i$B#=pL
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、どうしたこーらくん、へんてこな顔をして。
――受け取ったメールが、なんだか怪文書になっている?
どれどれ……ああ、こいつは文字化けって奴だね。
受け取る側、送る側の両方が原因になることがあって、メール本文がへんてこな文字列になっちゃうことがあるんだ。
パソコンだったら、エンコードをこうして……分かったかな? 中身を見るとまずいから、あとは自分でやってみてくれ。
よし、うまくいったようだね。
もし繰り返されるようなら、受け取る自分側に理由があるかもしれないからね。そのときはまた、別の対処法を教えてあげよう。
最近はケータイも機種が増えてきたせいか、文字化けの種類もいろいろあるようなんだ。
だが、中には文字化けっぽいまずい文も混ざっているようでね。用心のため、耳に入れておかないかい。
十数年前、まだ先生が学生だった時分。当時はチェーンメールが流行っていた。
不幸の手紙って知ってるかい? 何人にこれと同じ内容を回さないと、不幸になってしまうという文面で、不特定多数へ渡るいたずらのことだ。
占いに似て、気にすれば気にするほど、ささいなことをすべて手紙のせいだと思い込んでしまう。相手にしないことが一番だって、いわれ続けていた。
ところが、ケータイが出回って文章をコピペし、画像も簡単に添付できるようにもなって、この不幸の手紙はチェーンメールとなって、より多くの人へ渡ることになる。
いや〜、怖かったよ。
友達が犯罪に巻き込まれて、亡くなってしまったことに対する、復讐で回しているとか、物騒な文面で来てね。受け取った人の位置情報とか把握しているから、不自然に止めた奴には相応のことをさせてもらう、と脅されることもあった。
経験のない子供は、いや子供でなくてもこの差し迫った、不安をあおる感触に耐えるのは難しいと思う。
先生も、いつまたそんなメールが来るんじゃないかと、びくびくしていた一人だ。
そんな折、先生のケータイに一通のメールが届く。
ずっと前に連絡先を交換してより、なかなかメールをやり取りする機会がなかったいとこからだ。
珍しいな、と思いつつメールを開いてみたら、突然の意味不明記号の羅列。
「$B!A!g!A!g!……」から始まって、文字化け初体験の先生の頭は、まさに「???」状態だ。こいつをてっきりチェーンメールの一種だと思い込んだ。
――手のこんだいたずらだ。こんなものの手のひらで踊ってやらないぞ。
先生はそう決めて、ケータイを閉じたきり、その日はいじることをしなかった。
次の日。男子のひとりが、新しいウワサを持ってきた。
これまでもいろいろなネタをクラスに提示するも、チェーンメールに関してはガセばかりでオオカミ少年一歩手前の状態だ。
その彼が黒板に書いたのが、「i$B#=pL」という文字列。
「この文字列が入っているメール、受け取ったら教えてくれよな。今回のやつ、時間で消えるようだから特に気を付けてくれよ」
「んん?」と先生たちは話を聞いて、首をかしげる。
メールを消せることは知っていた。でもそれは、受け取った側が削除の操作をしない限りは、ありえないものだと先生たちは思っていたんだ。
そしてあの文字列、昨日届いたメールの文面の途中に、同じようなものがあったような……。
先生はケータイを取り出し、昨日のメールを確かめようとする。
ところが受信トレイには、あのメールの姿がなかったんだ。他のフォルダ内を見ても、あの奇妙な文字化け文面は残っていない。
――見間違い、じゃないよな。もしや勝手に文字化けが直って、普通のメールになっちまっているのか?
直近のメールを探るも、最後に受け取ったのは一か月前のクラス全体に回ったメールだ。昨日先生が受け取った証は残っていない。
「まさかな」と思いつつ、先生は彼の書いた文字列を、そっとレシートの裏側にメモしたんだ。
送ってきたいとこにも連絡を取ろうとしたが、電話には出ず。メールも送ったが返事が来ることはなかったんだ
それから三日後。メールを受け取った旨を知らせる、緑ランプが光る。
送ってきたのは、やはりいとこ。「さっきまでさんざん無視していたくせに」と腹を立てつつ、開いたメールはあの怪文書だ。
「来た……!」と、私はレシートを取り出し、「i$B#=pL」の文字列を探していく。
文が長い。もうだいぶスクロールしたにも関わらず、文量の残りを示すバーはたっぷりある。もしや受け取れる容量のいっぱいまで、この文字列があるかと思いきや、突然画面が待ち受けに戻ってしまった。
ボタンを押し間違えたはずがない。あわててメールを開き直そうとするも、やはり受信トレイに残るのは、一か月前のメールが最新のもの。あのメールは跡形もない。
だが、先生はその閉じる寸前に見たんだ。あの「i$B#=pL」の文字列を。
先生はすぐ、彼に連絡を取ろうと思った。
だが、いとこと同じく電話には出てくれず、メールを送っても返事がない。「嫌われてるなあ」とひとりごちながら、次の日の学校で彼を捕まえようとしたけど、欠席。休み時間に何度か彼と連絡を取ろうとするも、変わらないなしのつぶて。
いらいらとはらはらがないまぜになりながら、いつもより頻繁にケータイを見ている先生に、クラスメートのひとりが話しかけてくる。
「おい、メールシカトすんなよ。今日までに返事しろって、書いただろうが」
なんのことか分からない先生に、クラスメートは自分のケータイを見せてくる。
内容は今度の休みに、どこへ遊びにいくかの決を採る、他愛ないものだった。だが送信したアドレスの中には、先生のものもばっちり入っている。
着信拒否など、もちろんしていない。なのに改めても、やはり先生が直近に受け取ったものは、あの一か月前のものなんだ。
試しに自分からメールを、クラスメートに送ってみる。しかし、クラスメートのケータイはうんともすんともいわず。見てみると、どうやら迷惑メールボックスに入っているらしかった。
クラスメートは知らないアドレスからのメールは、通知なしで迷惑メールボックスへ入れる設定にしている。表示された送信者のアドレスに入っていたのは、先生のアドレスとは似つかないものだったのさ。
「アドレス変えたなら、連絡しろよな」
ぶちぶち文句を言われつつも、先生には信じられない。
アドレスを変更した覚えなどなく、たとえ記憶になくとも、本当に変わったのなら、変更完了の通知が電話会社から届くはず。それも見当たらないのだから。
そして改めて前のアドレスに直そうとしても、なぜかいつまでも認証をもらうことはできなかったんだ。
その晩、またしてもあの奇妙なメールが届いた。
さすがに3度目となれば、先生も少しは落ち着いている。ケータイの画面に指を押し当て、コピペ操作へ。現れたドラッグマークを、一気に下へ向かって滑らせた。
中身を吟味せず、ひたすらコピー範囲を広げる。だが、欲張りすぎて待ち受け画面に戻られたら、もとのもくあみ。
たっぷり3秒数えたところで、先生はいまの範囲をコピー。ほどなく、待ち受け画面へ勝手に戻り、あのメールは消え去ってしまう。
だが一部はおさえられた。メモ帳を起動し、すぐさまペースト。
これなら時間に追われることはない。先生はじっくりと文面を見て、かの「i$B#=pL」をあさっていく。
確認できたのは5カ所。そして1つ目から5つ目にかけて、次の「i$B#=pL」が出てくるまでの間隔が、少しずつ狭まってきているんだ。
「ついに尻尾をつかんだか」と先生はにんまりしつつ、情報を持ってきた彼に電話をしたんだ。
今回は出てくれた彼と、翌日の学校食堂で待ち合わせる。
一日の欠席をはさんだ彼は、心なしかやせているような気がした。文面を見せてほしいと告げてくる彼に、先生はさして警戒することなく、ケータイを差し出したんだ。
それがまずかったかもしれない。彼はさっと先生のケータイをひったくると、目にも止まらない速さで、キーを打ち出したんだ。
「なにをするんだ!」と先生が取り返したときにはもう、メモ帳のデータは消えている。あのコピーしたデータもパアだ。
「いや、ごめんごめん。こいつはね、残しておくとやばいタイプのメッセージなんだよ。それがメモ帳でもね。危ないところだった」
ため息つきながら告げる彼だが、今の慌てたような動きに、先生はけげんそうな顔を隠せない。
「i$B#=pL」。これは成り代わりの暗号だと、彼は言葉を継ぐ。
「i$B」は「IdoL BE」、すなわちアイドルがBE以下になることを指す。アイドルには「偶像」や「虚構」といった意味も含まれる。
「#」はハッシュ、一部の英語圏で「切り刻む」という意味。
「=」はここでは橋渡しの意味で、「pL」は「プレイヤー」。つまり端末を操作している人物を指す。
直訳すれば「虚構の存在が、切り刻んだ操作者となる」。つまり断片的に操作者へ成り代わるのだと。
「このメール、何度も来ただろう? あの一通一通が、いわば包丁の一閃さ。一回一回、刃を入れられるごとに、操作者の情報が削られていく。
メールアドレス、いつの間にか変わっていただろう? あれが成り代わりの始まりさ。すぐにアドレス変更してみんなに伝え、メールも届かなくした方がいいぞ、かっちん」
そう告げて、早々に席を立つ彼が、ふと取り出したケータイはこれまでの彼のものと違っていた。
機種変更したのかと思ったのも束の間、そのカメラ部分を両断するような傷がついているのが見えたんだ。
あの傷には、いやあのケータイには見覚えがある。いとこが使っていた奴と同じなんだ。
そして「かっちん」の呼び名。これはいとこただ一人が先生に使っていたものだったんだが……。
それからほどなく、いとことは連絡が取れなくなり、家族も海外へ引っ越しちゃったらしくて、顔を合わせる機会がなくなっちゃったんだ。




