第一章 ベイル傭兵団 2.謎の少年
(どういう事だ……?)
ベイルは部下の持ち帰った報告を聞いて困惑していた。
フォスカ家の残党に渡りを付ける手順として、マモルという少年の事を探りに遣ったのだが……その結果がどうにも不可解なのであった。
ユーディス姫奪還の後で姿を消した者はいないかと探らせて、マモルという少年の事に辿り着いたのは上々の滑り出しであった。ところがその後が好くなかった。
それとなく人相を訊き出そうとしたらしいが、なぜかその回答が悉く矛盾。黒髪で金髪で赤毛で、黒眼で青眼で茶色の眼、のっぽの上にちびで、太っている上に痩せている……そんな答えが返ってきたのである。
これでは埒が明かないと、部下は奢り酒で一人を酔い潰し、更には虎の子の自白剤まで使って人相を何とか訊き出した。ついでにその子が住民たちから可愛がられていた事と、領主マナガへの根深い反感まで訊き出せたため、住人が挙って少年を匿うような言動に走った理由も見当が付いた。
(要するに、マナガの手先と誤解されたってわけか……どんだけ嫌われてんだよ、あの野郎……)
ベイルの判断は、奇しくも嘗てジン・ケイツが下した判断と同じものであったが、訊き込みに遣った部下が気の利く――ついでに手段を選ばない――男だったのが幸いして、マモルの人相を探り出す事に成功していた。それは上々の収穫と言えたが……そうすると今度は、ベイルが想定していた手先の人物像と合致しないのである。
(いくら何でも十一歳の見習いにあんな真似ができるたぁ思えねぇし……第一、そのガキが町に来たなぁ、姫さんがとっ捕まる三月も前だってぇじゃねぇか)
これは完全な見込み違いか? 町から逃げ出したのも、怖い目に遭ったからだと考えればおかしくはない。何しろまだ十一歳の子供なのだ。
そうなると……他に逃げ出した者がいない事を考え併せると、問題の手先はまだシガラの町に残留している……いや、シガラの住人が手先の役目を買って出たという事になる。現領主マナガの悪評と先代領主フォスカ家の遺徳を考えれば、これは充分にあり得る話だ。
(フォスカ家に肩入れしてるカーシンってなぁ大層な魔導師だそうだが……三月も前からこの事を予想していたってなぁ、いくら何でも戴けねぇ与太話だよなぁ……)
可能性の低い事態にまで対応していたという解釈もできるが、フォスカ家の残党にそこまでの余裕は――主に人材的な意味で――無い筈だ。逆に、真実この事を予想していたのなら、子供ではなくもう少し使えそうな者を配していた筈。
マモル=手先説を棄却する方向で固まりかけた時、もう一つの可能性が頭に浮かんだ。
(……待てよ? その小僧、囮として使われたんじゃねぇだろうな?)
偶々手近にいた子供に言い含めて、騒ぎの後で他所に移動させる。これなら何の面倒も無いし、上手く嵌れば追っ手を混乱させる事も期待できる……丁度自分が陥ったように。
(いや……こりゃあ……ただの思い付きだったが、マジであり得る線か?)
そう考えると、今度はそれ以外の解釈は無いようにすら思えてくる。何より、これまで確認された事実と何一つ矛盾しないのが良い。
(考えてみりゃあ、出処進退の判らねぇ子供に大事を託すような真似は……いくらフォスカの連中が人手不足だからって、そんな馬鹿な真似はしねぇよな?)
――出処進退の判らぬ子供に埋蔵金探索を任せたお蔭で、フォスカ家は多額の軍資金を手にしたのだが……そんな事情は知らぬが仏である。
(けど……そうすると、その子供を捜し出して口を割らせりゃ、シガラの町に隠れてる手先の素性も割れるって事か……?)
今や新たな意味で重要性を増したマモルの行方が、ベイルの新たな関心事となるのであった。
本日はもう一話投稿します。次回投稿はおよそ一時間後の予定です。