第十七章 風雲サイカ領 1.騒乱の始まり
山間の間道を抜けての奇襲によってイドの町を落とした事で、マナガは久しぶりに一息吐く余裕ができた。
相手の準備が整う前に領都ソールを襲い、領主トマ・ワナリの首を取るも良し、連合軍と取引してマナガ領に対する包囲を解かせるも良し、あるいはこのままイドへの占領を続け、ワナリの一画を切り取るも良し。
主導権はこちらに奪った。どう出るかはこちらの胆一つ。相手の出方を眺めながら、じっくりと最善手を選べば良い。
久々に気を抜いて寛いでいたマナガであったが、数日後には一転して驚愕と混乱の底へ叩き込まれる事になった。彼をして混乱の極に陥らせたのは――
「ニシカの砦が落とされただと!?」
イドへの支援とワナリへの牽制を兼ねて領境に進出させていたワナリ軍、それを後方から支援する筈の砦が、何者かに落とされたという凶報であった。
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「へっ、他愛の無ぇ連中だぜ」
愛剣に一つ血振りをくれて、凄絶な笑みを浮かべているのはソン・ベイルであった。
「前線の後ろにいる自分たちが奇襲を受けるなど、思ってもみなかったのでしょうな。イドに奇襲を仕掛けた立場にありながら、甘い連中です」
「まぁな。だが、正直言って今度の仕掛けにゃ、俺様もちょいとばかり胆を冷やしたぜ。夜間に灯りも無しでサイカ領に忍び込み、そのまま砦を落としちまおうってんだからな」
「ベイル様麾下の兵士以外にはできなかったでしょう。訓練と経験の賜物ですな」
呆れた事に、ニシカの砦を落とすという大胆不敵な真似をしてのけたのは、僅か百数十騎のベイル部隊であった。
ニシカは砦と銘打ってはいるが、ワナリとの戦いになった場合には領境を守るための拠点となるべく造られている。と同時に、前線部隊への補給拠点としての性格も持たされている。ゆえに吹けば飛ぶようなちゃちな造りではなく、有事には二個中隊五百名以上が立て籠もる事のできる堂々たる大砦であった。常駐兵の半数が前線に赴いている事もあって、現在の守備兵力は二百名ほど。それでも、攻者三倍の原則からすれば、攻め落とすには少なくとも六百名ほどが必要な筈であった。
ベイルはそれを僅か百数十名で落としたのだ。それも、実際に砦に潜入したのはその手の技倆に長けた半数ほどであったというから恐れ入る。密かに内部に侵入し、歩哨を始末した後で、就寝中の兵を皆殺しにする。あるいは兵舎内に毒煙を投げ込み、慌てて出てきた者たちを斬り伏せる。
――夜盗の手口を知り尽くしたベイル勢だからこそできた事であった。
「さて、早いとこ門を開けて、待ち草臥れてる連中を入れてやんなくちゃな」
ベイルは部下に開門の指示を出すと、改めて軍師に向き直る。
「で? うちの軍師殿は、この後はどうする考えだ?」
「想定より大きいとは言え、ここに長期間立て籠もるのは無理というもの。周囲に展開しているのは全て敵ですからな。ならば早いうちに前線にいる敵に奇襲を仕掛け、対峙している筈のワナリ軍と挟撃に持ち込むべきかと」
「前線部隊と俺たちで街道を封鎖すりゃあ、マナガの野郎はイドに増援を送る事もできねぇ。これで立場は五分と五分、か」
「楽観はできません。イドに較べるとここの砦は貧弱ですからな。包囲を布かれると面倒です」
「つまり……砦の守りにゃ半数程度を残し、残りは周辺で待ち伏せと狩りって事か。俺たちにとっちゃ慣れたやり口だが、新参の連中はどうなんだ?」
「軟弱な兵隊暮らしが長かったようですからな。あまり期待はできないかと。当面は留守番に廻し、少しずつ鍛えていくしかないのでは?」
「面倒だが贅沢は言ってられねぇか……。よし、少し休んで、夜明け頃に仕掛けるとするか」




