第十六章 ワナリ 2.逆侵攻
戦の主導権は自分たちが――総兵力に勝り鉄壁の包囲陣を布いている自分たちが握っている。
それが根拠の無い思い込みに過ぎなかった事を、マナガは鮮やかに証明して見せた――奇襲という手段によって。
「サイカの者どもか……抜かったわ……」
元々サイカ兵は山間の戦いでの精強さに定評があった。マナガはそのサイカ兵に山間の間道を進ませる事で、ワナリ領のイドを急襲させたのである。かつてイーサを攻め落とした時の戦いを髣髴とさせるかのような手並みであった。
「いきなりイドに来るとはな……」
「あそこを落とされては、我が領都ソールの喉首に匕首を突き付けられたようなもの。何としても救援をお願いしたい!」
ワナリ領軍の代表が青褪めた顔で懇願するが、軍というものはそう簡単に右から左へ動かせるようなものではない。今から突貫作業で準備をさせたとしても……
「……要害に立て籠もる敵を落とすには、最低でもその三倍、場合によっては七倍の兵力が必要。とりあえず大隊規模の兵力を用意する事を考えると……軍の編成にどう考えても二日、輜重の手配で更に二日、ここからイドもしくはソールまでの距離を考えると……」
連合軍ではなくケイツ領の領軍を動かすという手もあるが、それにしたところで大隊規模の兵力を、そう簡単に用意して投入できるわけがない。
言葉を紡ぐケイツの表情も冴えなかった。彼にはマナガの狙いが読めていたのだ。
「イドから、そしてソールから兵を引いてほしくば、マナガ領に対する包囲を解け。……そう言っているのであろうな」
ここで拒否するのは簡単だが、そうするとマナガは遠慮無しに領都ソールを落とすだろう。それで包囲網の一画は崩れる。
のみならず、連合軍の結束は間違い無く瓦解する。見捨てられたワナリは勿論、他の領主とてその様を目の当たりにすれば、今後の協力に躊躇いを見せよう。この次に切り捨てられるのは自分かもしれないのだ。
「連合」軍の弱点を見事に衝いたマナガの巧手であった。
「兵を進める以外に手は無いか……」
兵を動かすなら、マナガが停戦交渉を申し出るより先に動かすべきだ。交換条件を持ち出されてからでは、こちらの立場が弱くなりかねない。トーチ戦線の兵を下げれば、一応の兵力は揃えられる。ワナリ救援の名分があるのだから、これはある意味立て直しの好機と見なせなくも無い。
巧遅よりも拙速。そう考えるなら、面倒な輜重の手配は後回しにできるか? 最低ワナリに着くまでの兵糧さえあれば、その後の手配はワナリに任せればいい。歩兵に関しては最寄りのケイツ領から回し、騎兵と馬車のみで急行するか?
「この戦……時間との勝負になるやもしれんな……」
ワナリの平定に時間をかけ過ぎては、この状況を好機と見た東のウォード家が動き出す虞がある。あれは若造ながら機を見るに敏な男だ。下手にケイツ領の軍を動かせば、手薄になった隙を衝いて、領土の端を切り取るぐらいの事はやりかねない。そうなると、狙われるのはアタギ領か? ……いや、マナガ救援の名目で、一気にワナリとシカガを襲う事も考えられる。
何にせよ、万一にもウォード家に出てこられてマナガめと共闘でもされた日には、ここ西部諸領は戦乱の巷に呑み込まれよう。それだけは何としても避けねばならぬ。
(……最悪、マナガめと取り引きする事も考えておかねばならんか……)




