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天冥聖戦 本編 伝説への軌跡  作者: くらまゆうき
シーズン5 アーム戦役
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第5−2話 悲しみを抑える方法

休日とはいいものだ。



日頃行っている業務などから解放され、行きたい場所へ行くものや、目覚まし時計を切って目を覚ますもの。



浴びるほどの酒を飲んで散歩に出るのも悪くない。



中間地点から凱旋がいせんした一同もそんな休日を満喫している。



虎白はレミテリシアの心の傷を癒やすために白陸の田舎町を散歩していた。



竹子は優子と甲斐とお初を連れて買い物に出かけた。



夜叉子はメテオ海戦で偶然出会った海賊娘の琴と漫談をしている。



そしてここにも悲しみで前が見えなくなっている者がいた。



彼女の名前はロキータ。



メルキータとニキータの年の離れた妹で母が兄のノバに殺害される光景を目の前で見ていたこの少女はまだ成人すらしていない。



そんな悲しき少女を哀れんだ目で見ているのは、これもまた白陸に加わったばかりの尚香だ。



彼女もかつてテッド戦役で兄の伯符はくふを失っている。



だがそんな尚香ですらロキータを見ていると、同情の念に押しつぶされそうになっていた。




「お母さん・・・お兄ちゃんが刺した・・・」




表情という概念を失ってしまったロキータは母が殺害された時の唖然とした表情から変わらなくなっていた。



一点を見つめて同じ事を呟いている哀れなシベリアン・ハスキーのヒューマノイドの隣に座った尚香は、灰色の髪の毛を優しくなでている。



かつて自身も兄の伯符を失った悲しみに苦しんだ過去がある尚香は虎白達がメテオ海戦に出陣している時からロキータに寄り添っていた。




「お姉ちゃんの所へ行かないの?」




尚香はロキータの姉であるメルキータ達の元へ行くべきではないかと尋ねるが、静かに首を振るだけだった。



ツンドラ帝国を滅ぼして白陸に帰還した時からロキータは姉の顔を見ると、惨劇が蘇るのか泣き叫ぶ事がほとんどであった。



仕方なく虎白は自身の近くに置いていたが、冥府の襲来などから多忙を極め、ロキータの側にはいられない事が多かった。



一方で尚香も白陸に加入したが、戦闘に出る事もなく時間だけを持て余していたのだ。




「最初は気になっただけ・・・でも今じゃ放っておけないよ。 私がずっと近くにいるからね」




するとロキータは尚香の着物の袖を何度か引っ張ると、小さい顔を見上げていた。



顔を凝視しているロキータの表情は一切変わらないままであったが、灰色の耳がひくひくと動いている。



何か言いたいのかなと顔を近づけた尚香が話を聞こうとすると、壁に向かって指を指した。




「しょうこう・・・弓矢おしえて・・・」




そう力のない声で話したロキータは壁に飾ってある赤い弓矢を指差していた。



驚いて着物の袖で口元を隠した尚香は黙り込んだ。



するとロキータは再び着物の袖を引っ張っていた。



尚香は微かに高揚した気持ちと、何故弓術を学びたいのかという疑問の狭間に困惑していた。



ツンドラから白陸に来てから何一つわがままを言わなかったロキータが初めて自らの要望を発した事に喜んでいる尚香は灰色の髪の毛を何度もなでている。




「よーし!! じゃあ尚香が教えてあげるぞー!!!!」

「あ・・・ありがとう・・・がんばる・・・」




何が理由で弓術を覚えたいのか知りたい本心を押し殺して、何かに集中させるべきだと考えた尚香はロキータと手を繋いで城の中庭へと出ていった。



中庭に的を並べて弓術の手本を見せている尚香は弓の名手として有名であった。



するとそこに虎白がレミテリシアを連れて歩いてきた。



縁側えんがわに腰掛けるとレミテリシアとお茶を飲み始めたのだ。




「なんだって弓術なんてやってんだ?」

「この子がいきなりね。 でも頑張るんだよねえロキータ?」




尚香が弓を収めてロキータに尋ねると、どうした事か走り始めて縁側に座る虎白に飛びついたのだ。



細いがたくましい胸元に顔をつけると左右に振って甘えている。



突如飛び込んできた事に驚いた虎白は持っていたお茶が顔にかかって濡れているが、気にせず灰色の頭をなでていた。



その光景を隣で見ているレミテリシアはお茶を飲み干すと、何度か下を向いてうなずいた。




「姉さんの相手を見る目は天気予報よりも正確だ。 小さな女の子に好かれる者は悪いやつなわけがない」

「よーしロキータ!! 俺が見てるから尚香と弓矢の練習してみな!!」




すると小さくうなずいて尚香の元へと走っていった。



縁側に残る虎白とレミテリシアは小さな少女に聞こえない声で会話を始めた。



つい先日まで冥府軍であった彼女はロキータの壮絶な過去を知らない。



何があったのか小声で尋ねると、虎白はツンドラ侵攻の際に起きた惨劇を事細かに説明した。



話しを聞き終えたレミテリシアは目に涙を浮かべながら、ため息をついた。




「こ、虎白・・・もう一度聞かせてくれ・・・お前を信じれば私やロキータちゃんの様な者を出さない未来を作れるか?」




レミテリシアはどうしても虎白の口からもう一度聞きたかったのだ。



最大の理解者にして尊敬してやまない偉大なアルテミシアは常々言っていた事があった。



私を超える者は世界を安寧へと導くと。



レミテリシアの黒い瞳に写っている顔をお茶で濡らしている神族はまさに偉大な姉を超えた者と言える。



すると虎白は正面をじっと見ているが、見ているのはぎこちない動きで弓矢を触る様子を見て微笑む尚香やロキータではない。



ずっと遠くの未来を見ているのだろう。




「ああ。 俺は覚悟を決めたんだ。 どれだけの悲しみを背負おうとも、必ず戦争のねえ天上界を作るってな」




自身の消えた記憶の再生は二の次だと考えた虎白は困難な道を歩む覚悟を決めたのだった。



その真っ直ぐな言葉を聞いたレミテリシアは小さく笑うと、亡き姉の偉大さを改めて実感していた。

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