第十一章 トーチ戦線 1.序の段~計画~
ベイルが廻されてきたシカガ領では、このところ旧トーチ領軍を相手取って一進一退の攻防が続いていた。
それも道理で、見るからに主力を準備してはいるが、ジン・ケイツらの狙いはマナガ軍をここに引き付けておく事。マナガが戦線正面に増援の兵を寄越したところで、今度はイーサとサイカで戦乱の火の手を上げる事になっている。マナガに三正面作戦を強いる事で、その兵力を摺り潰す――というのが真の狙いなのだ。
じわじわとマナガの体力を削っていく長期消耗戦が狙いなのだから、ここで下手にトーチ領に突入するのは色々と拙い。その最大の理由は補給体制である。一応の兵糧は集めてあるものの、激戦を支えるほどの補給体制は整っていない。前線に食糧を運ぶための補給部隊然り、傷病兵を手当てするための医療部隊然り、命令を的確円滑に伝えるための伝令部隊然り……要するに、兵士以外の後方支援は全くと言っていいほど準備されていないのである。
少し目端の利く者なら、この状態を見て自分たちは陽動か、あるいは総攻撃はまだ先の事かと、首脳部の意図を読み取るだろう。あるいは、攻撃があまりに拙速であった事から、トーチ領への攻撃は見せかけだけではないのかと疑う者もいたであろう……丁度ダズ・マナガがそうであったように。
しかし、そんな戦略や小細工などは一切顧みず、単純明快に勝利だけを求めて突き進もうとする者もいたのである。
トーチ戦線を動かしたのが、そんな空気の読めない男、ソン・ベイルであった。
・・・・・・・・
「手緩い!」
戦線の戦況図を見下ろして、不機嫌そうに吐き捨てるベイル。主力の筈のシカガ軍の展開が鈍臭いせいで、敵軍に戦線構築の暇を与えてしまった。前線の後方に支援陣地と補給拠点を設けられたせいで、こちらの攻撃は何れも跳ね返される結果に終わっている。
特に面倒なのが補給拠点だ。こちらの補給体制が整っていないのに対して、敵は前線近くの村に補給拠点を築く事で、兵士の交替や武器の補給を迅速に行なっており、相対的に少ない戦力を有効に回して善戦している。対してこちらは補給にも交替にも長距離の移動が必要なため、戦力の更新が進まない。
「……ったく、お偉方は何やってんだ。勝ち戦のための準備がまるでできてねぇじゃねぇか」
「我らがここへ廻されたのも急な事でございましたからな。何かの不手際があって、兵士の動員が遅れているのでしょう。そのせいで、後方部隊の準備が整わないままに開戦となったのではないかと」
「何でまたそんなに戦を急いだんだ? 準備ってもんが整ってからおっ始めるのが、兵法の常道ってもんだろうが?」
「他の領主たちの兵は、それなりに陣容も整っているようでした。主役たるべきシカガ家が遅れるわけにはいかなかったのでは?」
「……ったく、どんな理由があったか知らねぇが、戦の手配りってやつを解ってねぇんじゃねぇか? ここの領主は」
こんなんで大丈夫なのかと不平を漏らすベイルであったが、その「不手際」の原因が、遠く自分がしでかした事に起因すると知ったらどう思ったであろうか。
「して、如何なさいますか?」
ベイルの呟きに応えて問い返したのは、ベイルの軍師を務めるショウゼンという老人。ベイルがシカミ領の盗賊たちを一掃した際に仲間に入り、今に至っている。
ドサクサ紛れのように立ち上げた傭兵団に軍師を迎えて体裁を整えたとは言え、ベイル勢は人数にして八十名足らず。傭兵団としては大規模であっても、軍の規模から見れば寡兵でしかない。二個小隊にも満たない規模なのだ。これでできる事など高が知れている。
軍師としてそれを踏まえた上でのショウゼンの問いかけであったのだが……
「あぁ? んなもん決まってんだろうが。敵の兵隊どもをぶっ潰す。傭兵稼業で成り上がろうってのに、他に方法なんか無ぇだろうが」
言っている事は威勢が良いが、相手は旧トーチ領の正規軍。その規模も一個中隊や二個中隊ではあるまい。そんな相手に無策で突っ込んで行くような真似は、さすがに軍師として承服しかねる……
「まぁ聞け。俺だって馬鹿正直に突っ込んで行くなんて考えてやしねぇ。狙いはここだ」
そう言ってベイルが示したのは、敵の補給拠点となっている村であった。拠点だけに警備の兵は置いているだろうが、さすがに前線に較べれば兵力は薄い筈。況して自分たちは盗賊上がりだ。夜陰に乗じて密かに村に接近し、一気に荒らして廻るのは手慣れた作業。夜盗ならではのノウハウなら、正規兵などよりも豊富である。
「……浸透作戦ですか……いけるかもしれませんな……」
「守備兵を皆殺しにした後は、食糧を焼いて村の連中も皆殺しだ。俺たちに逆らおうとしたらどうなるか、見せしめにしてやらねぇとな」
冷酷なベイルの作戦案を聞いて、ショウゼンはピクリと眉を動かした。
これでもショウゼンは、かつて少しは知られた軍師であった。消耗戦を企図するケイツの策など読めているし、兵士でない民間人を手にかける事の愚も、それがもたらす戦の苛烈化にも気付いている。
ベイルが王道を望むのならここで諫めるべきであろうが、彼が望むのはあくまで覇道。梟雄奸雄の道を歩まんとするなら、非道無道の名を惧れる必要がどこにあろうか。
それに――と、ショウゼンは考える。このままケイツの思惑に乗っているのも面白くない。やつらの策が成るという事は、美味しい部分は全てケイツらに奪われるという事。ならばいっそ、彼奴めらの思惑を盛大にひっくり返してやるのも面白かろう。素より戦火の拡大は望むところなのだ。
「……承知致しました。その線で計画を立てて参りますので、しばらくお待ちを」
「おう。急かすわけじゃねぇが、あまり時間をかけるなよ? 遅れれば遅れるほど、向こうさんのお出迎えも派手になりそうだからよ」
「解っております」
――こうして、後年指弾されるような残虐さの表れではなく、純粋な軍事的合理性から、悪名高いシカガの焼き討ちが実行されたのである。
マモルがカーシンからの急報を受ける五日ほど前の事であった。




