第十一章 トーチ戦線 2.破の段~転回~
その夜の襲撃は、ほぼベイルたちの意図したとおりの展開となった。
闇に紛れて領境を越えたベイル一味は、そのまま密かに補給拠点となっている村に接近。夜襲に慣れた部下たちが忍者よろしく守備兵を始末した後には、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。
補給物資の倉庫だけでなく、寝静まった家々にも油をかけ、村は一気に火の海に沈んだ。狂乱して燃え盛る家から飛び出てきた村人たちは、ある者は槍で串刺しにされ、ある者は剣で斬り裂かれ、あるものは馬蹄にかけられ、ある者はそのまま火に焼かれて息絶え……老若男女の悉くが、この夜還らぬ者となった。
異変を察知して前線から兵士が駆け付けてきたが、それすらベイルたちの予想するところであった。気の急いていたトーチ兵たちは面白いようにベイル一味の待ち伏せにかかり、一騎も余さず斃れる事となった。
「よぉしっ! 頃合いだ。これ以上欲をかいちゃ罰が当たるってもんよ。さっさと引き揚げるぞ!」
退き際を見極めたベイルの号令一下、一味は疾風のようにその場を離れる。行く先は後方の異変に浮き足立つ前線。兵の配置が手薄なところを狙って戦線突破を図る――敵陣の後方から、友軍のいる方向へ向かって。
「停まるな! 一気に駆け抜けろ!」
自陣後方から突撃して来た部隊を目にしたトーチ兵は混乱した。敵軍なのか友軍なのか? 敵軍だとしたら、なぜ後方から突撃して来るのか? 後方にいる筈の友軍は何をしているのか? 友軍はどうなったのか?
浮き足だった兵士たちは、組織的な抵抗もできずにベイルたちの突破を許した。
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「……一体、何がどうなっているんだ?」
「解らん。解らんが……敵が混乱している以上、好機には違いない」
事情は解らないが攻撃の好機と捉えたシカガ軍は、トーチ軍前線部隊の混乱に乗じて攻撃を加える。前後から挟撃を受けた――少なくとも、彼らの主観ではそう――形のトーチ軍はさらに混乱を拡大する事になり、組織的な抵抗もできずに潰走する。
この夜、戦線はトーチ領側に大きく押し込まれる事になった。
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翌日、司令部に呼び出されたベイルを待っていたのは、現地指揮官からの称讃と叱責であった。
称讃はともかく叱責の理由が解らず、この野郎、やっかみ混じりに難癖をつけようってのか――と、臍を曲げかけたが、賞賛とは別に叱責するからにはそれなりの理由があるんだろうと思い直して説明を受け……
(「なぁるほど……後の事までは考えてなかったわ……」)
――素直に感心する事になった。
現地指揮官曰く、戦線を押し込んだ功績は大きいが、ベイルがやったような残虐行為は現地の民心を著しく損ね、占領後の支配に難を来すというのであった。これを解り易く言い換えるならば……
(巧い事手懐けときゃ、後々自分たちの領地になったって事か)
盗賊稼業が長かっただけに、占領とか支配とかいう視点がすっぱりと抜け落ちていた事に気付く。これは考えが浅かったと素直に反省するが、覆水は盆に返らず、既に手遅れなのが事実である。
(待てよ……してみると、ヤト村を襲ったのは下策だったか?)
今回の反省から連想して、過去にヤト村を襲った時の事を思い出す。あの一件ではフォスカ家の関係者らしき小僧と事を構える羽目になったが……あれもこちらの過ちだったか? 短気を起こさず放っておけば、フォスカ家と手を結ぶという選択肢もあったのかも……
(ま、今更仕方のねぇこった。この次から上手くやりゃあいいだろう)
済んだ事でクヨクヨしても仕方がない。失敗は失敗として教訓だけを胸に刻み、後悔は綺麗さっぱり投げ捨てる。……ベイルは前向きな質であった。




