第二章 ヤト村受難曲 1.加害者
「落ち武者どもを匿ってる村がある?」
ベイルは部下の報告に眉を顰めた。
「へぇ。お頭のお言葉に従わずに逃げ出したやつらを追ってやしたら……どうもその村、これまでにもちょくちょくと似たような事をやらかしてたみてぇで」
「落ち武者を匿ってるってのか?」
「食い物を与えて逃がしたりもしてるみてぇで。ちっぽけな炭焼き村のくせに、どっからそんなゆとりが出てきたのかと思ってたんですが、手下の一人が言うには……」
「言うには何だ? 続けろ」
「へぇ……村の連中が持ってる武器が、イーサ領軍のものだったやつに似てるらしいんで」
「……どういうこった?」
「イーサの落ち武者を狩ったんじゃねぇかと……。この辺りに流れて来た筈の夜盗ども……確かイーサの兵隊崩れだった筈の連中の姿が見えねぇのは……」
「村の連中が狩ったってぇのか?」
「その可能性があるんじゃねぇかと……」
ベイルは不機嫌そうに黙り込んだ。
シカミ家仕官の手土産に、この辺りの盗賊どもを一掃――もしくは吸収――しようと目論み、半ばはそれに成功していた。半ばと言うのは、ベイルの下につく事を良しとしなかった落ち武者たちが、誘いを断って逃げ出したからであった。腹の立つ事に、そういう連中は何れも見識が高く、味方に引き入れれば役に立ってくれるだろうと期待していた者たちであった。
「あと、もう一つ……」
「何だ?」
「お頭もご存じの通り、そういった連中の多くがフォスカ家の残党なんで……」
「フォスカか……」
嘗てベイルはフォスカ家の姫を手に入れて、お家再興を旗印に国盗りに打って出ようとした事があった。それを知っているだけに、部下もどうしたものかと考えあぐねたようだ。
「……その落ち武者どもは、俺がやっている事を知ってるわけだな?」
「そういう事になりやす」
「村ごと焼き払え」
「――! へい!」
ベイルは盗賊たちのリクルートにあたって、断れば殺すと明言していた。それを承知の上で誘いを蹴って逃げ出したような連中である。万が一にもフォスカ家の残党と合流して、ベイルの所業を喋られでもしたら、今後フォスカ家と手を結ぶ場合の障りになりかねない。
村の連中にしても同じだ。今後も逃亡幇助を続けるようなら、それはフォスカの残党に自分の――芳しからぬ――噂が届くのを助長する事になる。
邪魔者は消す。ベイルの判断は速かった。
――そしてこの時、ベイルは自分の判断について、何の疑いも抱かなかった。
・・・・・・・・
「ソーマさん、何者かが……いえ、何者かたちがこちらに接近して来ます」
言い直したマモルの台詞をしばし吟味していたソーマであったが、すぐに問い直す事になった。
「接近しているのは複数の集団という事か?」
「そうみたいです。感じとしては、小さな集団――多分二人――を後続の集団が追いかけているのだと」
「――盗賊かっ!?」
即座に鋭く問い返したヤーシアの脳裏には、過日盗賊に襲われていたヤト村の娘たちの姿が浮かんでいるのだろう。ただ……マモルの方はと言えば、どうも要領を得ないと言いたげに顔を顰めている。
「う~ん……そうかもしれないけど……足音の重さから判断すると、逃げている方も男性みたいなんだよね」
「……その場合も、盗賊に追われている者という可能性はあるのではないか?」
「ですね。とにかく、このままじゃ埒が明きませんし……」
「行ってみようぜ!」
斯くして追跡劇の現場へと足を向けた三人――普通の人間は、こういう面倒に態々首を突っ込むような事はしない――であったが、最初にそれを認めたのは、例によってスキルで強化された視覚を持つマモルであった。
「ソーマさん……逃げてる二人、見覚えがあるような気がするんですけど……」
「どれ……むぅ……あれは……」
「あっ!? いつかのおっちゃんたちじゃねぇ?」
死に物狂いで逃げているのは、かつてハジ村の近くで出会ったサブロとハルス・アーヴェイの二人組。それを追っているのは、あからさまに盗賊っぽい風体の五人組であった。