第十三章 トーチ戦線 3.転換
ベイルを驚愕させた、そして不機嫌にさせた撤退命令であるが、元を辿ればこれもベイルの自業自得であった。
そもそも首脳部の予定では、トーチ戦線はマナガに対する嫌がらせであり、地道にネチネチとチマチマとチクリチクリと、長い時間をかけてマナガの戦力を削いでいくための場所であった。一気に敵領内に侵攻して決戦を挑む――などというのは最初から予定に入っていなかったのだ。当然、そのための戦備も支援体制も整ってはいない。
なのに、そんな思惑を吹き飛ばす勢いでベイルが遮二無二戦線を突破、トーチ領内に侵攻しての本格的な戦いに移行させられたわけである。
小競り合い程度を予想していた貧弱な支援体制はついに破綻。戦線を整理して補給や支援の体制を構築し直すまでは、これ以上の侵攻が不可能になった――というのが今回の経緯であった。現に食料の在庫は危険なまでに減少しており、現状のままでは兵士が飢えるという事態を覚悟せねばならないところまできていた。
「そんなに食いもんが減ってたって? 横流しでもしてるやつがいるんじゃねぇのか」
「いえ。前線は毎回かなりの激戦になっていますからな。それを考えると無理のないところでしょう。負傷兵も食糧は普通に消費しますし、補充兵も増えましたからな」
「あぁ……懲罰部隊から引き抜いてきたやつらがいたか。それを考えりゃ、不足もするか」
――実際には、遅延工作からの帰りがけの駄賃とばかりにマモルが掻っ払っていったのであるが、そんな事に気付く者はいない。
ともあれ、これまで鬼神の如き寇掠を進めてきたベイルであったが、ここへきてついにその勢いに翳りが見えてきたのであった。
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「とにかく、一旦戦線を整理しないとどうにもならん」
渋い顔で戦況図を見つめているのは、ジン・ケイツを筆頭にした反マナガ連合首脳部の面々。
「現在の戦線はかなり歪になってますからな。あの馬鹿が頑張った場所だけ戦線が押し込まれて、なのに他の部分はそれほど前進していないので、この一部だけがトーチ領内に突出した形になっています」
「下手をすると、先鋒が包囲されて全滅という危険性も……」
「あの馬鹿は縦横無尽に暴れ廻る事で、包囲陣を完成させない手に出ていたようですが……正直言って、他の部隊にはそこまでの機動は……」
「全く……働き者の馬鹿というのは始末に負えんな……」
当初の予定を悉くひっくり返された首脳陣。その鬱憤の向かう先はベイルしか無いようだ。しかし戦術的にも、今の状況が拙いのは事実であった。
「先鋒が包囲殲滅される危険性だけでなく、伸びきった補給線にも不安があります」
「面倒な包囲陣を作るまでもない。補給を絶たれるだけで先鋒部隊は終わりです」
「かと言って、下手に兵を引けば……」
「勢いに乗った敵軍が逆侵攻してくるだけでなく、自軍の意気はだだ下がりか……」
「何よりあの馬鹿が承知しますまい」
「現状を維持しつつ、戦線の歪みを解消するしか無いか……時間がかかりますな」
「それだけではありませんぞ。このままトーチ領内への侵攻を続ければ、マナガめの宣伝戦術を裏書きするばかり。我が軍への、延いては我らが領への風当たりが強くなるばかりでしょう」
一同の目は揃ってジン・ケイツに集まった。
「……当初の想定とは少し異なる状況になったが……予定どおり第二段に移るとしよう」
「では……」
「うむ。手始めにイーサ領への仕掛けから始めてもらおう」




