第三章 新生フォスカ家 3.フォスカ家戦略会議(その2)
「領地回復の具体的な方法や進行予定については、向後の展開が読めない現時点では、何も申し上げる事ができません。当初は不正規戦の実施を想定していましたが、反マナガ連合軍がその代わりをやってくれるなら、こちらが動く必要もありません。今後の動向を睨んで計画を立てる必要があるでしょう」
マモルは一端言葉を切ると、自分の考えを纏めてから再び話し始める。
「幸いな事に、反マナガ連合軍への対応にマナガが追われるようなら、フォスカ領に手を回すゆとりは無いと考えられます。その分こちらには時間が与えられる筈。その時間を有効に使って、領地奪回のための準備を整える事ができます。ただし、人材については前述の理由で不如意となる事が予想されますから、ここで言う準備は人材以外のものとなります。具体的には武器や兵糧、医薬品、それに拠点の準備です。兵力が少ないという制約上、当面は積極的な攻勢に出る事はできませんから、それを踏まえた準備という事になります」
「充分な準備を整えてから行動を起こすという事だな?」
「あくまで現状のままなら――です」
但し書きを付けるような発言に、ユーディス姫の柳眉が動く。
「現在の状況から推測する限り、反マナガ連合軍は持久戦を選択したようです。しかし万が一、一気に大乱となった場合、その隙を衝いて即座に動くという選択肢も考えておくべきです。ただしこの場合、兵力の糾合は間に合わない可能性が高いです。それでも動く必要があるのは――」
「あるのは――?」
「反マナガ連合軍が勝利した場合、フォスカ領、もしくは姫様に食指を伸ばす可能性が非常に高いからです。埋蔵金の件を別にしても、フォスカ領の正当な後継者が姫様である以上、これは不可避と考えていいでしょう。逆にマナガが連合軍を退けた場合も、後顧の憂いが無くなったマナガが同じ挙に出るのは間違いありません」
マモルの分析に、う~むと腕を組んで考え込む一同。子供がここまで深い分析をした事も驚きだが、分析結果自体がかなり面倒な展開を暗示している。
「……マモル、諸事情から拙速に兵を挙げざるを得なかった場合、我らが採るべき戦略は?」
「兵力が不足しているという前提がある以上、迎撃戦しかあり得ません。ただし単純な籠城では駄目です。ゲリラ戦……奇襲と足止めを主体とした戦になろうかと」
「その戦術については伝授してもらえるのか?」
「僕が知っている事など限られますが、それでよければ」
「その戦のための準備として必要なものは?」
「土木工事の道具、それに丈夫な袋でしょうか」
「何!?」
予想外の答えに驚いたユーディス姫であったが、防塁や落とし穴などを造るためだと聞いて納得する。しかし――丈夫な袋とは?
「袋に土を一杯詰めたものを土嚢と言って、僕の故郷では防災目的などで使われていました。土嚢を薦める理由ですが、土嚢を積んで造った壁なら、土魔法でも簡単には崩せないんじゃないかと思って……」
ガタッ!
――と、音を立てて立ち上がったのはディクトである。無言で目を見開き、驚愕絶句の体であるが、その師たるカーシンの反応も似たようなものであった。
「能くもそのような事を……しかし、確かにマモルの言うとおりだ……」
「使えそうですか? 先生」
「……多分な。……少なくとも、ただの壁より壊すのに苦労はする筈だ」
「……驚きました……土魔法にそんな弱点があったとは……」
「永の歳月を生き、魔術には精通したつもりであったが……不肖カーシン、まだまだ未熟であったか……」
カーシンとディクトの驚きとは別に、カガも内心で舌を巻いていた。
マモルが指摘した複数の素材による築城法、正確にはその効果は、築城術の秘伝としてカガの家に伝えられてきたものであった。魔法による城攻めの対策として、木材と土砂(あるいは石材や煉瓦)を併用する。その目的自体はマモルが語ったものと同じであり、数代前から伝えられてきたのだが……マモルのように土嚢という簡単な方法を考え付いた者はいなかったのである。
ちなみにこちらの世界では、山林に跋扈する魔獣のせいで木材の伐採は困難になっており、木材はマモルがいた世界のように安上がりに使えるものではなくなっている。農村などでは、粗朶を編んだ壁を泥土で覆って壁とするのが一般的であるが、拙速を尊ぶ野戦築城の場合は、土魔法で造った土壁を硬化させて用いる事が主流である。なので農村風の土壁泥壁は、ある意味で野戦築城の盲点となっていた。
その盲点に気付いてそれを活用する術を確立し、秘匿してきたのがニッケン家なのであったが……ともあれ魔導師のお墨付きを得た事で、マモルの提案は一気に現実味を帯びてきたようだ。この分では落とし穴というのもただの落とし穴ではあるまい。
「いえ? ただの落とし穴ですよ? ただ、落とし穴が続けば兵士の進軍速度は落ちますし、落とし穴程度のものをどうかするのに、魔法なんかは使わないだろうと思って。使えば使ったで、その分魔力を消耗する事になりますし。……それに、罠っぽい痕跡を残すだけでも、敵はそれが本物かどうか、一々確認しなくてはなりません。その分神経を使いますし、進軍速度は落ちますから」
要は費用対効果の問題ですよと言い放つマモルに、魔術師たちは渋い顔である。能くもこうまで魔術師の裏を掻く手だてを思い付けるものだ。
「敵の進軍を邪魔する上では、罠の類は有効ですからね。地上にダンジョンを現出させるつもりで造ればいいんです」
作業の面倒さもさる事ながら、その悪辣な発想に思わず引きそうになる一同。つくづく敵に回したくない少年だ。
「まぁ、こういった話は後ほど。それより姫様に申し上げておく事があります」
「む? 改まって何だ?」
「先程も申し上げましたが、早々に戦の決着がつく事は、僕らにとって望ましくありません。――どちらが勝つにせよ、です」
「ふむ?」
「言葉を換えて言うと、僕らが漁夫の利を得るためにも、戦いは長引いてもらう必要があります。――最悪、マナガの支援をする事になったとしても」
――ユーディス姫の顔が能面のように硬くなった。