第十四章 イーサ戦線 2.イーサ領
ここで少々、イーサ領の現状というものを説明しておこう。
マナガとの戦いで領都イーサまでもが戦火に見舞われたイーサ領では、領主の一族郎党がほとんど死んだか落ち延びたため、領地を維持する人材にすら事欠く有様になっていた。マナガにしても覇道に乗り出したばかりのため、人材に余裕があるわけではない。結果、軍や役所のトップだけをマナガの息のかかった連中で固め、中堅層はイーサの人員から抜擢した者を充てる事で、どうにか領政を回している状態であった。中堅層以下は一応マナガに取り立てられた形になるが、だからといって侵略者マナガに好意的になれよう筈も無い。表立ってマナガに反抗はしないが、さりとて心服もしない。表向きはどうあれ、内心ではレジスタンス寄り――旧イーサ領には、マナガの支配に反抗する地下勢力が存在する――という立場の者が大半であった。
〝マナガ様に取り立ててもらったくせに、恩知らずめ〟
〝侵略者が俺たちの町ででかい顔してんじゃねぇ〟
――という互いの本音を、上層部と中堅それぞれが隠して接する事で、どうにか政務を回している状態であったのだ。
要するに、火種さえあればあちこちで暴発が起きかねない――旧イーサ領はそんな状態にあったのである。
そして……その火種の最大のものが、皮肉にもイーサの代官であった。
現在のイーサ代官は旧主の血縁に連なる者ではあるが、一族の出来損ないとして知られた俗物であった。マナガとしては、住民感情を考慮して旧主の血縁を――お飾りとは言え――代官に据えたつもりであったが、領民からの支持は最低。〝侵略者に尻尾を振った裏切り者〟という扱いで、良くて軽侮か無関心、大半は敵意をもって接していた。
代官がそんな有様であるから、実際の政務はマナガが派遣した監視役が取り仕切っている。マナガとしては、近在でも有数の交易都市にして自由都市であるサームに接するイーサを、暗愚をもって鳴る代官に任せるような真似をするつもりは無かったのである。
ただ……当の代官はそんな状況に不満を持っていた。
ここにシカミ家の付け込む隙があったのである。
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「またしてもやられたか……」
「小競り合いばかりとは言え、こうも立て続けに裏を掻かれると……」
「あぁ、兵どもの志気に関わる。……どころか、最近では領民たちの間にも厭戦気分が蔓延しているようだ」
領境付近に布陣したシカミ軍は度々イーサ軍にちょっかいをかけてくるのだが、それを追い払おうとするイーサ軍が裏を掻かれるという事が、ここしばらくの間続いていた。
「……やはり、我々の情報が筒抜けになっているとしか考えられん」
「間諜が紛れ込んでいると?」
「間諜など必要あるものか。あのクソ代官に決まっているだろうが」
イーサに接する自由都市サームは、現在のところ実質的にマナガの支配下にある。
〝イーサ領をマナガの手から奪い返した暁には、サームの統治権を代官殿に譲る用意がある〟
――そんな空言を吹き込んでイーサ代官を丸め込んだシカミ家は、代官から軍事情報のリークを受ける事で、ここしばらくイーサ軍の裏を掻き続けていた。素より代官と領軍領民の仲は最悪。やつらなどどうなっても知った事かとばかり、代官は領軍の行動計画をシカミ家に漏らしていたのである。
シカミ家としては、小競り合いでの敗戦が続く事で、イーサ軍の間に厭戦気分が蔓延するのを待つ作戦であった。しかし、イーサ軍とて無能の集まりではないわけで……
「どうする?」
「まずは確証を得る事が第一だ。代官殿には偽情報を教えて、シカミのやつらがどう動くかを確かめよう」
「だな」
囮調査の結果、代官への疑いは確信に変わったわけだが……今度はそこでどうするかが問題になった。
軍上層部はマナガの息のかかった者たちであり、代官の行動をマナガに対する反逆行為であると決めつけ、すぐにでもマナガに注進しようという勢いである。
これに対して実働部隊である中堅層は、軽々に動いてシカミ軍にこちらの意向が読まれるのは拙いと言い立てて、上層部の動きを牽制している。しかし、中堅層の思惑は別のところにあった。
シカミ家は現在の小競り合いの相手だが、マナガは領主一族の仇にして侵略者である。マナガからの離脱を支援してくれるのなら、ここはシカミ家と手を結ぶ事についても検討する余地があるのではないか?
そう考える者たちもいたのであるが……




