第十章 フダラ山地 1.森の調査
――シカガ領の戦線で何やら妙な動きがあったらしい。
それ自体気になるところではあるのだが、新生フォスカ軍としては、遠くの戦争を気にする前にやっておくべき事が山積みであった――例えば原木の伐採とか。
目下フォスカ家勢力が隠れ住んでいるフダラ山地は、一面の樹海と呼んで差し支え無いような場所である。よって木材の入手には事欠かない筈なのだが、生憎とこの場所は凶暴な魔獣が跳梁跋扈する魔界でもあった。気安く木を伐りになど出て行ける場所ではない。樹海の奥地に存在するカーシンの館は言うに及ばず、ずっと浅い位置にある居留地兼兵営にしてからがそうなのである。
その一方で、居留地に疎開してきたヤト村の住人は炭焼きや木挽きを生業とする一族であり、生計の手段として原木を必要としていた。
そしてまた、生活及び軍需物資の確保に頭を悩ませる新生フォスカ軍としても、木材の入手に無関心ではいられなかったのである。
このような流れの帰結として、森に出かけて使えそうな材木を伐り出すという話になったのだが……
「……いや? 炭や細工に向いた木など知らんな?」
大魔導師カーシン。彼は優れた魔導師であるが故に、魔道以外の事――具体的には身の回りの事――にはとんと無関心なポンコツでもあった。仮令千年生き続けていようとも、素材にもならない木の事になど思い煩う暇は無いのである。
「つまり……どこにどんな木があるのかすら、判っていないわけです」
申し訳なさそうに状況を説明するのは、カーシンの高弟にしてこの旧・合宿所――今は居留地兼兵営となっているが――の卒業生でもあるディクトである。
「ディクトさんもご存知ないんですか?」
「……慚愧の至りです」
暗にカーシンの同類である事を宣言したディクト。師弟という者は似るものらしい。
「そうすると……単に伐り出しに行くのではなくて、最初に樹木の調査から始めねばならんわけか……」
腕を組んで唸っているのは侍大将のカガ・ニッケン。樹木の位置さえ判っていれば、兵を纏めてバッと行ってガッと伐ってくる……そういう事を考えていたのだが、実態はそう簡単ではないようだ。
「まぁ……樹種の選別はヤト村の方に同行してもらえば大丈夫でしょうが……」
「ある程度の範囲を歩き廻って調べねばならんのか……」
結局、ヤト村から二名の男を出し、それを護衛する形で兵士が同行するという事に話が纏まる。ただし、山賊紛いの生活をしていた経験があるとは言え、兵士たちとて山歩きがそう達者なわけでもない。
「――で、僕にお鉢が廻って来たわけですね」
「重ね重ねすまぬとは思うが、マモル以上の適任を思い付けぬのでな」
ユーディス姫に懇願される形で同行を引き受けた――引き受けざるを得なかった――マモルであるが、さすがに子供だけに大任を押し付けるのは気が引けたようで、ディクトが護衛に参加する事になった。カガも参加したがっていたのだが、侍大将という職責上それは叶わず、兵士たちを同行させるに留まった。
「当たり前だ。私とて参加したいのを我慢しているのだぞ」
――とは、ユーディス姫の弁である。
ちなみにヤーシアとソーマ、ついでにイヅナは、当然のような顔をして参加した。
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「あれ……? あの木……」
「おぉ、能ぅお気付きですな。あれはマーロちうて、木目も中々良ぇもんなんじゃが、実の方が色々と使いでがあるもんで伐らんのですわ。ここにもあったんじゃのう……」
「へぇ……実ってこれか?」
地表に転がっていた実を目敏く見つけて拾い上げたヤーシアであったが、
「あぁ、毒があるけぇ口に入れんようにな、お嬢」
「毒!?」
「あぁ、毒じゃちゅうても、触っただけでどうにかなるようなもんじゃなぁで、そがいに怖がらんでもえぇでな」
「ちぇっ……脅かしっこ無しだぜ……。毒なんて何に使うんだよ?」
「毒じゃ言うても魚毒じゃでな。川に流して魚を獲るのに使えるんじゃが……川下の衆への迷惑もあるで、あまり使う事は無いのぅ」
「ほぉ……魚毒ですか?」




