第四章 異世界爆薬事始め 2.爆竹と展望
「……ふむ」
爆竹の爆発を見たカーシンの第一声であった。
「どうですか? 先生」
「……通常の燃焼と違うのは解った。魔術を介して火の動きを見ておったが、火薬というのはえらく急速に燃え尽きるものだな」
「はい。急速に燃焼してガス化し、一気に体積が膨張するというのが、広い意味での火薬の条件です。爆薬というのはその中でも特に急速に……音が伝わるよりも速く燃え尽きるものを指します」
「そして、その火薬を狭い空所に閉じ込める事で、行き場を失った風の力が外殻を破壊、一気に解放されるという事か」
「大体そんな感じです。発破……岩盤を吹き飛ばす時なんかは、岩盤に孔を開けてから、そこに爆薬を設置しますし」
「ほぉ……」
こういう爆薬の使い方は、いたくカーシンの学問的好奇心を刺激したようだ。魔法ではこういう使い方をする事は無いため、ある意味で斬新な手法であった。
だが、それはそれとして、今考えねばならないのは火薬もしくは爆発の再現である。
「ふ~む……」
しばし無言で思索に沈んでいたカーシンであったが、やがて口を開いて言うには、爆発そのものを魔法で再現するのは難しいだろうとの事であった。
「火魔法はあくまで熱を操る魔法であるからな。急速に膨張などという器用な真似はできん。火薬でなくとも燃料があればできん事もなかろうが、魔力の効率はひどく悪いものとなろう。そもそも暴風を起こすというのであれば、普通に風魔法を使った方が早いしな」
一旦は否定的な言葉を述べたカーシンであるが、爆薬自体の価値と可能性は認めているらしい。魔力の使用無しで、単純な仕掛けによって敵兵や城砦を吹っ飛ばすというのが、いたくカーシンの好奇心を刺激したようだ。
「マモル、この――黒色火薬とかいうものを、そのまま使ってはいかんのか?」
「そういう事も可能ですけど……選択肢としてはお薦めしません」
「ほほぅ……なぜだ?」
「まず第一に、単純に火薬としての性能が劣ります。威力だけでなく安定性にも問題がありますから、取り扱いに注意しないと事故の危険性があります」
「しかし、〝絵に描いた菓子より一匙の粥〟という事もあるぞ?」
「他にも問題があります。黒色火薬を量産するとなると、原料も大量に必要となります。木炭はともかく、硫黄と硝石は他所から調達する必要があるのでは? 人目を引くのは避けられません」
「む……」
「更に悪い事に、黒色火薬の製法はそう難しくありません。と言うか、単に混ぜるだけです。適切な配合比を知らなければ使えるものにはならないと思いますが、それでも偶然という事があり得ます」
「むぅ……」
「黒色火薬の秘密が敵に知られると、こちらも相応の被害を覚悟しなくてはなりません。そうなると、兵力に劣る僕らが不利です」
「こちらだけが優位に立つためには、黒色火薬の量産は下策か……」
「そう考えます。点火薬としてだけ使うという手もありますが、それでも製法が露見する可能性は捨てきれません。僕としては、魔法でどうにかできないかと思っていたんですが……」
残念そうな口調のマモルであったが、カーシンの方はそこまで悲観してはいないようだった。
「まぁ、いよいよとなれば黒色火薬の使用も避けられまいが、その前に色々と試してみるのは無駄ではあるまい。要はあの爆薬に、この黒色火薬並みかそれより強い衝撃を与えればいいのだな?」
「はい。基本的にはそういう事になります……僕が理解している範囲で、ですけど」
「ならば幾つか試してみたい事がある。有望なのは雷魔法だろう」
そんな魔法があるのかと表情を明るくするマモルであったが、
「ただ……雷管とやらに相当するものができても、それを試すのが大変そうだな。先程の爆竹とは比較にならぬ威力なのだろう?」
「あ、いえ。雷管の実験だけなら爆薬の量はそこまで必要ありませんし、何より爆弾にする必要はありません。何かに詰めずに点火すれば、急速に燃え尽きるだけの筈です……多分……」
身の安全が懸かっているにしては頼りない発言だが、マモルにしても初めて尽くしの事ではあるし、これは仕方のない事だろう。安全については自分の方で気を配ろうと決心するカーシン。
「まぁ、その辺は色々と試してみるしかあるまい。……マモル、爆薬というのはアレ以外にも存在するのだろう?」
「それは勿論。ダイナマイトとかニトログリセリンとかピクリン酸とか含水爆薬とか……すぐに思い付くものだけでも相当ありますね」
「ふむ。ならば先の事を見越して、独自に爆薬の研究をしておく事も視野に入れておくべきか。アレは戦以外にも使えるのだろう?」
「無論です。工事用に使う事も多いですし。ただ、そういうものの作り方はほとんど知りませんよ、僕? 判るのはせいぜい原料の名前くらいですし、その名前にしても、こちらの世界の呼び名とは違いますし」
亜硝酸アルミニウムとかチオ硫酸ナトリウムとか塩化カルシウムとか言われてもピンと来ないでしょう――と言われてはカーシンも唸るしかない。しかし、ここでカーシンはとある事に気が付いた。折角マモルという生き字引がいるのだから……
「マモルよ、儂の実験室にある試薬類を【鑑定】してみてくれぬか? お主の世界での呼び名が判れば、この先色々と都合が好かろう?」
「それは確かに……早速やってみますか」
予想外のところから予想外の形で、近現代化学の萌芽が芽生えようとしていた。