第十七章 風雲サイカ領 3.騒乱の収拾(その1)
「もう、こうなっては人の戦略などの出る幕は無いな。テスポルカの神の御心に従うだけだ」
シカガ領の領都タセラに置かれた連合軍司令部の陣屋内で、もうどうにでもなれとばかりに言い捨てたのはジン・ケイツ。そして、同じく投げ遣りな口調でこれに追随するのがシカガ領主のギィ・シカガ。
「そうですな。あの馬鹿者のせいだけでなく、あちこちで予想外の展開が多過ぎる。下手に流れの先を読もうとすると、却って手痛いしっぺ返しを食いそうな気がします」
「ですが……何とか打つ手は無いのですか?」
切羽詰まった様子で訊ねるのはワナリ領から派遣されてきた代表者であるが、
「無いな。我々も含めて、いつの間にかテスポルカの神に魅入られていたようだ。……散々考えてみたのだが、今もってどこでどう筋立てが間違ったのか判らん。そのせいで、この先の事もどうなるのか全く読めん」
戦においては、なぜそんな事が――というような事態が出来する事がままある。後になってどうシミュレーションしても、そんな事態が起こるとは予想できない事態、そんな判断を下すとは予想できない判断、そういったものが戦局を狂わせる事が能くあるのだ。そういった事柄を、この地域では破壊と混乱と死の神テスポルカに魅入られたためだと称しているが……この一連の戦についても、そうとでも言うしか説明の付かない事が多過ぎた。
匙を投げた様子のケイツの答えに項垂れる事になったが、ケイツの発言はなおも続く。
「……事ここに至っては、手仕舞いの事も考えた方が良いかもしれぬ」
「手仕舞い……停戦を持ち掛けると?」
意外の念に打たれた一同であったが、能く考えてみるとそれしか手は無いような気もする。
「だとしても……はたしてマナガが呑みましょうか?」
「問題はそれだ。イドとニシカ。どちらも状況は似通っているが、突き付けられた匕首の大きさはイドの方が数段大きい。こちらから手打ちを持ちかけても、素直に承知するとは思えぬ」
自領をベイルに荒らされているサイカ衆としては一刻も早く帰郷したいだろうが、そのためには代わりの兵が要る。ところがベイルが居座っているのが、まさにその補充ルートの傍なのである。ベイルにちょっかいを出させないためには、定員以上の兵を纏めて動かす必要があるが、それはマナガ軍の動員計画を狂わせる事になる。何よりそのタイミングで連合軍がちょっかいを出してきたら、兵力繰りがかなり厳しくなる。
それを考えるとマナガにとっても損な取引ではない筈だが……
「ここで素直に兵を引いては、マナガの手から零れ落ちるものが多過ぎる。かと言って手打ちの申し出を即座に拒めば、サイカとの関係がおかしくなろう。マナガにとっても判断は難しいところ。ゆえにこそ、もう一つ何かを譲らねば、マナガが話に乗ってくるかどうか怪しい」
早めに収拾を付けたいのは連合軍の方も同じである。マナガの盟友ウォード家が東方からこちらを窺っている状況で、このまま膠着状態を続けるのは危険だ。マナガもそれが解っているから、拙速な判断はしないだろう。少し待てば事情が好転する見込みは大いにあるのだ。
「し、しかし……マナガめの気を引けるような条件となると……」
「……あるにはある」
むっつりと言ったケイツの台詞に、そこにいた全員が反応する。
「……ケイツ殿?」
「サームの町への完全不干渉。これを持ち出せば、恐らくマナガも乗ってこよう」
街道の結節点にあるため古くから交易で栄え、かつてはフォスカ家とイーサ家双方が容認する自由都市であったサーム。現在はマナガの強い影響下にあるが、公式には自由都市としての立場を崩していない。重要な交易拠点であるがゆえに、ここへ戦火が飛び火するのを嫌ってマナガもシカミ家も強気の攻めに出られず、それが戦線の膠着を招いた一因でもあった。
「確かに……ここの安全保障はマナガにとっても好都合でしょうが……」
「それだけで……?」
「安全保障ではない。完全不干渉なのだ。つまり、サームに対する通商活動の一切に関わらぬという事だ」
苦々し気な表情で吐き捨てるように言うケイツを見て、居並ぶ一同はその真意を悟った。
「……つまり?」
「今後はマナガに対して兵糧攻め……通商妨害の手は使わぬ。――そう約束するという事だ」
マナガにとって不都合なのは、自領に接する全ての領主が自分と対立している事であり、街道封鎖による通商破壊という戦略を採られる懸念を払拭できない事であった。
マナガの所領はそれなりに広く、食糧や日用品の類はほぼ自給できている。ただし例外が無いわけではなく、一例を挙げれば塩の入手がマナガ領にとってのネックとなっていた。まぁ、この地方の塩はほぼ全てをサルドの岩塩に頼っているので、これはマナガ独りの問題ではないのであるが。
ちなみに、これまで連合軍がこの策を採らなかった理由は一つ。さほどの効果が見込めなかったからである。
いくら街道封鎖だの通商制限だのと領主が力んだところで、利益が見込めるとなれば封鎖破りや密輸を行なう商人は幾らでもいる。実効性は極めて低いとしか言えない。ただ、それでも価格が割高になるのは避けられないし、将来的に強力な通商封鎖を実行するという選択肢もある。ケイツの提案は、それらを全て捨てるという事であった。
「確かに……無念ではありますが……」
「それくらいの譲歩を見せねば、マナガは乗ってきませんか……」




