第十四章 イーサ戦線 1.シカミ家
「ケイツから、イーサへのちょっかいを始めろと言ってきた」
シカミ家当主ヤザ・シカミは、むっつりとした表情で老臣に告げた。
話しを向けられた老臣も、少し難しい顔をして問い返す。
「あちらでは何やら妙な事になっておるようですが……一応は予定どおりという事でしょうか?」
「どうかな。こちらから送った傭兵団……ベイルとかいう男が散々に戦線を引っ掻き回したとかで、儂はシカガ家から嫌味を言われたのだが……」
「そもそも、兵力の融通を頼んできたのは向こうではありませぬか。今更そのような言い掛かり、虫が良過ぎましょう」
腹に据えかねた様子の老臣であったが、
「とは言え、我がシカミ家が件のならず者と同じ轍を踏む必要は無い。そこは肝に銘じておかねばな」
――という主の言葉には頷かざるを得ない。
「御意。拙劣な進撃はいたさぬように徹底しておきます」
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ケイツを始めとする反マナガ連合軍首脳部が新たな場所で戦端を開く事を決断した時、ごく自然にその任を負わされたのがシカミ家であった。
何しろシカミ家には、トーチ戦線を滅茶苦茶にしたベイルという問題児を送り込んだ責任がある。書類上ベイル部隊はシカミ家からの出向となっているのだ。面倒を押し付けられた形のシカガ家として面白くないのは当然である。元々人員の派遣を頼んだのがシカガ家であったのは事実だが、何もあんな不穏分子を送って寄越す必要は無いではないか。
「次の戦線はイーサ辺りに開くのがよろしいかと」
「賛成ですな。聞けばイーサの代官は旧領主家の血縁ながら、箸にも棒にもかからぬ愚物とか。そのせいで領民との間も上手くいっていない由。付け込む隙は多いでしょう」
「まさにな。……では、そういう事でよろしいかな?」
「は……」
イーサ家から派遣されていた戦目付としては、そう答えるより無かったのである。
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「で、ちょっかいを出すのは出すとして、どういう具合にやるべきか」
「あの愚物めは何も考えずに戦線を荒らし廻ったようでございますからな。同じ手は使わぬがよろしいかと」
実はベイルの蛮行の裏には、連合軍首脳部の策を乱してやろうという軍師ショウゼンの思惑があった。マナガの本拠タマン城に面するトーチ領、そこにベイルが領地を与えられる目は薄い――ショウゼンはそう判断しており、後は野となれ山となれ方式に焼き討ちに同意したという裏事情があった。
しかし、ベイルを単に使えぬ手駒としてしか見ていない首脳部には、そんな発想は浮かんでこない。独りジン・ケイツだけは、あるいは一掬の疑いを抱いていたかもしれないが……
「……マナガめが据えた代官は欲深な愚か者で、軍からも領民からも受けが好くないとか。その辺りに付け込む隙があるようでございますから、調略によるのがよろしいかと」
ベイルに対する評価はともかく、イーサ攻略についての見識は妥当なものと言えた。どうやらシカミ家としては、ベイルの所業とその結果を反面教師として、調略によって切り崩しを狙う方針を固めたようだ。




