第六章 フォスカ軍食糧問題 1.発端
「現在の兵員数が四十名弱、非戦闘員であるヤト村の人たちが二十名ちょっと……全然問題にもなりませんね」
「まぁ、今すぐ事を起こそうというのではないからな。人員については少しずつでも増やしていくしか無い。それにマモルとカーシン様には、何か腹案があるのだろう?」
居留地兼兵営となった旧・合宿所の一室で相談しているのは、マモルとカガ、それにゼムという、新生フォスカ軍の参謀本部とも言うべき面々であった。
「まぁ……考えている事はありますけど……そっちの方はいつになるか正直不明なので、当てにはしないで下さい」
爆薬の事は隠していたつもりなのに、どうしてこう簡単に悟られてしまうのか。マモルは己の腹芸の下手さが呪わしくなったが、今はそんな事を気にする時ではない。
「兵員の募集は長い目で見るとして……その間に手を着けるべき問題が幾つかある」
「拠点と戦備の事でございますか?」
「そのとおりだ」
幸か不幸か現在の兵員数ではどちらも問題にならないが、この先兵員が増えてくると、拠点と戦備の不足が問題となるのは明らか。今のうちに考えておかないと、いざその時になって慌てても遅いのである。
「かと言って……拠点の方は、ある程度の人数が揃わないと維持すらできませんよね?」
「身の程を外れた砦など造れば、目立ちましょうからな。今は小規模の見張り小屋のようなもので充分ではないかと。その程度のものでも、有ると無いとでは随分と違いがございますからな」
野宿の経験からだろうか、ゼムはやや遠い目をしているが、その指摘自体は間違いではない。
「……カーシン先生とも話していたんですけど、寡兵で大軍を相手にするには、大軍が展開できない場所に誘い込むのが常道ですよね? お二方ならどこを戦場に選びます?」
言われた二人は改めて卓上の地形図――カーシンの手になる古代遺物の写し――に目を落とす。
「……現状は問題外として……少なくとも中隊程度の戦力が揃わんと話にならん。その程度の兵で維持できる拠点と、その程度の兵で闘える戦場を考えると……」
「フォスキア城は無理でございましょうな」
「無理だな。あの城はそれなりの防御力はあるが、それも平均的なものでしかない。その上に大きさだけは大きいから、中隊程度では充分な守備も覚束ん」
「城の周りも平地でございましたし、大軍を展開するには寧ろ打って付けの場所でございますし」
「姫様には申し訳ないが、フォスキア城の奪還は今しばらくお待ち戴くしかないな」
「そうすると……?」
「想定すべき戦場は山間地か丘陵地……フォスキア城の北・西・南という事になる」
「しかしながら、北は地形が急峻でございます。大軍の分断には申し分ございますまいが、敵も敢えて兵を進めようとはしないのでは?」
「うむ。そうなると西か南という事になるな。だが、西に進めばあの裏切り者のナワリ村があるぞ?」
「逆に言えば、そこならマナガ勢が布陣してもおかしくありませんよね? 誘い込むという点では都合が好いのでは? ダンジョンの魔物を嗾けるという手も考えられますし」
相も変わらず悪辣な事を言い出すマモルに、カガとゼムも些か引き気味である。
「……しかしながら、秘密裡に準備を整えるという点では、やはりナワリの存在は厄介なのではございませんか?」
「ですね……先に潰した方が良いのかな……」
……どうしてこの少年は、こうも過激な方向に進むのか。
「いや……憎むべきナワリを誅伐する事に異存は無いが、そうすると否応無く我らの事が露見するぞ?」
「それもそうですね……そうなると想定戦場は……」
「フォスキア城の南西に広がる山間地となるな」
戦場の選定が終わったところで、今度は拠点の話になる。
「カガさん、今いる人員だけで、現場の下見とかは可能ですか? 砦の設置場所とかですけど」
「さて……魔獣の存在があるからな……マナガほどの大軍であれば、魔獣など気にせずに進軍できようが……だがまぁ、シカミの山に潜んでいた経験もあるし、下見程度なら何とかなろうよ」
カガの口ぶりから、あまり楽観はできなさそうだと察するマモルとゼム。現状では下見に人的資源を浪費できるほどの余裕は無い。
「まぁ、そっちの方はもう少し陣容が整ってからでもいいでしょう。幸いこちらには精確な地形図がありますから、大まかな選定はここでも可能ですし。現場で手軽に構築できて、少人数でも維持できる砦の設計などを、先に詰めた方が良いかもしれませんね」
マモルの提案に、カガも一も二も無く同意する。必要とあらば異を唱えるつもりは無いが、現状の兵力を消耗しそうな作戦には、指揮官として同意しにくいのも事実である。
「そうすると……当面考える必要があるのは戦備、特に食糧の問題ですよね」