第三章 新生フォスカ家 1.新規採用兵
「マモル殿、貴殿には姫が一方ならぬお世話になったとか。家臣一同を代表して、衷心よりの礼を言わせて戴く」
ここはカーシンがフォスカ家の新規臣民のために用意した居留地。そこでマモル相手に頭を下げているのは、ヤト村の村民と一緒に転移で運ばれて来たフォスカ家の遺臣で、カガ・ニッケンという若い男であった。フォスカ家侍大将の長子で、落ち延びたフォスカ家の残党を取り纏めて山中に逼塞していたという。ベイルと対立して一旦は散り散りになった同志を再び糾合すべく、用心棒を兼ねてヤト村に留まっていたそうだ。若いながら忠義一徹の熱血漢らしく、ユーディス姫との再会の時には滂沱の感涙に咽んでいた……ヤーシアが少し引くくらいに。
「マモルでいいですよ、ニッケン様」
「ならば私の事もカガと呼んでくれ。マモルは姫奪還の際にも多大な働きをしたそうだが……ひょっとして護送隊を滅茶苦茶にしたのは?」
「滅茶苦茶ってほどじゃ……ちょっと引っ掻き回しただけですよ。……それに僕だけじゃなくて、ヤーシアとか他の子供たちも働いてくれましたし。……カガさん、ひょっとして、あの場においでだったんですか?」
「うむ。行列に斬り込んで姫をお救いしようと狙っておったのだが……丁度その矢先に、護送隊を率いていた者の顔面が爆ぜるのを目撃してな……」
奪還作戦のプレリュードとしてマモルが放った【水鉄砲】。その着弾現場を間近に見たらしい。さぞや見応えがあった事だろう。
「一瞬何が起こったのか解らず戸惑っているうちに、今度は行列の半ばで騒ぎが起きて、それからは将棋倒しのように混乱が拡大し、さっぱり事情が呑み込めずに迷っているうちにあの闇魔法だ。さてはカーシン様の仕業かと合点がいったが……聞けばそれ以前の騒ぎはマモルの仕掛けとか? 間諜そこのけの手並みだな」
ともあれユーディス姫がカーシンに奪還された事は確認できたので、ならばと急いで山に立ち戻り、同志の糾合に励んでいたところを、ベイルに急襲されたのだという。
「無頼不遜の下郎めが、夜盗ずれの手下になれなどとほざきおった。一旦は散って身を隠し、我らは運好くヤト村に匿われたのだが……未だ山中を彷徨っておる仲間もいる筈。一刻も早く合流したいのだが……」
ヤト村で聞いた情報を頼りに、多くの仲間がフダラ山地を目指したのだが、逸れたままの仲間の安否と村の安全を気遣って、カガは村に残ったのだという。さすがに侍大将の嫡男だけあって、若いが責任感の強い男とみえた。
ちなみにこのカガ・ニッケン、ユーディス姫によって新生フォスカ家の侍大将に任じられている。
「山に隠れている皆さんもですけど、こちらへ向かっている筈の方々の事も気懸かりですよね」
「そうなのだ。まさか我らが先に姫と合流するなどととは、思ってもみなかった」
「ヤト村の人たちも一緒ですしね……それ以外の浪士の方たちも」
ヤト村の村民は当面この居留地で生活する事になっているが、フォスカ家への協力や臣従は強制していない。彼らと一緒に来た浪士たちにもその旨を伝えたが、その多くがマナガに遺恨を持つ身であり、快く新生フォスカ軍への参加を了承してくれたのは幸いであった。その中には、サブロとハルスの凸凹コンビの姿もあったが。
「当面の目標は、逸れた方たちとの合流でしょうか」
「あぁ……二手に分かれているのが面倒なのだがな……」
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結局、こちらに向かっている者たちは、やって来る道筋が大凡判っているのだからという事で、顔見知りの浪士たちが適宜待ち構えて誘導するという事になった。
山中に隠れ潜んでいる者たちについては、これはマモルが探すのが一番手っ取り早いだろうという事になった。とは言え、マモルはあの山の地勢などについてはまるで知らないという事で、山に詳しい者を募ったところが……
「何と……お主たちか……」
「おっちゃんたち、シカミに来たのは最近なんじゃないのか? それでちゃんと案内できるのかよ?」
選ばれたのはサブロとハルスの凸凹コンビであった。
「普段から、逃げ道や隠れ場には気を付けているからな」
「勝てない相手との戦いは避けて、勝てる相手とだけ戦うのが兵法なのだ」
あからさまに疑いの目でみているヤーシアであったが、
「情け無いように聞こえるかもしれないけど……正論だからね? ヤーシア」
マモルにそう言われては納得するしかない。
「はぁ……けどさ、道案内はともかく、探す相手の見分けはつくの?」
「うむ。ニッケン殿のお仲間とは、これまで何度か顔を合わせているのだ」
「向こうも俺たちの顔を知ってるだろうから、何とかなるだろうよ」
「何だか頼り無いなぁ……本当に大丈夫なのかよ?」
「「大丈夫だ、多分」」
多少不安な滑り出しではあったが、凸凹コンビの奮闘の甲斐あって、逸れていた面々を無事に回収できたのは一週間後の事であった。