第七章 買い出し部隊 2.打ち合わせ
カーヴィと別れたマモル一行は、人目を引かぬようにのんびりと街道を歩いていた。目指しているのは駅である。
駅と言っても鉄道の駅ではなく――馬偏が示唆するように――乗合馬車の停車場であった。カーヴィから聞いた情報と併せて、どうも事態は楽観を許さないようだと判断した一行が、移動時間の短縮のために、今回は乗合馬車を利用する事にしたのである。
現代日本の感覚で言えば、観光地であるカノン神殿の前に駅が無いのは不便だと思えるが、これには神殿なりの言い分がある。曰く――尊かるべき神殿の前で、動物が糞を垂れるのは不敬千万である――と、言うのであった。納得せざるを得ない理由のため、駅は神殿から離れた場所に建てられたのである。
「おぃ……マモルっつったっけな、買い込むものの目星は付けてあんのか?」
念を押すように問うサブロに、マモルはきちんと返事を返す。
「基本的には食糧を。ある程度の裁量は任されているので、細かい部分についてはお二方のお知恵をお借りしようと」
「ふむ。ちゃんと経験者の知恵を借りようとするのは立派だぞ」
「だな。若い奴ってなぁ、ともすりゃあ粋がって、何でも自分だけでやろうとするんだが……きちんと意見を聞けるってなぁ上出来だ」
「ありがとうございます」
この二人、少しくらい腕が立っても子供は子供という、至極健全な思想の持ち主であった。なのでマモルに対しても構えるところが無い。マモルとしてはある意味で気が楽である。尤も、子供扱いされるヤーシアは隣で不満顔をしているが。
「それで……早速ですけど、何を購入したら良いでしょう?」
「日保ちのする携行食……は充分あるみてぇだからなぁ……」
「うむ。ここは普通に麦ではないか? 小麦の方が味は好いが、安く買えるライ麦でも充分だろう」
「両方買っておきましょうか。どちらかだけだと飽きがきそうですし」
マモルとしては当たり前の感覚だったが、贅沢な事を言う――という視線を皆から向けられた。尤も、誰も反対しないところをみると、食糧事情の改善については全員が歓迎する意向らしい。
「後は……野菜にチーズ、塩、それに酒といったところか」
「酒ぇ?」
思わず眉を顰めたヤーシアに向かって、大人たちは揃って力説する。
「何を言う。酒は大事なのだぞ?」
「酒が飲めるのと飲めないのとじゃ、兵隊の意気込みってもんが違ってくらぁ」
「酒は百薬の長とも言うしな」
「まぁ……汚染されてない飲料は貴重だし、万一の場合には色々と役に立ちそうだし……」
「マモルがいいならいいけどよ……塩もか? あんなもん、どこでも買えるだろ?」
「甘いな小娘」
「確かにどこにでもあるものだが、戦の時には品薄になるものなのだ。どこにでも置いている反面で、大量に置いている店は無いからな。いざ買おうと思っても買えない事が多いのだ」
「まぁ、食いもんの類はまだ値上がりしてねぇみてぇだが、早めに買っておいた方が良いしな」
「逆に保存の利かないものは、そうまで焦って買う必要は無いのだ。――が、今回はマジックバッグという贅沢品が使えるからな」
「全く、止ん事無きお方の戦は違うわ」
止ん事無き云々には異存を覚えたマモルであったが、それ以外の意見は概ね正しいようだ。ソーマも――特に酒の件で――同意しているようだし。やはり経験者の意見は重要である。
「食料品以外にも要るものがあるぞ」
「まず布だな。着るものだけではないから、古着を買うより清潔な布と糸を買っておく方が良い。清潔な布は傷口を覆うのにも使えるのだ」
「あぁ、それは大事ですね」
「当然、薬もいるな」
「カーシン先生がいらっしゃるから大丈夫かと思っていたんですが……」
「あの先生だって、いつでもどこでもいるってわけにゃいかねぇだろう? その場で手軽に使える薬が要るんだよ」
「ただ、これは冒険者が使うものと共通だから、比較的手に入れ易いのだ。それなりの量は必要だが、焦って買う必要は無いであろう」
「燃料も必要だな。薪と炭は手に入るだろうが、油はあると色々便利だぞ?」
「料理にも照明にも使えるし、敵に火をかけるのにも便利なのだ」
「お、それ面白そうじゃん♪」
「ヤーシア……料理の事を言ってるんだよね?」
黙って肩を竦めるヤーシアにジト目をくれて、マモルは更に訊ねる。他に必要なものは無いだろうかと。自分が思っていた以上に購入すべき品目が多かったので、少し不安になったのである。
「そうだな……水を蓄えるための水瓶とか水筒。それ以外にも容れ物はあった方が良いな」
「人数分の食器類も必要だぞ」
「先々の事を考えると、砦を造るための道具なんかもあった方が良いな」
「木材は自前で何とかなっても、大工道具に釘や縄は必要だぞ?」
……土木工具や土嚢を提案しておきながら、今の今までコロリと忘れていた。密かに反省するマモル。ソーマもこの方面の事はあまり詳しくないようだし、凸凹コンビに同行してもらったのは正解だったようだ。
「馬はいいのか?」
「「馬?」」
「あぁ。馬役人だったから言うわけじゃねぇが、馬がいるのといないのとじゃ、戦の仕方も随分と変わってくるぜ?」
予想外の指摘に戸惑っていると、これに同意したのがソーマであった。
「ふむ……これはサブロの言うとおりだな。今回は無理だろうが、いずれは検討する必要が出てくるかもしれん。斥候・伝令・騎兵と、馬の利用価値は高いしな」
「けど……そうすると馬場や飼料も必要になりますね。……解りました。これは帰ってからカガさんたちとも相談してみます」
「おっちゃんたち、意外と頭良いんだな」
「意外は余計なのだ、小娘」
「二十年以上も兵隊で飯食ってりゃあ、これっくれぇの事ぁ覚えるもんだ、小娘」
「そりゃお見それしたね。ちなみに、あたしの名前はヤーシアだ。小娘じゃない」
「ふんっ! そっちのマモルと同じように、目上を敬う事を覚えたら呼んでやる」
――剣呑な雰囲気になりかけたところで、
「皆さん、お腹、空きませんか?」
空腹による血糖値の低下はイライラを募らせる。目敏く茶屋を見つけたマモルの機転で、その場は丸く収まったのであった。




