第一章 ベイル傭兵団 1.ソン・ベイル
暫くの間は連日投稿とします。
アタギ領の山の中、木樵や炭焼きも近付かないようなその奥地に、人知れず構えられた砦があった。洞窟を素にしてその外側に木造の建物を追加したらしいそれは、見かけに反して堅固な守りを誇っている。
その奥まった一室で、一人の男が考えに沈んでいた。
浅黒い皮膚に無精ひげ、癖のある黒髪に金色の瞳。地球であればラテン系とか野性的とか形容されそうな風貌であるが、その眼の奥には狡猾で冷酷な光が宿っている。一言で云えば、油断のならないとか信頼できないとか言われそうなタイプであるが、それを補って余りあるほどの強烈なカリスマ性を備えていた。
男の名はソン・ベイル。
アタギ領の街道筋を荒らし廻る盗賊の首領であった。
(フォスカの姫が埋蔵金を手にしたか……こちらに囲い込む目は無くなったな)
この時代に生きる者なら一度は夢見るであろう下克上。天下とまでは言わないが、一国一城の主を狙おうとする者は少なくない。彼、ベイルもその例に漏れず、自分の才覚を頼りに成り上がろうと企んでいた。
ダズ・マナガという野心家がお家乗っ取りと近隣領地の併呑をやってくれたお蔭で、それまで一応均衡を保っていたこの地域の情勢は一気に不安定なものと変わった。その機に乗じてこちらも城の一つ二つ落としておけば良かったのだが……マナガという男、憎たらしいほどの手際の良さでその暇を与えず、あれよという間に占領地の支配権を確立して、目の上の瘤であった主家の姫まで手に入れた。生き残った姫を旗印にしてフォスカ家の再興を――正確にはそれを口実にしたフォスカ領の支配を目論んでいた者もいたようだが、マナガはそれを悉く潰して見せた。
これはマナガの一人勝ちかと思われた矢先、フォスカ家の残党が姫の奪還に鮮やかに成功。一旦はマナガ優勢で落ち着くかと見えた情勢が、一転して再び予断を許さぬものとなった。
安定政権の確立に失敗したマナガに対して、近隣の領主たちが結束して反マナガの包囲網を形成。今は小競り合い程度だが、いずれ再び戦乱の巷に戻るのは明らか。ならばその隙を衝いて、今度こそ国の一つや二つ獲ってみせる――
そう考えていたベイルにとって、この争いの謂わばキーパーソンであるユーディス姫の確保は、成り上がるための特急券のようなものであったのだが……
(お姫さんが自前の軍資金を得た以上、焦って動く事も期待できねぇ。卯建つの上がらねぇ盗賊ずれの出る幕じゃなくなったか。……掻っ攫うってんなら盗賊のままが都合好かったが、その目が無くなった以上……)
ベイルは予て検討していた次善の策を、実行に移すべきかどうかを考える。
(……あの小娘を手懐けるって手も無ぇわけじゃねぇが……大人しくこっちの手に乗るタマじゃなさそうだしな……)
何しろユーディス姫と言えば名代のじゃじゃ馬。下手に手を出すと我が身が危ない。そうするとやはり……
「おぅお前ら! 支度しろ! 盗賊稼業たぁおさらばだ。傭兵団として旗揚げするぞ!」
一瞬静まり返った後にわぁっと沸き上がった手下たちを眺め、ベイルは今後の身の振り方を考える。傭兵団としてどこを目指すべきか?
自前の領軍が充実しているケイツ領が、今更傭兵を募集するとは思えない。仮に募集しても、それは使い捨ての鉄砲玉としてだろう。
となると、考えられる選択肢はアタギ領かシカミ領。ぐっと南下してシカガ領かワナリ領という手もあるが、そこへ行くにはケイツ領を通らなければならない。結構な長旅になるし、そうまでしてシカガ領やワナリ領を目指す理由も見当たらない。
(そうなるとアタギかシカミかって事になるが……国獲りを狙うならマナガの所領に接するシカミ領か? 旧イーサ領辺りを乗っ取るなら都合が好いか……)
逆に、最初からマナガに接触する手も無いわけではない。信用させておいてから裏切るという、ある意味定番の手順だが……
(当のマナガがそれをやらかしてるからな。警戒してねぇわけが無ぇか。やっこさんとしちゃあ、こっちの兵力は喉から手が出るほどに欲しいだろうが、そう簡単に信用するほど甘っちょろいやつじゃねぇだろう)
まだしもシカミの方が御し易い筈だと考え直し、改めてシカミ領を目指す胆を固める。
(そうすると……何か手土産が欲しいところだが……あそこでのさばってる盗賊どもでも片付けるか?)
殺すか、手下に加えるか。どちらにしても盗賊の被害さえ無くなれば、シカミ家の覚えもめでたくなろうというものだ。
他に考えておくべきは……
(――捨て駒にされねぇ算段だな。捨てるにゃあ惜しいという何かを持ってると、シカミに示せりゃあ良いんだが……)
自分たちは人数こそ多いが、多くはしがない盗賊崩れ。従軍経験のある者もいるが、武勲戦功とは縁の無い連中だ。盗賊上がりなだけに潜入や火付けには慣れた者が多いが、そんな事を胸を張って主張できるわけも無い。新機軸の武器や戦術を身に付けているわけでもないし、軍資金や金蔓は素より無い。こんな自分たちが提供できるものと言えば……?
(……情報、もしくは人脈――か)
山賊崩れと共闘してくれそうなのはフォスカの残党ぐらいしか思い付かないが、彼らに繋がる手蔓は残念ながら持っていない。ただ――姫君奪還に関わった手先が、マナガ領に潜入していた筈だ。そいつに渡りを付ける事ができれば、自分の価値も高まる筈。仮に渡りを付ける事ができなくても、フォスカの密偵の情報は高く売れるだろう。
(まぁ、会ってみて見所があるようなら、取り立ててやっても構わねぇか)
となると、まず最初にシガラへ人を遣って探らせる必要があるのだが……
(シガラにゃシャムロって面倒なやつがいるし……下手な動きはできねぇ。……向こうへ遣る者の人選にゃ気を遣わねぇとな)
前作「なりゆき乱世」、および「従魔のためのダンジョン、コアのためのダンジョン」「スキルリッチワールド・オンライン」「転生者は世間知らず」「SROプレイヤー列伝」もよろしくお願いします。