幕 間 フォスカ家馬事情
マモルたちがマナガから補給用の荷駄を奪って持ち帰った事は喝采を博したが、ここで些か問題になったのが馬の処遇である。
手放すという選択肢も一応あるが、誰が売りに行っても不自然……と言うか、このタイミングで売りに出せば、マナガの奪われた荷駄と関連付けられるのは必定である。
騎乗用ではなく労役用の輓馬だが、乗って乗れない事もないし、ここは手元に残しておくべきではないかという話になった。ヤト村の村人たちにとっても、伐った原木を運ぶための馬がいれば何かと助かるのだ。
ところが、そうなると問題になるのが飼い葉である。
「人間様の食い扶持にだって困ってるもんをなぁ……」
「それはそうだが、やはり馬がいると色々助かるだろう」
「うむ。何よりもだ、この機を逃せば馬などいつ手に入るか判らんぞ?」
「あれは駄馬だから、草でなく木の葉でもいいんじゃなかったか?」
「まぁ、木の葉も食べるには食べるが、やはりちゃんとした草の方が、食い付きも育ちも良いからな」
こちらの世界の馬は――少なくとも荷駄用の駄馬は――木の葉もある程度は食べるようだが、やはりちゃんとした牧草の方が良いようだ。幸いにして居留地の壁の外側は、一応木を伐って草原になっている。元々は魔獣が近寄らないようにするための措置であったが、思わぬところで役に立った形である。
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「魔物とか魔獣とかって、森にしか出ないんですか?」
「必ずしもそういうわけではないが、普通の動物と違って魔獣は魔力や魔素を好むからな。大型のものは特にそうで、魔力や魔素の薄いところでは生きづらい。森を離れてもしばらくなら活動できるから油断はできんが、そういうやつらも森からあまり遠く離れようとはせんな」
塀の外に立って草原を眺めているマモルの説明に、隣に立つカーシンが答えていく。この合宿所――現・居留地兼兵営――の周辺は、そういう理由で木を伐ってあるのだと。
「なるほど……。だから、牧場として使うには少し狭いんですね」
「うむ。それ以前に、馬たちも出ようとはせんだろう。森が近過ぎるゆえな」
「つまり……」
「馬を飼うというなら、少なくとも草場を広げておかんといかん」
「……どうせ木材や原木は幾らあっても足りませんし、丁度好いとは言えますか」
斯くいった次第で居留地兼兵営の周りの木が伐られ、草地が拡張される運びとなったのだが……
「当然ながら、木を伐っただけじゃ草は生えませんよね」
「まぁ……放って置けば数年はかかるのう。イライアのやつが来れば早いのだが」
イライアというのはカーシンが招集した高弟の一人で、戦闘方面の才能はからっきしだが、木魔法に関しては目を瞠るほどの技倆を持つという。カーシンとしては、農業関連のアレコレを担当させるつもりで呼び出したらしいが……
「何しろあやつときたら、珍しい草木を探してあちこち飛び廻っているような道楽者だからな。招集に気付くのもいつになるやら……」
カーシンには忠実な弟子なので、招集にさえ気付けばすぐにでもやって来るというのだが……
「そもそも、この大陸におるのかどうかも怪しいでな」
「……当てにしない方が良さそうですね……」
「まぁ、儂もディクトも木魔法は一応使えるから、後で少し施しておこう」
「お願いします」
当面は草地の草を刈り取って食べさせればいいだろうが、先々の事を考えると不安が残る。購入も視野に入れた方が良さそうだ。
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「とは言っても、問題はどこから購入するかだ」
兵営の一室――便宜上、作戦室という事にしてある――で、マモルを交えた参謀本部の面々が話し込んでいる。今回は軍の編成にも関わる――騎兵を設立するとなると、当然そういう話になる――という理屈を捏ねて、ユーディス姫も参加している。
「? サイモン商会は駄目なんですか?」
「あそこはそもそも飼い葉のようなものは扱っていないからな」
いきなり当てを外された形のマモルが少し考え込む。簡単に考えていたが、これは少し面倒かもしれない。
「手近な場所としてはシガラだが、マナガの目に留まるのは確実だ」
「どこから入手したかを考えれば、すぐに先日の襲撃に行き着きますね。拙いです」
「イーサはどうだ? あそこは今、領境に緊張を抱えてごった返しているだろう」
「逆にそれだからこそ、飼い葉のようなものは手に入りにくいのではございませんか? 飼い葉と言えば、ある意味で兵糧のようなものでございましょう」
「……手近なところで入手が難しいなら、サイモン商会の伝手でどこかを紹介してもらうのは?」
「最悪それも考えるしかないか……あまり素性の知れぬ者との取り引きを増やしたくないのだが……」
「……意趣返しも兼ねて、ナワリから掻っ払うという事も考えたんですけど……」
ぼそりと不穏な事を言い出したマモルを、全員が振り返る。姫の目は期待に輝いているが。
「収穫後の麦藁を回収した場合、フォスカ家のせいだと疑われれば、馬を持っている事も確実にバレるんですよね。だったら収穫直後、実が付いたままの状態で回収すればと言うと……やっぱりフォスカ家のせいだとバレた場合、あまり外聞が宜しくないんですよね……」
むっつりとした口調での説明を聞いて、これは確かに聞こえが悪いと納得する一同。泥棒領主などという汚名が付けば、マナガなら必ず声を大にして囃し立てるだろう。
「これは……拙速に決めるのではなく、保留という事にいたしませんか? 幸いに当座の分は足りるようですし」
「逆に言えば、当座の分しか無いんですよ。この先の事を考えると、どこかに牧場を手配する事も必要なんじゃ……」
「いや、その心配は無いのだマモル。我がフォスキア城の傍には牧場があったからな。フォスキアを奪回すれば問題は無い」
自信満々に言い切るユーディス姫。場合によってはそこから飼い葉を頂戴してくる選択肢もありそうだ。
(……確か、牧場にはサイロっていうのがあったよなぁ。干し草を醗酵させてどうとかって言ってたけど……酸欠の危険性がある事だけしか憶えてないや。もっと真面目に聞いておけば良かったよ。……カーシン先生に相談したら、何とかなるかな?)
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