第5−11話 狂った人生は既に戻らず
感情とは幼少期に形成される大切な観点だ。
だが不運にも感情が欠落してしまう人間もいるのだ。
要因として幼少期に惨劇などを経験すると、感情の一部が欠落した状態で成長してしまう。
カシムと不死隊を壊滅させた女はまさにその一人だ。
「ウィッチ、まだ生き残りはいるぞ。」
「とりあえず皆殺しにしてこの街を制圧しよ。 歯向かう民は殺せばいいよ」
そう平然と話しているこの女を部下は「ウィッチ」と呼んだ。
ウィッチは部下を引き連れて旧アルテミシア領へと入ると、生き残っている不死隊を次々に射殺して進んだ。
民から愛されていたアルテミシアの領土に突如として入り込んだウィッチとその部下達を当然、歓迎しない民衆は罵声を浴びせ続けた。
その様子を見ているウィッチが傍らの部下に合図をすると、球体の何かを投げつけた。
鉄が地面に当たる甲高い音から直ぐに静寂へと変わり、民衆は球体を凝視していた。
その次の瞬間。
球体は破裂して火を吹いたではないか。
民衆は一瞬にして体中を燃やして悲鳴を上げている。
そんな惨劇を見てもウィッチは眉一つ動かす事なくさらに部下に命じて民衆へと発砲を繰り返したのだ。
やがて戦慄する民衆は静まり返り、ウィッチの統治下へと変貌した。
街の至る所に吊るし首にされた民衆が飾り物の様にかけられている様子を見て、満足気に笑うウィッチはかつてアルテミシア、カシムが座っていた玉座へと赴いた。
「椅子硬いわ!! これ捨ててソファにしよ」
「ウィッチ、これからどうする?」
「この土地の男は全員、天上界侵攻に連れて行く。 後は周囲の領主達を暗殺してその兵士も頂く」
狂気の女の隣で話している男は彼女の過去から共に生きてきた数少ない友人だ。
ウィッチがどの様にして狂っていったのかを知っている男は時より哀れんだ目で彼女を見ていた。
玉座を城の窓から地面へと投げ捨てさせたウィッチはソファを運ばせてくると、腰掛けている。
満足気に笑っている様子を隣で見ている男は部下に命じて周辺の領主の暗殺へ向かわせた。
「ねえマシュー今晩抱かせてあげようか?」
「いやそれよりも天上界の鞍馬をどう倒すかだ」
「相変わらず真面目ねえ・・・真面目に生きても何もいい事ないのに」
そう話すウィッチをまたしても哀れんだ目で見ている「マシュー」と呼ばれた顔立ちの良い男は彼女の壮絶な過去を思い出していた。
第一の人生から共に生きてきたウィッチとマシューが出会ったのは学生の頃だ。
ある日、転校してきたウィッチは可愛らしい笑みを浮かべて自己紹介をしていた。
マシューはその日から一目惚れをしていたが、彼女の異常性にまだ気がついていなかったのだ。
可愛らしいウィッチに吸い寄せられる様に帰り道を追いかけるマシューは彼女の家まで密かに着いていったが、そこはおおよそ人が暮らす家とは思えないほど荒廃していた。
まるで廃墟の様な家に平然と入っていくウィッチが気になったマシューは窓から気がつかれない様に中を覗き込んだ。
「あんたなんて生まれてこなくてよかったのよ!!」
耳を疑う様な罵声で何度もウィッチを罵っているのは母親であろう女だ。
罵声だけでは気が収まらなかったのか、平手打ちを連発させている様子は幼きマシューには忘れる事のできない光景だった。
やがて父親らしき男が現れると、ウィッチの手を引いて別の部屋へと入っていった。
マシューは移動して劣化している壁の隙間から中を覗くと、これもまた記憶から消える事のない光景を目の当たりにした。
父親らしき男はまだ小さな体のウィッチから服を脱がすと、体中を舐め回していたのだ。
そんな惨劇の間もウィッチの表情は一向に変わる事がなかった。
まるで全てを拒絶してなかった事にでもしているかの様に一点を見つめて、行為が終わるのを待っている。
そして事が済んだ父親は満足したのか、ウィッチを家の外へ放り投げると酒を浴びる様に飲み始めた。
投げ出されたウィッチはマシューの目の前に全裸で現れたが、平然と服を着ると夜の街を歩き始めたではないか。
声をかけても返答もないウィッチの後を追いかけたマシューは人気のない裏路地へと入っていった。
そこではウィッチが野良猫に酒をかけて燃やしていたのだ。
「おい何やってんだよ!!!!」
「君はずっと着いてくるね。 見て、こんな簡単に死ぬんだよ」
氷の様に冷たい瞳が微かに微笑んだのは、丸焦げになっている猫の亡骸を見た時だけだ。
マシューはそれ以来ウィッチの狂った人格を作ったのは両親の影響だと確信した。
見捨てる事ができないとウィッチの人生に付き添い続けたが、彼女の心は元に戻る事はなかった。
そして殺しがしたいという理由から軍人になったウィッチはその才能を最大限に発揮して特殊部隊にまでなると、マシューもやっとの思いでそれに続いた。
だがそこでもウィッチの殺しへの快感は異常性を増していき、殺害対象は動物から人間へと変わっていったのだ。
言葉にする事も気乗りしない殺戮を繰り返した二人はこうして冥府に現れた。
ソファに腰掛けてタバコを吸っているウィッチの冷たい瞳に写っているのは鞍馬虎白という英雄などと呼ばれている者の残虐な最期。
どの様に殺してやろうかと考える事がウィッチにとって何よりも楽しいひと時。
やがてウィッチの命令に従った部下達が周辺の領主の首を持ち帰ってくると、満足気に笑っている。
周辺の兵士を配下に取り込んで準備万端というわけだ。




