勇者よ、貴様にいいことを教えてやろうオルタナティブ
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~』
「ついに追いついたぞ、魔王!」
『う゛あ゛あ゛あ゛あ゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~』
「魔王城から逃げたおまえを探して2か月、やっと見つけた!」
『ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛、気゛持゛ち゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛~~~~』
「この2か月、俺がどれだけの辛酸を舐めてきたか、おまえにはわかるまい!」
『ん゛ん゛ん゛ん゛、背゛中゛グリ゛グリ゛最゛高゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛~~~~』
「魔動マッサージチェア堪能しきってるおまえにはわかるまいッッ!(憤怒)」
『んあ~……、あ、勇者じゃん。おっすおっす』
「ちくしょう、浴衣姿で蕩けヅラ晒すほど全身のコリをほぐしやがって……!」
『貴様もやる? 3分中銅貨3枚だけど』
「…………お金ない」
『えぇ……? 中銅貨3枚分(300円相当)ぽっちも?』
「ない。全財産、賠償金で持ってかれた」
『あ(察し)』
「今俺が着てる服と装備が、俺の一張羅だ」
『あ~、だから温泉宿なのに浴衣姿じゃなかったのかー』
「…………(疲れた顔をそっと逸らす)」
『今日は、どこで寝るのだ?』
「…………(無言のまま外を指さす)」
『野宿かー……』
「金のないヤツは人間じゃないってことがよくわかったよ」
『いやいや、それ因果応報だから。むしろ無一文程度で済んで御の字だから』
「おまえに言われた通り手持ちのアイテム売ろうとしたけど、8割売れなかったよ! 何とか残り2割がそこそこいい値段ついたおかげで間一髪凌げたけどさ!」
『あ、2割も売れたんだ。やったじゃーん』
「やっぱ売れないこと知ってやがったなテメェェェェェェェェェェ!!?」
『まぁ、落ちつけ。落ちつくのだ勇者よ』
「うるせぇ! 何とか示談は成立したけど巷じゃすっかり『勇者強盗』の噂が広まっちまって、どこ行っても人から避けられるようになったし!」
『因果応報』
「街でアイテム買おうとしたら、店主に『あの、このお金はどこから? ウチじゃ出どころの怪しいお金は使えないんですけど、大丈夫ですか?』とか言われるし!」
『自業自得』
「世界各国いろんな国で俺の模倣犯が発生して白昼堂々の強盗が頻発して、何かいつの間にか俺が『勇者強盗団・大おかしら』とか呼ばれて盗賊連中から英雄視されてるし!」
『何気に社会問題化してる!?』
「一体、俺が何をしたっていうんだ!」
『犯罪』
「そこまで後ろ指さされるようなことをしたっていうのかよ!?」
『犯罪だからね』
「クソ、これも全部、全部、おまえのせいだァァァ――――ッ!(魔王指さし)」
『(近くにあった鏡を勇者の前に持ってくる)』
「…………八つ裂きにしたい(鏡の向こうの自分をジッと睨んで)」
『(目からハイライトが消えた……!?)』
「いや、いや、ここで折れるわけにはいかない。俺は勇者だ。職業勇者なんだ」
『そんな職業軍人みたいな……』
「ステータス画面にもしっかり『ジョブ:ゆうしゃ』ってあるからいいんだよ!」
『あー、そういう世界観なのね、ここ。はいはい』
「だから、おまえさえ倒せばこれから俺はいくらでも社会復帰できるんだ!」
『動機が切実……!』
「俺の今後の健全な社会生活のために、魔王、おまえを討ち果たす!」
『フッフッフ、よいのかな、勇者よ。このまま何も聞かずに余を討っても』
「……何だとォ?」
『勇者よ、貴様にいいことを教えてやろう』
「何だよ」
『――勇者などという職業は、ない!』
「な……ッ!」
『貴様は自分を職業勇者と言ったが、では勇者とはどういう職業なのだ?』
「決まってる、魔王を倒す仕事だ!」
『なるほど、仮に貴様の言う通り余のような存在を駆除する仕事であるとする場合、つまり貴様は害獣専門の駆除業者ということになるが、それでよいのか?』
「え? あ……、どう、なんだろう……?」
『そもそも職業とは、生計を立てるために日々こなす仕事、つまり生業のことを言うのだぞ。先刻、余が言った職業軍人とて、軍務をこなすことで給与をもらっているのだ。それに比して、貴様はどうなのだ? 魔王を駆除することで給与は得ているのか?』
「え、えっと、出来高制なので……」
『ほぉ、出来高制? 仕事をこなした分に応じて収入を得るという方式だな。つまりは、月給や時給制ではなく、魔王を駆除することで初めて給与が発生する仕事である、と?』
「た、多分……?」
『多分とは? 勇者が駆除業者であるならば、まずはクライアントから依頼を受けることで仕事が発生するはずだが。クライアントはどこなのだ? どこかの街か? 国か? 商会か? それとも国か? 個人か? それと、仕事に関する契約は書面で取り交わしたのか? 正式な業務契約を交わした身であるならば、確かに職業勇者であろうがな』
「あの、それは……、あー……」
『……ちなみに貴様、税は払っておるだろうな?』
「え」
『え、ではない。貴様が本当に職業勇者であるならば、つまりは社会の一員。納税の義務を負うのは当然のこと。仕事による所得が発生しているならば、それに応じて税金も発生するであろうが。本当に、貴様が就職しているのならば、税金も払っているだろう?』
「…………お金」
『――まぁ、税が免除される特別な仕事も、ないでもない』
「あ、じゃあそれ! 職業・勇者は、特別な仕事だから税が免除されるの!」
『ま、国に認めてもらわねばそれも無理だがな』
「じゃあダメじゃん!」
『そういうことだな。そして、税も払えず、契約も交わさず、出来高制という給与体系も所詮は自称でしかない貴様はつまり――』
「お、俺はつまり……?(ゴクリ)」
『勇者とは名ばかりの住所不定無職の社会不適合者なのだァ――――ッ!』
「そんなァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!?」
『おまけに前科持ち』
「あああああああああああああああああああああああああ……(崩れ落ちる)」
『社会復帰、無理では?』
「やめろぉ! 優しいまなざしの奥に揺るがぬ諦観を垣間見せるのやめろぉ!」
『慰めても事実は何も変わらないし?』
「ちくしょおおおおおおおおォォォォォォォォォォ!」
『ま、諦めな?(優しいまなざし)』
「…………」
『ま、諦めな?(さらに優しいまなざし)』
「…………いいのか?」
『ん?』
「俺をこのまま住所不定無職の社会不適合者にして、いいのか?」
『いや、だって、住所不定無職の社会不適合者の勇者君(仮名)ではないか?』
「本当に俺を住所不定無職のままにしたら、俺、どうなるかわかんねぇぞ。それこそ本当に『勇者強盗団・大おかしら』になっちゃうかもなぁ!?」
『うわ、ドロップアウト宣言しちゃったぞ?』
「魔王! 俺を『勇者強盗団・大おかしら』にしたくなければ、俺に従え!」
『いや、別に、余は困らんし』
「あ、いいのかなー、いいのかなー! そういうこと言っちゃっていいのかなー! 俺が『勇者強盗団・大おかしら』の座についたら、もう、すんごいことしちゃうよ?」
『……え、怖い。何する気?』
「魔王のことを『勇者強盗団・大おかしらを裏で操ってる黒幕』ってことにする」
『ちょ!?』
「いいのかなー! おまえ、そんな黒幕にされちゃっていいのかなー!」
『目がマジだ、こいつ……』
「そうだよ、俺は本気だよ。お、おまえが悪いんだからな。俺をここまで追い込んで、住所不定無職であることを気づかせたおまえがよぉ……!」
『追い詰められすぎだろ』
「いいんだよ、もう知るか! 俺にはもう、失うものなんて何もないんだ! ハ、ハハハ! ハハハハハハハハハハハ!(瞳孔開きっぱなし)」
『勇者、すっかり無敵の人になって……』
「さぁ、どうするんだ? 魔王? 黒幕にされたいか? ん?」
『わかったわかった。で、結局、余に何しろって?』
「仕事紹介しろよぉ! 仕事さえあれば、俺は人間でいられるんだよ!」
『切実……!』
「うるせぇ、仕事紹介するのか、しないのか、どっちだ!」
『はいはい、じゃあ紹介状をサラサラっと。ほい』
「ヘ、ヘヘ、それでいいんだよ、それで。最初からそうしろよ……!」
『勇者、せめてまばたきはしような、勇者!』
「俺はこれから紹介を受けたところに就職してくるぜぇ!」
『あれ? 余を討つ仕事は?』
「就職してから心置きなくばっさりやってやるから、首洗って待ってろ!」
『就活ガ~ンバ♪』
「うるせぇ! 覚えてろよ、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!(泣き脱兎)」
『(手を振り見送り)』
『ところで余が紹介した先って大陸二つまたいだ世界の果てなんだけど、文無しでどうやってそこまで行くつもりなんだろうか。……ま、いっか。温泉入ろ』
――かくして、魔王は温泉を満喫したのであった!