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天冥聖戦 本編 伝説への軌跡  作者: くらまゆうき
シーズン5 アーム戦役
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第5−13話 何度もで英雄でありたい

 恐怖とは本来ならあり得ない出来事が起きる場合に感じる観点だ。



暗い夜道で他人が歩いてくると、恐怖を感じる事もあるはずだ。



誰もいない部屋で突如物が落下する時も恐怖を感じるであろう。



 果てしなく広い中間地点で見つけた山中の中には虫も小魚もいない。



エヴァとジェイクを含む二十名程度の人間しか存在しないはずの山中で、突如として痛いほど感じる他人からの殺気は恐怖そのものだ。



姿すら見えない敵の存在に、訓練や実戦経験の足りていない兵士なら大声を出したり無防備に茂みから出てしまうだろう。



 だがエヴァと仲間達は精鋭なのだ。



茂みの中で見えない敵と睨み合っている静寂だけが中間地点の山中で保たれている。



匍匐前進ほうふくぜんしんで地面を這いずりながらエヴァに近づいてきたジェイクはどの様にして状況を打開するのか、話し合いに来た。




「全然見えないね」

「早くフォックスに伝えないとな。 スモーク投げるか?」

「いや、向こうがどう動くのか見てよう」




 煙幕を焚いて一気に下山しようと話す大胆な性格のジェイクらしい発想に対して、冷静な性格のエヴァはこれを拒否した。



変わらず不気味な沈黙が流れる中で状況が一変する出来事が起きたのだ。



 不気味な静寂の中で突如として響き渡る複数の話し声がエヴァ達の耳に入ってきたではないか。




「草むらを捜索しろ。 天上軍が潜んでいるかもしれないぞ」




 声の主は漆黒の鎧兜を身につける冥府の一般兵だ。



何十名も姿を現した冥府軍は、手にしている槍や剣で茂みの中を突いている。



このままではいずれ気がつかれてしまうではないか。



 それでもじっと息を殺しているエヴァ達は、近づいてくる冥府軍をどの様にしてやり過ごすかと考えている。




「ナイフで殺すか?」

「動けば隠れている敵に気がつかれる」

「この冥府兵は俺達の位置を探る囮だな」




 幼馴染の二人は顔を見合わせている。



なんて性格の悪い指揮官なのだと、囮の兵士を死なせる事に躊躇しない冥府軍の特殊部隊の指揮官を嫌悪していた。



 やがて冥府兵は茂みに隠れているエヴァの仲間へ向けて槍の刃先を向けていた。



そして次の瞬間だ。




「エブ悪いもう無理だ!!」




 今にも刺されてしまうという刹那、銃声が二発響き渡った。



力が抜けて地面へと吸い込まれる様に倒れた冥府兵は頭部と心臓に風穴を開けた。



 発砲したエヴァの仲間はすぐさま違う茂みへと飛び込んだが、敵から銃撃が始まったのだ。



これにエヴァ達も反撃を始めたが、音の鳴らないサイレンサーを銃に装備している敵の特殊部隊の位置を特定する事は困難を極めた。



 同時に冥府兵は殺到してきたのだ。




「手榴弾投げて!!」

「エブマズイぞ!!!!」

「今はとにかく冥府兵を殺して!! 敵の精鋭はその後よ!!」




 そうは言いつつも、エヴァは自身らと互角かそれ以上の精鋭である冥府軍の特殊部隊の位置を目で探していた。



仲間達が一発で急所に撃ち込んで敵を片付けている間も青と黄緑の両目を必死に動かしている。



 この状況においてもエヴァ達は一人も撃たれていない。



だが同じく敵の特殊部隊も一人も殺せていない状況で、殺到する冥府兵を考慮すると劣勢なのはエヴァ達と言える。




「逃げようにもどうしようか・・・」

「早くしないと囲まれちまう」




 絶体絶命と言える状況下で反撃を続けるジェイクだったが、弾がなくなったのか発砲を止めるとエヴァを見ていた。



それに気がついたエヴァも親友の顔を見た。



 するといつになく真剣な表情でジェイクは口を開いたのだ。



命令してくれと柄にもない事を口にしたジェイクに首をかしげるエヴァはぎこちない笑みを浮かべた。




「お前だけがフォックスの元へ辿り着けばいい。 スモークを投げるから走り抜けろ。 俺達が援護する」




 それはつまり死ぬという事ではないか。



日頃から冗談を言い合う中であるが、この状況では面白みも何もない。



 エヴァはふざけた事を言うなと首を左右に素早く振った。



しかしジェイクの表情は変わる事なく強張っている。



何が何でも虎白に冥府軍接近の知らせを行わくてはならない。



 だがこの死地をどう脱するか、エヴァ本人も方法が見当たらなかったのだ。



そうなればジェイクの話す内容が現実味を帯びてくる。




「今日まで一緒にやってきたのに見捨てられないよ・・・」

「俺達が全員死ねば天上界の罪なき人間が大勢殺される。 メテオ海戦での虐殺を知っているだろう」




 ジェイクはメテオ海戦時に行われた大虐殺から冥府軍への嫌悪感は増していた。



当時はただの国民の一人にすぎなかったジェイクは冥府軍に反撃の一つもできず、自身も虐殺の現場とは程遠い北側領土でエヴァ達と暮らしていた。



 もっともあれはアルテミシアの命令ではなかったのだが、被害を受けた天上界の者達からすれば冥府軍は残虐な存在と印象に残った。



ジェイクはまたしても同じ悲劇が起きてほしくないと考えた末にエヴァだけでも生きて戻れば惨劇は繰り返されないと考えた。



 覚悟を決めた様子のジェイクは相棒のホーマーと顔を見合わせてうなずくと、煙幕を今にも投げようとしていた。




「エヴァ幸せになれよ。 お前ならフォックスの嫁にでもしてもらえる」

「ねえ、嫌だよ・・・ずっと親友でいてよ・・・ヒーローになろうとしないで・・・」

「じっと親友だし、男だからヒーローのまま死にたいんだ」




 小さく笑ったジェイクが立ち上がろうとしたその時だ。



銃撃が突如として止まった。



何が起きたのかと困惑した様子の一同は、静かに顔を上げた。



 銃撃は止まったが、喧騒だけが響いているという奇妙な状況を理解できないエヴァ達の視線の先では冥府軍の兵士が激しい戦闘を行っている様子が見えた。




「アルテミシア様に栄光あれ!!!!」




 双剣や槍を手に戦っている者らは髑髏の仮面を顔に装備している。



見た所冥府軍にしか見えないが、彼らの様子は常軌を逸しているではないか。



同じ冥府軍を次々になぎ倒しては、敵の特殊部隊に食らいついているのだ。



 そして次々に射殺されていく彼らはまるで生きて戻る事を最初から求めていないほど、怯む事なく挑み続けていた。



髑髏の仮面をつけた者達が同士討ちの様に戦い始めた事からエヴァ達は煙幕を投げて、仲間を一人も失う事なく下山を始められたのだった。

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