第二章 ヤト村受難曲 3.被害者
「この度も村の危難を救って戴きましたようで」
「いえ……寧ろ僕たちの厚かましいお願いが、こんな災難を引き起こしてしまったようで……こちらこそ申し訳無く思っています」
村を焼き討ちしようとしていた盗賊たちの証言――と言うか、凸凹コンビの誘導尋問による成果――から、フォスカ家の縁者がいたら助けてやってほしいという自分たちの依頼が原因になったらしいと知れた。……何でそういう事になったのかは今もって不明であるが、原因が自分たちにあるのなら、その後始末も自分たちがするべきだ――というのがマモルたちの偽らざる心境であった。
――だから、こういう質問も出てくる。
「それで……村の皆さんとしては、今後どうなさるおつもりですか?」
「それですだ……夜盗どもに目を付けられたとすると、この先どういう事になるか……。浪人衆は村を護って下さると言っておいでなんじゃが……」
「はぁ……」
マモルがちらりと目を遣った先には、明らかに落ち武者と判る者たちが集まっている。それも一人や二人ではなく、十人に届こうかという数であった。
(「……これだけの数がいれば、僕たちの手出しは要らなかったかもしれませんね」)
(「いや……それは早計であろう。例えば、皆が寝静まった頃に火をかけるという手もある。村を焼くという目的はそれで達成できようしな」)
(「なるほど」)
村長の話すところに拠れば、村を訪ねてきたフォスカ家縁の者の多くはフダラ山地を目指したが、一部はそのままま村に居着いたらしい。色々と物騒な昨今、守り手兼働き手が増えるのは村としてもありがたいので、そのまま滞在してもらっているという話であった。
(「マモル……もうこうなっては、我らだけで判断するのは止した方が良いな」)
(「ですね。カーシン先生に連絡を取ってみます」)
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カーシンに魔動通信機で連絡を入れてこちらの状況を説明したところ、暫し待つように言われた後に下された指示は、マモルたちをして呆れさせるに充分なものであった。
「転移させるって……村人全員をですか?」
『うむ。そのような事情であれば、村ごとこちらに来てもらった方が後腐れがあるまい。姫の承諾は得ておる』
「いやいや……待って下さいよ先生。幾ら何でも先生のお屋敷に全員は……」
『おぉ、言い忘れておった。転移させる先は我が館ではない』
「は?」
カーシンが提案した疎開先は、かつて弟子たちが合宿所に使っていた場所だという。フダラの森の中ではあるが、カーシンの館よりは浅い場所にあるので、下界との往き来も比較的楽だろうとの話であった。いやにタイミングが好いなと思っていたら、これはゼムの進言であったらしい。今後フォスカの遺臣たちを集めるにしても、集合場所がフダラ山地の奥深くというのは、幾ら何でも過酷ではないかと指摘したのだという。至極尤もな話であったので、あれこれと検討していたところ、件の物件を思い出したというのがカーシンの話であった。
『何しろここ三十年ほどは使っておらなんだのでな、すぐには思い出せなんだ』
土魔法で造っただけの建物なので殺風景だが、周囲は頑丈な壁に囲まれているし、広い事は保証するという。説明を聞いたマモルは、一応村長に話してみると言って、一旦通話を切った。
駄目元でカーシンからの提案を持ち掛けてみたところ……
「そうでございますか……実は、先程戻って来た者がおりまして……」
村人の一人が帰る途中でベイルたちの一味と行き遭ったらしい。隠れてやり過ごしていたところ、声高に話す内容から、彼らがシカミ家に仕える事になったと知れた。主持ちとなった以上は勝手な事もできないので、山を下りて城下に向かうのだとも話していたらしい。
ベイルの一味が山を下りたなら、当面の安全は確保できたわけだ。これでカーシンの提案はお流れかと思っていたマモルであったが、村長の話には先があった。
「……あのならず者たちをお召し抱えになるような殿様では、この先どんな無理難題が村に降りかかってくる事か……いっその事この場所を捨てて、別の場所に移ろうかと話していた折りでございまして……」
カーシンの提案は渡りに船だったらしい。とんとん拍子に話が進み、本日中に家財を纏め、明朝一番で転移するという事になった。なお、村に残ると決めた浪士たちも疎開に異存は無いようで、村民たちと一丸となって荷造りなどに精を出している。ハルスとサブロの凸凹コンビも、済し崩しに同行する事に決めたようだ。
八方丸く収まったかと思いきや、独り割を食う事になったのはマモルである。
『浪士たちも含めて三十人以上を運ぶとなると、今までのようなチャチなマーカーでは間に合わん。ちゃんとした転移陣の描き方を覚えてもらうぞ』
「え~……」
『明日までに仕上げねばならんとなると時間が無い。マモルよ、夜を徹してでも間違い無く身に着けるのだ』