第十一章 トーチ戦線 3.急の段~混乱~
ベイルという一個人は反省すればそれで済んだだろうが、戦線を任された現地指揮官の方はそうはいかなかった。
反マナガ連合軍の現地指揮官の一人として、連合軍の戦略方針についてもある程度は聞かされている。その立場からすると、今回のように過度な突出が好ましくないという事は解る。
しかし上層部の戦略はどうあれ、兵士の志気は大いに上がっており、戦術的にはこの勢いを無視するのは得策でない。今ここで流れを断ち切るような真似をしたら、兵士たちからの信を失い、それは今後の展開にも悪しく影響するだろう。
現地指揮官としては、追撃を命じる以外の選択肢は無かったのである。
ジン・ケイツが立てた戦略は、ベイルという一人のジョーカーの暴走によって破綻しようとしていた。
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戦線のある旧トーチ領はタマン城の正面に位置しており、ここが抜かれたらマナガの本拠地まで一直線である。
内心でケイツによる嫌がらせではないかと疑っていたマナガであったが、さすがにこの状況は放置できず、即座に兵を動員してトーチ軍の梃子入れを図った。増援を得たトーチ軍は、以前にも増して頑強な抵抗でシカガ軍の侵攻を阻み、戦線は膠着の色を見せ始める。
トーチ兵の頑強な抵抗の理由の裏には、ベイルの苛烈な――と言うより残虐な――攻撃に旧トーチ領の住民が結束して反発、死に物狂いで抵抗しているという事情があった。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いは世の習い。ベイル討つべしというだけでなく、侵略軍許すべからずの声が日増しに高まっていく……
この状況に頭を抱えている者と高笑いしている者がいた。
「……あの夜盗崩れめ……何という事をしでかしてくれたのだ……」
「シカミ家も、何を考えてあんなならず者を送って寄越したのか……」
前者は言うまでもなく反マナガ派連合軍首脳部であり、
「これで旧トーチ領は領民を挙げてシカガ軍に抵抗するだろう。勝ち筋が見えてきた」
――後者は無論の事マナガであった。
更に、この状況を最大限利用すべく、マナガは連合軍の残虐行為を領内外に広く宣伝する策を採る。そのせいで、解放者の立場をもって任じるべく画策していた反マナガ派連合軍は、思惑とは逆に侵略者として扱われるようになったのである。
これはマナガに与しない領主たちへの牽制であるとともに、親マナガ派の領主たちへの、あるいは反ケイツ派の領主たちへのメッセージでもあった。
〝大義は我にあり。ケイツを討つ口実は整った〟――という。
「……このまま時間が経てば、東のウォード家が好機と見て介入して来かねん……」
マナガと密約を結んでいるウォード家は、天下を狙う者として義の無い争いには介入しないだろう、ゆえに主家殺しのマナガに表立って助勢するような事はあるまい……そういうジン・ケイツの読みは、根底から覆されようとしていた。
この状況は当のベイルにも、そして彼らが属するシカガ軍にも、影響を及ぼさないではおかなかった。
一連の状況を作り出した疫病神として、ベイルはどこの軍からも厄介者扱いされる事になる。ベイルの雇い主に当たるシカミ家でさえそうであった。
結果としてベイル一味はどこの戦線からも受け取りを拒否され、そのままトーチ戦線に留め置かれる事になる。当初イーサ領を狙っていたベイルとしては、甚だ不本意な状況であった。
更にはシカガ軍の中に、ベイルに対する反感から軍を離脱する者が現れはじめた。それらは主にフリーの傭兵であったが、これが即座にシカガ軍の弱体化を招いたかというと……面倒な事にそうはならなかった。
脱走した者が軍全体としてみれば少数であったという事情もあるが、逆にベイルを慕って集まってくる破落戸や凶状持ちのためにベイル勢が増えていたという、看過しにくい事情があったのである。
兵士の質が少しずつ――望まぬ方向に――変わろうとしている事。これもまた反マナガ派連合軍首脳部の頭痛の種となっていたのである。




