第十七章 風雲サイカ領 2.騒乱の拡大
「あのならず者が……タセラで腐っているかと思えば、一体どこから湧いて出た?」
ニシカの砦を落としたのが悪名高いベイルの部隊だと知り、マナガは苛立ちと共に呆れと感心を覚えていた。
こちらのイド奇襲に即応して、間髪入れずにニシカを落とすとは……。ケイツのやつめ、こちらの出方を読んでいたのか?
「いや……いくら何でもそれは無いか……」
もしも奇襲の事を読んでいたのなら、イドにはもう少しまともな戦力を配備していた筈。サイカ兵の奇襲もああまで上手くはいかなかったろう。
とすると、これはケイツの指示ではなく、あのベイルという男――もしくはその幕僚――が戦の機微を読んで、単独で動いたと考えるべきか。
「……ベイルという男について、もう少し探らせる必要があるか……」
マナガは配下の者を呼ぶと、ベイルについて調べさせるように指示を出した。
「にしても……ベイルという男は確かトーチ戦線にいた筈。どうやってニシカまで出しゃばってきた?」
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タセラで燻っていた筈のベイルが、なぜニシカの砦を落とすような真似ができたのか。
タセラで待機を命ぜられてから後、ベイルは戦線視察の名目で領境の偵察を申請していた。確かにタセラで無駄飯を食わせているよりは、サイカ軍への牽制にもなるだろう。
という事で、反ベイル連合軍首脳陣は――勝手な越境侵攻は厳禁と釘をグサグサと刺した上に、更に目付一人を同行させるという条件で――ベイルの申請を許可したのだが……
実は、この申請はショウゼンの献策によるものであった。
トーチに続いてイーサでも戦線が膠着状態に陥った今、首脳陣は新たな場所で戦端を開いてマナガへの牽制と嫌がらせを続けるだろう――ぐらいの事はショウゼンも見抜いており、それは恐らくワナリ方面になる可能性が高いと睨んでいたのである。
なら、そのワナリへ予め兵を移動しておいた方が、後々の事を考えると都合が好い。そう考えて、ワナリ方面――とは申請していないが――への視察を提案したのであった。
連合軍のリーダーたるジン・ケイツもそれくらいの事は見透かしていたが、敢えて知らぬふりを決め込んでいるた。目先の利益に目の眩んだ小者がワナリに移動したいというなら、黙って移動させてやればいい。どうせあやつのせいで、トーチ家との間は抜き差しならぬものになっているのだ。今更和解交渉など無理な話。なら、ワナリ方面であのならず者を彷徨かせて、牽制にでも囮にでも使えばいいのだ。
ここまでくると狐と狸の化かし合いめいているが、この両者に匹敵する化かし上手がもう一人いる事を失念していた。
まさかマナガが先手を取ってワナリに侵攻してこようとは、誰一人として思わなかったのである。
よもやの展開に狼狽えた連合軍首脳部だが、好機到来とほくそ笑んでいる者たちがいた。言うまでもなく、ワナリとサイカの国境近くに移動していたベイルの一党である。まさかマナガが先手を取ってワナリ侵攻を謀るとまでは思っていなかったが、何にせよ戦線はそこにあり、自分たちはここにいる。
「……だが……あのイドって町に籠もられちゃあ、ちと厄介だな」
侵攻してきたサイカ兵は自分たちの倍近い上に、イドの町は堅固な城塞都市。いかにベイルの一味でも、攻略に手間がかかるのは明らかであった。
「いっそ領境を突破してサイカ領へ殴り込むか?」
こちらの方がベイルの好みではあったが、ショウゼンは更に好みに合う策を用意していた。それがこのニシカ砦占領であり、更にそこから討って出ての領境の奇襲であった。
突如として背後からの奇襲を受けた領境守備兵は大混乱。ベイルは敢えて部隊を急がせず、まるでサイカの補充兵のような様子で接近したものだから、守備兵たちも完全に油断していた――よもや背後から敵が来るとは思ってもみなかったというのも大きいが。
サイカ守備兵の混乱を見たワナリ軍は、事情は判らないものの戦機であると判断して突入。ベイル部隊との挟撃を果たしてほぼ領境を手に入れ、一気にニシカ砦の近くまで戦線を伸ばした。この時の報告でベイルがニシカを占領している事が連合軍首脳部に伝わり、事情が全く呑み込めぬ一同が更なる混乱に頭を抱える事になったのである。
連合軍首脳部に遅れる事三日、凶報を受け取ったマナガも困惑した。
マナガとしてはワナリに侵入したサイカ衆に援軍を送り、入れ替わりにサイカ衆を領内に戻したいが、それをするにはベイルが邪魔である。マナガが軍を動かせば容易に蹴散らせるだろうが、そうすると今度は連合軍がどう動くかが読めない。ベイル自身も戦力差のありすぎる相手に、馬鹿正直に立ち向かう気は無いだろう。跡白波と行方を晦まされては、マナガ軍が混乱させられただけに終わる。のみならず、寇掠に長けたベイル勢を見失い野放しにする結果となる。
「「はてさて、どうしたものか……?」」
マナガとケイツの呟きは、奇しくも一致していたのであった。




