを広げ出したのだ。

 誰も同席を許可していなかったのだが。

 そしてそんなことが2回3回と続くと、さすがに静観を決め込んでいたアンネリーナが堪らず(わきま)えなさいと諭した。しかし、キャロルはアンネリーナの言葉が理解できないのか、キョトンとしてヘラヘラと笑っているだけ。

 あまりに普通にやってきてエリオットの隣に座るので、だんだんエリオットもキャロルが来ることに慣れてきてしまった。

 アンネリーナとジェイルはこの状況に耐えられず、徐々に中庭のベンチで食事を取るようになった。エリオットも中庭に誘ったが、もしキャロルが来た時に、誰も居ないのは可哀そうだからと言ってその誘いを断った。


 そしていつの間にか、サロンの限られた人しか使えない特別席に座っているのは、エリオットとキャロルの二人になった。

 そしていつも中庭で本を読んでいたはずのエリオットが、人目の付き難い木の陰でキャロルと過ごす姿が目撃されるようになり、図書室のアンネリーナと一緒に勉強していた席にはキャロル男爵令嬢が同席するようになった。


 はっきり言ってキャロルが同席した勉強会は、不快で迷惑以外の何物でもなかった。ここが分からないと肩をエリオットにぴったりと寄せて質問しては、ちょっと説明されるとキャッキャ言いながらすごーいと手を叩いた。

 静かになさいとアンネリーナが注意をすれば、エリオットがそんな怖い顔をしないでとアンネリーナを宥めた。そうすると、キャロルがアンネリーナ様こわーい、エリオット様は私にこんなに優しくしてくれるのに、と上目づかいにエリオットを見つめた。

 5回目にキャロルが図書室に同席した時、我慢できずにアンネリーナは席を立った。


「アンネ、どこに行くんだい?」

「私はジェイル殿下と勉強をしてきます。お二人はどうぞごゆっくり」


 頭を下げるとアンネリーナはその場を去っていった。


「ふふふ、アンネリーナ様は私達に気を遣ってくれたんですね」

「あ、あぁ、そ、そうかな」

「さ、エリオット様お勉強をしましょ」


 アンネリーナが席を立ったことに驚き戸惑いを感じたが、キャロルに勉強を教えるだけなので、やましい気持ちなど何も無かった。キャロルはカンディアル男爵の養女で、他の貴族令嬢からしたら平民同様の為、誰も相手にしてくれないと涙ながらに相談された時、自分が力になってあげられればと思った。

 だから昼食も一緒に取ったし、勉強の席に同席したいと言うキャロルの言葉も聞き入れた。アンネリーナと仲良くなれば、きっとキャロルを見る周りの目も変わるだろうと思ったからだ。


 しかし、それ以降アンネリーナが図書室で勉強をすることはなくなった。その代わり、中庭のベンチでジェイルと勉強をしたり昼食を取ったり、何やら楽しそうに話をしている姿を度々目撃するようになった。


 だからと言ってエリオットとアンネリーナが不仲になったわけではなかった。クラスでは変わらず他愛の無い話をするし、王宮でのお茶会も続いている。ただ、今までは言わなかったキャロルとの付き合い方について言われることが何度かあった。

 あまり特定の異性と特別な交流をするべきではない。もっと、周りを見て行動すべきだ。男子生徒ともっと積極的に交流して欲しいなど。

 最初はニコニコしながら聞いていた話も、何度も言われると腹が立ってくる。


「そんなことを君に言われたくはない。私はちゃんと考えて行動している!」


 エリオットが鋭く言い放った時の、吃驚して目を見開いたアンネリーナの顔が、エリオットの心の底に棲みついていたアンネリーナに対する劣等感を(つつ)いた。


 自分より成績優秀で、男勝りの剣技に乗馬、明るく友達の多いアンネリーナに抱いた劣等感を、エリオットは必死に隠してきた。だが、今アンネリーナの顔を見れば、自分の態度次第で彼女のことなどどうにでもなるような気がする。自分は王になる立場だ。アンネリーナに好きなように言われて、黙っている必要はない。


 次第にエリオットはアンネリーナを気にしなくなった。隠す様子もなくキャロルと過ごし、お茶会には2回に1回しか来なくなった。アンネリーナの忠言を聞いても空返事で、時には威圧的な態度で反論することもあった。


 かといって、アンネリーナのことが嫌いになったわけでもないし、いつも邪険にするわけでもない。婚約者として最低限のことくらいはしてやろうと、誕生日にプレゼントを贈りパーティーの為にドレスを贈りエスコートもした。

 アンネリーナに対してきつく当たるわけでもないので、不仲というわけでもない。ただ、なんとなく惰性(だせい)で動いているのは自分でも分かっていた。

 それは学園を卒業するつい最近まで続いたのだ。







 ようやく仮婚約が終わる。卒業して王妃教育も終わり、いよいよ婚約者を決め二人の王子のどちらかが王太子となるのだ。


「アンネリーナ令嬢」


 不意に声を掛けてきた方を見れば、エリオットの側近テリノア侯爵のご子息アランドロだ。


「まぁアランドロ様、御機嫌よう」


 アンネリーナとジェイルに挨拶をしたアランドロは、少しアンネリーナと話がしたいと申し出た。それを快諾すると、ジェイルは少し離れた友人の所に向かった。


「それで、お話とは?」

「あの、…お贈りしたドレスはお気に召しませんでしたでしょうか?」

「あら、アランドロ様が私にドレスをプレゼントしてくださったの?」

「い、いいえ、いいえ違います」


 アンネリーナは可笑しそうに扇で口元を隠して笑った。


「冗談ですわ。エリオット様がプレゼントしてくださったドレスでございますね」

「は、はい」


 エリオットが適当に選んだドレスを、アランドロがオーダーし配送を手配したのであろう。


「アランドロ様は、私があのドレスを着るとお思いになりましたか?」


 優しい口調とは裏腹に棘のある質問だ。


「…私は、…」

「ふふふ、意地悪だったかしら」

「いえ、決してそのような!」

「心配しないでください、別に怒っているわけではないので」

「はい、…正直に言えば…」

「…」

「私は、今アンネリーナ様がお召しになっているドレスの方が、ずっとお似合いだと思っております」

「まぁ、嬉しいわ。このドレスはジェイル殿下がデザインして下さった特別なドレスなの」

「な、なんと」


 アランドロの顔は蒼白になり言葉を失った。()()()()()()。既に分かり切っていたことではないか。


「…私はエリオット殿下に、何度もこのドレスで本当にいいのかと確認をしたのです。アンネリーナ様にはあのように大きく広がったドレスは幼過ぎて似合わないと」

「…」

「しかし、エリオット様は聞き入れて下さいませんでした。…あのドレスが似合うのは別の方です」

「そうですね。私もそう思いますわ」


 あの夢見がちな男爵令嬢。彼女にはあのひらひらに広がったドレスが似合うだろう。


「申し訳ございません。私の力が及ばず、エリオット様をお諫めすることが出来ませんでした」

「いいのですよ。それより、このパーティーが終わったら私の元へいらっしゃらない?」


 アンネリーナの言葉に俯いた顔を勢いよく上げたアランドロの表情に、アンネリーナは吹き出してしまった。驚いて見開いた目がいつもの2倍はありそうだ。


「なんと仰いましたか?」

「ふふふ、私の元に来ないかと打診しているのです。私はあなたの能力を高く買っていますのよ」

「いえ、いえ、しかし私はエリオット殿下の側近。貴方様の元に参るなど出来よう筈もございません」

「えぇ、そうね。貴方は忠義者ですしね。だからこそよ。無理にとは言わないわ。パーティーが終わってからゆっくり考えて、もし私に力を貸そうと思ったらいつでも来てちょうだい」


 アランドロの目に涙が浮かんでいる。


「なんと、身に余るお言葉」


 アランドロが言葉を詰まらせ下を向いて顔を隠した。


「お待ちしていますわ」


 そう言うとアンネリーナはジェイルの元へ向かった。


「ジェイ」

「アンネ」

「ご挨拶に行きましょ」

「あぁ、そうだな」


 ジェイルはアンネリーナの手を取って王と王妃の元へ向かった。


「父上、母上」

「おお、ジェイにアンネ」


 ジェイルとアンネリーナは両陛下に挨拶をした。


「ありがとう、二人共」


 何時まで経っても変わらない王妃の美しさには溜息が出てしまう。美しくて強くて賢い女性の憧れの存在だ。


「それで、決めたのか?」

「はい」


 アンネリーナが頷いた。


「そうか」

「おめでとう二人共」

「ありがとうございます」


 ジェイルとアンネリーナは見つめ合って微笑んだ。


「では、行こうか」

「はい」


 王と王妃が椅子から立ち上がり前へ進み出た。ジェイルとアンネリーナは王より一歩後ろに控えた。


「皆の者!」


 王の声が会場に響いた。一斉に振り返る貴族たち。


「な!!」


 王座に気が付いたエリオットがギョッとした。自分以外の王家の者とアンネリーナが王座の壇上にいる。


「なんてことだ!」


 慌てて王座に向かおうとするエリオットを王が鋭い声で制した。


「止まれ!エリオット!」

「え?」


 エリオットの横にはキャロルがいて、エリオットのジャケットの裾を掴んでいる。


「陛下よりご報告がある。聞いてもらいたい」


 王妃の口調はとても穏やかなのに、何も言わせない凄味があった。王妃の言葉にエリオットは動けずにいる。王の言葉の途中で動き回るなど不敬に他ならない。

 王は全体を見回してから、エリオットに目を遣り口を開いた。


「今日は皆に嬉しい報告ができることと相成った」


 人々は静かに王の言葉を待った。殆どの者が次の言葉を予想できている。というより、この状況で予想できない方がおかしいのだ。


「我が息子ジェイル第二王子とアンネリーナ伯爵令嬢の婚約が成立した。それに伴いジェイル第二王子を王太子とすることをここに宣言する」

「何を仰っているのですか!!」


 王の言葉が終わるか終わらないかの内にエリオットが声を上げた。周りはエリオットを白けた目で見ている。本来ならお祝いの言葉が上がるはずのこの時に、不敬にも程があると。


「なんのことだ。エリオット。お前はまず先陣を切って祝いの言葉を述べる立場ではないのか?」

「なぜ私がそのようなことをしなくてはならないのですか?」


 真っ赤な顔をしたエリオットからは普段の穏やかな様子は少しも見られない。


「私はアンネの婚約者です。何がどうしてこんなことになっているのですか!」

「まさかそれも分からないとは情けない奴だな」

「なんですって」

「何も分かっていないエリオットの為、恥を忍んで説明してやろう。この機会に我が王国の国法を知らぬ無知な者もしっかりと心に刻むがよい」


 王が見遣ったその先にはキャロルがいる。


「我がサンドビーク王国がギガン帝国から独立を果たす際に、国民を率いた英雄こそ初代女王エザリス。独立を果たした後も、十数代女王が我が王国を統治し、時代と共に王が統治を成すようになった今も、変わらない王法がある。それが、女王が選んだ(つれあい)となるものがこの国の王となると言うことだ」

「そんなこと知っております。ですから、私がその逑となり王となるのではないですか」

「ふー」


 王は大きな嘆息を吐いた。


「女王の逑となる者は、女王に認められた者だけだ。初代女王は少々夢見がちでな、能力のある美丈夫と愛し愛される関係を築きたいと仰った。その後に選ばれる女王たちの逑も、女王を心から愛し女王も心から愛する者のみが選ばれてきた。女王が他家の貴族令嬢の中から次期女王を選び、その選ばれた次期女王が王子の中から逑を選ぶ。それは女王から王妃へと立場と呼び名を変えた今でも守られている国法だ」

「それで、なぜ私ではないのですか!私はアンネと13年間婚約関係にありました。それをなかったことにするおつもりですか!」

「勘違いするなエリオット。お前とアンネリーナ令嬢とは仮婚約だ。同時にジェイルも仮の婚約者であることを忘れたか!」

「しかし、ジェイルは仮の婚約者という立場を辞したはずです」


 エリオットがそう言うと、ジェイルが一歩歩み出た。


「父上、宜しいでしょうか?」

「…申してみよ」


 ジェイルが王座のある壇上からエリオットを見下ろす。エリオットはジェイルを睨み付けた。


「兄上、私が言ったことを覚えておいででしょうか?」

「何のことだ」

「私は、兄上に申し上げたはずです。もし、兄上とアンネリーナ令嬢が互いを想い合い、生涯懸けて互いを愛し抜くというのであれば、私は仮の婚約者を辞しますと」

「そうだ、お前はそう言った」

「しかし、実際にはどうでしょうか?兄上のアンネリーナ令嬢に対する態度はそれととても言えるものではない、違いますか?」

「なんだと」

「学園は小さな社交場です。何れ学園を卒業し、いよいよ王位に就こうという時に信の置ける者を作り、優れた人材との人脈を広げる場です。兄上はその貴重な場をどのように過ごされたのか」

「なっ、それは」

「貴方の腕にしがみ付いているご令嬢、カンディアル男爵令嬢でしたか。彼女との親睦はとても深まったようですが」

「口を慎めジェイル!何を意味深長に品の無い言い掛かりをつけようとするのだ」

「言い掛かり?果たしてそうでしょうか?学園は小さな社交場であると同時に、下世話な噂が簡単に広まる場所でもあるのですよ?一体どれだけの人間が貴方方の関係に不貞を疑っているか」

「な?」


 エリオットは蒼い顔をして辺りを見回す。ようやく自分が醜聞の主人公になっていることに気が付いたようだ。


「まさかカンディアル男爵令嬢を側近に置くわけでもございますまい」

「でも!」


 今まで、エリオットの腕にしがみ付いて身を隠していたキャロルが一歩前に出て声を上げた。


「リオ様は」


 リオ様。フーン、彼女はリオ様と呼んでいるの。


 扇で口元を隠しているアンネリーナの口角が上がる。リオとは家族など極々親しい間柄の者だけが呼ぶことを許されたエリオットの愛称だ。


「リオ様は、私を唯一の癒しだと言ってくださいました」

「何を!キャロ……」

「リオ様は苦しんでいるんです。アンネリーナ様と一緒にいると、息苦しいと!」

「キャロル!やめろ!」

「リオ様、言わなくてはダメです。心の中に溜め込んでしまっては誰も分かってくれません」

「黙って、余計なことを言わないでくれ」


 エリオットの顔が蒼くなった。しかし、キャロルは止まらない。前に、キャロルは思ったことを素直に話してくれるから嬉しいよ、と言ったことがある。好きな物を好き、嫌なことを嫌と言えるのは心が素直で美しいからだと褒めたのだ。あの時の自分は大馬鹿者だった。


「それに、いつか私を王宮に呼んでくれるって言ってくれました」

「ほう、何のために」


 ジェイルは可笑しくて、口元のニヤケが止まらず軽く握った拳で口元を隠した。エリオットは、相槌を打って話を促したジェイルを憎々し気に睨み、キャロルがしがみ付いている腕を後ろに振り、キャロルを無理やり自分の後ろにやった。それでもキャロルの口は塞がれたわけではない。身を乗り出して声を張り上げた。


「時を待って正式に私を王妃として迎え入れる為です!」


 キャロルの言葉を聞いて、貴族たちはざわつき始めた。この頭の軽い男爵令嬢を王妃に?何の冗談だ?


「なんとまぁ」


 アンネリーナは呟いた。王は片手で両目を覆い、王妃は持っていた扇を床に叩き付けた。ジェイルは遂に吹き出してしまい、皆に背を向けて声を殺し肩を震わせて笑っている。


「なに?なによぉ!リオ様は第一王子よ。王太子になって王になるの。その王子が私と約束をしたんだから、何もおかしなことないじゃない!」


 キャロルは顔を真っ赤にして喚き散らした。ジェイルは遂には我慢が出来ずに声を出して笑い始めた。

 エリオットは真っ赤な顔をしてキャロルを睨み付け、しがみ付いていた腕を振り払った。


「キャ!」


 勢いよく尻もちをついてしまったキャロルは、蒼褪めてエリオットを見上げた。


「リオ様…なに?」

「黙れと言っているのに、余計なことを」


 今まで見たことのないエリオットの鋭く睨み付けた目と、地を這うような低い声にキャロルは身を震わせた。


「兄上、暴力はいけません」


 ジェイルの言葉にエリオットは睨み付けることしかできない。


「父上これは何かの間違いです。カンディアル男爵令嬢は妄想が激しく、時々わけの分からないことを言い出すのです」

「ひどぉい…」


 床に座り込んだままキャロルは泣き出した。


「カンディアル男爵令嬢、少し黙っていてくれないか」


 もはや優しいエリオットはどこにもいない。再び壇上を見上げたエリオットは、普段の優しい顔に戻って優しくアンネリーナに話しかけた。


「アンネ、私は君を愛している。なのになぜこんな酷い仕打ちをするんだい」

「まぁ、私がエリオット殿下に酷いことを?」

「エリオット殿下などと言わずいつものようにリオと呼んでくれ」

「まぁ、そうでしたわね。以前はそのようにお呼びしていましたね。でもそれも昔のことですわ」

「アンネ!」


 顔を蒼くしたエリオットは言葉を失った。


「アンネ、そんな酷いことを言わないでくれ、私は君を愛しているんだ」


 なんと白々しい。この人はいつからこんな三文芝居ができるようになったのかしら?そういえば私とは行ったことのない演劇鑑賞に、キャロル様と行かれたとか。ふふ、そこでお勉強されたのかしら?


「お前は何を言っているのだ。お前はアンネリーナ令嬢を愛しているのか」

 

 王の強く握りしめた手の平には爪が食い込んでいる。


「勿論愛しています」

「では、アンネリーナ令嬢に聞こう。そなたはエリオットを愛しているか」

「……いいえ、全く」

「な、何を言っているんだアンネ!」

「黙れ、エリオット!」


 王の怒号のような鋭い声にエリオットのみならず、会場の貴族たちが震えた。


「お前の愚行は全て私達の耳に入っている。そんな白々しい言葉など聞くに堪えん。折角の祝いの席を台無しにしおって」

「父上は私が憎いのですか」

「なんだと?」

「このような心無いお言葉を浴びせるなど、それしか考えられません」

「馬鹿馬鹿しい」


 王は言葉を吐き捨てた。まさか自分の息子がここまで愚かであったとは知らなかった。エリオットの愚行を諫めても全く改める気配がなく、アンネリーナには頭を下げて謝ったこともある。なのにこの愚息は言うに事欠いて憎んでいるだと。


 すると、アンネリーナが前に進み王へ発言の許可を求めた。


「エリオット殿下」

「アンネ…」


 アンネリーナの瞳には慈愛さえ宿ってる。


「エリオット殿下、このドレス素敵でございましょ?」

「え?あ、あぁとても似合っている」

「ジェイル殿下がプレゼントしてくださいましたの」

「は?」

「このドレスはジェイル殿下がデザインして下さった、特別なドレスですの。とても素敵で私のお気に入りですのよ」

「ジェイルが…なんで…」

「エリオット殿下がプレゼントして下さったドレスはドレッサーに仕舞ってありますわ」

「なぜ?なぜジェイルのプレゼントなんて」

「あらやだ、エリオット殿下。今も、そしてダンスをした後もとても似合っていると褒めて下さったのに」

「それは私が贈ったドレスだと思ったから…」

「そう、エリオット殿下は私にどんなドレスを贈ったのかさえ覚えてはいらっしゃらなかった」

「くっ…!」


 周りの貴族からヒソヒソと声を潜めながらも、時折「やはり」だの「最低」だの聞こえてくる。


「殿下が贈ってくださったドレスは、そう、カンディアル男爵令嬢の方がよくお似合いだと思いますの」


 エリオットの真っ蒼な顔が一変真っ赤になる。


「それから、このネックレス、とても素敵でしょ?」

「…」


 もはやエリオットには出てくる言葉もない。


「ジェイル殿下が私にプレゼントしてくれた、ゴールデントパーズですのよ。ジェイル殿下の瞳のお色ですの」


 その言葉に辺りは大きくざわついた。ゴールデントパーズと言えば大変貴重で、アンネリーナの首に輝く石のサイズなら家が一軒建つだろう。


「そ、そんな高価な物を何故ジェイルが…」


 まさか自分の瞳の色だと思っていたものがジェイルの色だったとは。そういえば自分の瞳より幾分明るくジェイルと同じ色だ。


「兄上、私は少し事業を興しましてね。その際に鉱山を手に入れたのです。まぁ、ヘーゼル伯爵から助力を頂きましたが、ようやく軌道に乗り始めまして。その鉱山で見つけたのがこのゴールデントパーズなのですよ」


 ジェイルが説明すると、貴族の間で悲鳴にも似た溜息が聞こえる。正確にはご婦人方やご令嬢からだ。


「…なんなんだそれは」


 一体何が起こっているのだ?自分がのんびりしていたのか?いや、私はしっかりと次期王として学び準備をしてきた。それなのに、ジェイルは起業し財産を作っていた。


「ふん、私腹を肥やすことに執着したに過ぎないお前に、王になる資格などあるはずがない」

「別に私は私腹を肥やそうとしたわけではありません。ヘーゼル領で最近賊が人々を襲っているという相談を受け、ヘーゼル領の土地の細かな地図を作成し、賊のアジトを探し出し壊滅し、ついでに手を付けていなかった道を舗装する事業を立ち上げたのです。それが功を奏しまして他の領からも、道の舗装などの依頼が入るようになりまして。今まで領主がそれぞれ行っていた事業を引き受けることで、領の負担も減りとても喜ばれているんですよ。そして、ヘーゼル領内の地図を作る際に鉱山を見つけましてね。問題を解決してくれたお礼にと、ヘーゼル伯爵が私に格安で売って下さったのです」


 ジェイルが、遠くで壇上を眺めていたヘーゼル伯爵に小さく頭を下げて会釈をした。ヘーゼル伯爵もニッと笑って会釈をした。

 エリオットは身体を震わせてギリギリと歯噛みしている。


「エリオット殿下。私と貴方様との間にあった出来事について、今ここで語ることは致しません。そんな恥の上塗りをすることが良いこととは思えませんもの。私はジェイル殿下を心から愛しています。私に寄り添い私を支えてくれたのはジェイル殿下であって貴方様ではないのです。まさか、この期に及んで私を愛しているなどとは仰いませんでしょう?」

「くっ…!」


 エリオットには既に語る言葉もない。いつまでもこの場に居られるほど、図太い神経もしていない。


「私はここで失礼します」


 エリオットは貴族たちをかき分けて会場を出て行った。


「リオ様!」


 誰にも助けられることなくその場に座り込んでいたキャロルは呆然としていた。


「誰かカンディアル男爵令嬢を外へ連れ出せ」


 王の言葉にカンディアル男爵の子息が駆け寄り、キャロルを立たせ深々と頭を下げて逃げるように出て行った。そして一緒に出て行こうとするカンディアル男爵にアンネリーナが声を掛けた。


「カンディアル男爵」


 肩をビクンと跳ねさせ恐る恐る振り返ると、アンネリーナが微笑んでいる。こちらへ来いと言っているのが分かる。人々が二人の一挙手一投足をじっと見守っている。

 アンネリーナは壇上から降りて男爵に笑顔で近づくと、扇で口元を隠しながら僅かに声を潜めて言った。


「ご令嬢に社交界は早すぎましたね。この責任どの様に取るおつもり?」

「ひっ!」


 ガタガタと震える男爵の顔が先程よりさらに蒼褪めている。


「は、はい、娘は修道院に送ります!それと!それと、私は爵位を息子に譲り領地へ下がらせて頂きます」

「そう、それは良い考えね。…でも、あなたの事業はどうなるのかしら?こんな不祥事を起こした家にまだ信用はあるのかしら?」

「そ、それは…」


 男爵の冷汗は止まらない。


「私が、力を貸してあげても宜しくてよ」

「は…?」

「まともな教育も施せなかった令嬢が王妃様の誕生日パーティーで数々の失言。私への侮辱は()いては王家への侮辱。ねぇ?貴方と取引をしたいと思う方はまだいるかしら?噂って本当に怖いのよ?王家に睨まれたカンディアル男爵の名では事業が潰れるのは目に見えているわ。そう思わなくて?だから、私が手を貸してあげると言っているのです」


 それは、カンディアル男爵の事業をアンネリーナの名で継続する、つまり事業をアンネリーナに譲ると言うことだ。

 がっくりと肩を落とした男爵は力なく応えた。


「全て貴方様のお言葉に従います」

「まぁ、そんなに心配しないで。私は意外とやり手なんですのよ」


 アンネリーナの美しい笑顔には有無を言わせない凄味があった。


 ジェイルの元へ向かうアンネリーナの背中を見ながら、男爵はキャロルを引き取ったことを後悔した。

 キャロルが学園に入学して半年も過ぎた頃から、誰からか贈り物が届くようになった。送り主を見れば名前は伏せてあるものの、ドレスは王宮専属の一流店からだ。

 まさか、王族が?そうであるならば、婚約者が決まっていないと言われているジェイル第二王子か?


 娼婦との間にできた私生児を養女として引き取る時には、適当な高位貴族の家に嫁がせることを考えていた。キャロルは見た目は良いのだから、後妻や愛妾を欲しがるような年が離れた相手でもいいだろう。上手く捻じ込んでしまえば何かしらの旨味があるだろうと思っていた。そんな下心だけで引き取ったが、想像以上の大物を引っかけてきたのだから、引き取った甲斐があったとほくそ笑んだのに。上手く行けば今日あたり、王家から婚約の打診くらいあるかもしれないと思っていたのに。

 まさかこんなことになるなんて。




 翌日エリオットの処分が決まった。王家を除籍され一代限りの伯爵を賜った。随分と甘い処分だとジェイルはぶつぶつ文句を言っている。


「ジェイ、そんなこと言わないで」

「だってアンネ。兄上は王になったらアンネと離婚して、あの男爵令嬢と再婚するつもりだったって、男爵令嬢が言うんだ。そんなバカな話無いよ」

「リオはちょっと自分にとって都合のいいことを考えてしまったのね。私も悪かったの。彼の気持ちをもっと理解していれば、あんなことにはならなかったわ」

「君は悪くない、兄上の心が弱すぎたんだ」

「そうね、彼は弱かったかもしれない。現実から逃げてしまったから。でも、きっと立ち直ると思うの」

「アンネは優しすぎるよ、僕は伯爵の爵位を賜ったことだって寛大な処置だと思ってるのに」

「私はたった一度の失敗にしては重過ぎる罰だと思っているの」


 アンネリーナと二人きりだと、ジェイルはひどく幼い口調になる時がある。そんな弟気質もアンネリーナには可愛くて愛おしい。


「私は別に、リオに苦しんで欲しいわけではないのよ。腹が立つこともあったけど、それより長い時間を一緒に楽しく過ごしてきたし、貴方が居たから辛いと思ったこともないし。寧ろいろんな人間模様が見られて楽しかったわ」


 アンネリーナは心からそう思っている。元来さっぱりした性格だし、正直に言えばエリオットに恋をしていたわけではないし、常に弟の成長を見守るような気持ちだった。


「私が恋をしてこれからもずっと一緒に居たいと思うのはジェイだけなんだから、他の人のことなんて正直どうでもいいわ」

「え?あ?うん…」


 そんなことをサラッと言われるとジェイルは顔を赤くしてはにかんだ。普段は男らしく振舞うジェイルだが、不意に言われる愛の言葉にはめっぽう弱くたじろいでしまいがちだ。そんなジェイルの様子を見るのも好きなアンネリーナは、時々意地悪な愛の告白をする。


「僕は一生アンネには敵わないね」


 そう言ってアンネリーナを抱き寄せたジェイルは、優しくアンネリーナに口づけをした。



 それから十数年の後に王位を継いだジェイルとアンネリーナは、王政に尽力し後世に名君と謳われる素晴らしい王と王妃となった。












最後まで読んでくださりありがとうございます。

誤字報告ありがとう御座います。沢山あってお恥ずかしい限り。とても助かります!


新作です。興味がありましたら是非お立ち寄りください。

短編

わたくしは恋心を捨てました。それなのに

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