第三章 新生フォスカ家 2.フォスカ家戦略会議(その1)
「え? 傭兵が集められているんですか?」
「うむ。噂ではシカミ領だけでなく、あちこちで傭兵の雇い入れが起きているようなのだ」
「……戦の準備って事か? おっちゃん」
「そこが面白いところでな。傭兵の雇い入れは起きているが、大掛かりに兵糧や砦の資材を集めているような気配は見られないのだ」
「食いもんや塩、ポーション、薪や炭の値段が急に値上がりした様子も無ぇしな」
シカミ領の山中でフォスカ家浪士を探しながら歩いていた時、雑談のように凸凹コンビが口にした話であった。
「してみると……戦の準備というわけではないのか?」
「戦の準備だとしても、すぐにではないという事でしょうか。あるいは……」
「あるいは?」
「使い潰しても惜しくない者を集めているとか」
兵士を使い潰す予定があるというにしては、軍需物資の買い占めが無いというのが気にかかる。特に拠点構築用の資材を――少なくとも大量には――消費する予定が無いという事は、大規模な作戦の予定が無い事を示唆している。にも拘わらず、兵士の消耗を予想しているという事は……?
「さして戦果の大きくない小競り合いを続ける……シカミ家などの反マナガ連合軍は、マナガ相手に持久戦を、あるいは神経戦を挑む気でしょうか?」
「おぉ、聡いな、子供」
「マモルです」
凸凹コンビがもたらした情報は重要なものであり、フォスカ家の今後の戦略方針にも変更を迫るものであった。
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「マモルがもたらしてくれた情報の重要性に鑑み、今後の戦略方針について確認しておきたい」
カーシンが戦略会議開会の辞を述べる。出席者はカーシンとユーディス姫の他に、相談役兼軍師のゼム、新たに侍大将となったカガの他は、マモル・ソーマ・ヤーシアといういつもの面々……いや、今回は新顔が加わっているようだ。
フォスカ家再興の戦略会議に、家臣でもない自分たちが出席しているのはどうなのか。そう思わないでもなかったが、他の出席者は不自然とも何とも思っていないようなので、マモルは空気を読んで黙っている事にした。
「その前に、二人ほど新たなメンバーを紹介しておく。二名とも儂の弟子になる。ディクトと、リューイだ」
名前を呼ばれた時に各々頭を下げたが、若い男性がディクトで、その隣にいる若い女性がリューイらしい。
「ディクトは若いが優秀な魔術師、リューイも魔術師ではあるが剣技の方が達者だ。リューイには姫の護衛を務めてもらう」
新メンバーの紹介が終わったところで、司会を務めるらしいカーシンが議題について説明する。
「マモル情報によれば、各地の領主が――恐らくは反マナガ派の者であろうが――傭兵を大量に雇っているそうだ。これもマモルの分析によれば、それらの傭兵を使い捨ての駒として、マナガの領地に対する嫌がらせのような小競り合いを仕掛けるのではないかという事だ。詳しい説明はマモルから」
え~っ? こっちに振っちゃうの~? と思ったマモルであったが、全員の視線が自分に集中している現状を見れば、今更拒否もできそうにない。寸刻カーシンに恨みがましい視線をくれて、溜息一つを吐いて立ち上がる。
「……反マナガ派の領主たちが結束してマナガに消耗戦を仕掛ける、その事自体は歓迎すべきかもしれませんが、問題なのはこの事が、フォスカ家再興の戦略方針にどのような影響を与えるかです」
――マモルの分析が始まった。
「まず第一の問題は、今回領主が集めている兵力が傭兵だという事です。主家を滅ぼされた浪士が傭兵となる事は珍しくありません。言い換えると、フォスカ家再興のために当てにしていた戦力が、反マナガ連合軍に流れかねないという事で、当初の計画は大きな修正を迫られる事になります」
「マモル、具体的にはどういう点が挙げられる?」
真剣な表情で訊ねるユーディス姫に一礼して、
「動員できる兵力が、予定していた数に達しない可能性が出てきました。ちなみに、これにはベイルを協力者として当てにできない事と、そのベイルが浪士崩れを掻き集めていった事も影響しています。……まぁ、ベイルがある意味での篩になったと考えれば、ベイルに与しなかった者を探せばいいという事にもなりますが」
「ふんっ! あのような悪党に付き従う者など、所詮は同じ穴の狢だ。フォスカ家再興という仕事に相応しくはない!」
腹立たしげに言い切るユーディス姫だが、これにはマモルも同感である。ただし、そのせいで問題が生じている現状は正視する必要がある。
「何にせよ、人員確保に手間取りそうな現在では、対マナガ戦においても、少数でもできる事を優先するよう目標を微修正する必要があります。忌憚無く申し上げれば、マナガの首を取るのは後にして、フォスカ領の回復および自衛戦力の確保を優先すべきです。そして、これにすら当初の予定以上の時間がかかるであろう事を覚悟して下さい」
ユーディス姫は面白くなさそうな顔をしたが、マモルの意見の妥当性は解っているらしい。