第五十五回ワイスレ杯
ルール:2000文字程度
お題 :時間
26作品中5位(上位8名まで)
8月24日
ボクの家から20分くらい離れた所にある千年山は、小高い丘くらいの小さな山だ。
適度に木が生えてて外から見られにくいし、ここは学校の友達と集まるのにちょうどいい。
今日は頂上にあるさびれた神社の隣に、ボロボロの小屋があったので、そこを改造して秘密基地を作った。
ヤッチンが器用に金槌と板切れで穴を全部塞いでくれたし、テツオが茣蓙を持ってきてくれたので、かなり居心地がいい。
今度は隣のミサキでも呼んでこようかな。
8月25日
ゼミの帰り道、ふと通りかかったので久しぶりに千年山に登ってみた。
ほとんどあの頃の風景と変わっていなかったが、頂上の神社は最近建て替えらえたのか、真新しいものになっていた。
隣のボロ小屋も新しくなっており、鍵も付けられて、もう中には入れそうにもない。
昔、ここに秘密基地を作ったのはいいけど、結局一ヶ月くらいでバレて壊されちゃったんだよな。
そういえばしばらく4人で集まってなかったな、暑気払いでも企画してみるか。
8月26日
今日も妻とユウキと一緒に千年山に行った。
家からちょうどいい距離になるので、散歩には持ってこいだ。
麓には子供用のアスレチック場があるから、ユウキを他の子と遊ばせて、妻と二人で山の上から見下ろすのが常になっている。
「ここから眺める景色もだいぶ変わったね」と妻が言う。
妻たちと秘密基地を作った時はススキの原だったが、いまは一面住宅地になっていた。
8月27日
最近は一人で山を登ることが増えた。ユウキも年頃だし、友達と遊ぶのが忙しいようだ。
親父が体を壊したので、脱サラして家業である農業を継ぐことになって一年経つ。
会社での人相手と違い、自然というものは壮大で中々手が付けられないから、悪戦苦闘の毎日だ。
だが自分で丹精込めて作った野菜を美味しいと食べてもらうのは、とてもいいものだ。
今年もよく晴れて暑い日が続いたので、良いお米ができるだろう。
8月28日
この時期は日の出が早いので、早朝の涼しいうちの作業が捗る。
ウチでは他より農薬や殺虫剤の使用を少なめにしているので、そのぶん手間暇がかかる。
薬が悪というつもりは毛頭ないが、使いすぎると虫や蛙がいなくなってしまう。
ユウキも大人になり、それらを追いかける年では無くなったが、子供たちから機会を奪ってしまうのは悲しいからな。
しかし最近、田んぼのあちこちが丸く荒らされているのは、子供たちのイタズラなのだろうか。
8月29日
これは千年山の麓にある避難所で記している。地球はもう終わりかも知れない。
現在、世界中の空が大量のUFOで埋まっている、宇宙人がやってきたのだ。
TVから流れるニュースキャスターの声だけが避難所に響いている。
外では戦闘ヘリの飛び交う音が聞こえる。爆発や銃撃の音はまだ聞こえないが、時間の問題だろうか。
ピリピリした空気を察知したのだろうか、むずかる孫を私はギュっと抱きしめた。
8月30日
気が付けば『銀河連盟による地球加盟式』から十年経つのか。私も年を取ったものだ。
当時世界を騒がせたUFO騒ぎだが、正体は実に友好的な宇宙人で、未知の技術などを地球に与えてくれた。
あの頃問題とされた異常気象による食糧不足も、プラントによる食料合成で解消された。
現在は他惑星の開拓が行われており、人口増加の問題も解決されると言われている。
私たちが行っている時代遅れな昔ながらの農業も、いずれ無くなっていってしまうのだろうか。
8月31日
宇宙からの技術によって地球の技術は飛躍的に発展し、環境は目まぐるしく変化していた。
そのうちの一つが地球に移住する宇宙人の増加による、住居場所の確保だ。
どうやら地球は宇宙人にとってリゾート地のような扱いらしく、年々地球外からの移住者が増えてきている。
中でも人気なのが、我々地球人が住んでいる場所の近くに居を構えることらしい。
その流れもあって、千年山も近々切り崩されることが決定した。
私は万年筆を置き、窓の外に目をやる。
以前はここからでも千年山に生えている木々が目に入ったが、今はもう何も見えない。
宇宙的技術により一日で千年山は消え、次の日からは住居の建設が始まっていたからだ。
人はうつろい、物もうつろいでいく。だが、悲しむことではない。
次の10年後に私が生きているか分からないが、どんな世界が待っているのか。
私は歳で震える手で日記帳をそっと閉じながら、未来に思いを馳せていくのだった。