第4ー20話 違う形で出会いたかった
どうしてか気が合うはずなのに上手くいかなかったという人間関係は珍しい事ではない。
それは互いに譲れないものがあり、何かが僅かに違う事から相容れない関係へとなっていく。
上手く構築できなかった関係に後から悔やんでも取り戻せないものがほとんどで、空虚な気分となるものだ。
虎白とアルテミシアは互いの実力を認め合い、惹かれ合っている。
冥王の命令に従って捕獲して帰りたい女帝と生き残って未来へ進みたい神族との間にある考え方の違いによって敬意を払いながらも殺し合うという奇妙な行為を行っているのだ。
両者の凄まじい剣技によってかすり傷が増えていく中で譲れないものを守るために必死に戦っている。
「天上界に所属してやり直せ!!」
「周りを見ろ虎白。 我が兵が取り囲んでいる。 どうして私だけがそんな事を。」
アルテミシアは数万もの不死隊を束ねる女帝なのだ。
天上界にまで攻め込んできたのも冥王の命令とはいえ、全ては自身の責任で数万もの精鋭を率いてきた。
それを今更になって虎白に惹かれたから全て放棄するという発想はこの気高き女帝にはないのだ。
だが心中でいっその事、部下の将軍に全てを託してこの魅力的な神族についていきたいという葛藤とも戦っていた。
それを理解してか無意識でか虎白は彼女への説得を止めようとはしなかった。
「じゃあお前は死んだ事にしてこっそり逃げよう。」
「悪いな虎白。 私もお前を生け捕りにするのは心苦しいがこれが定め。 何かが違えばお前とは良い関係になれたと思っている。」
一見すれば女の様にも見えて、細身の体だが鋭い瞳をしている。
狡猾で神経質そうにも見える顔立ちだが鋭い瞳はまるで子供の様に輝いているこの神族には何が見えているのか。
それを近くで見てみたいと思いながらも科せられた命令に従い、虎白を捕獲しなくてはならない。
数万もの不死隊を連れてきたアルテミシアの義務なのだ。
説得を繰り返す虎白の腹部に鋭い肘打ちをすると、顔元に鋭い蹴りを入れた。
のけぞった虎白は振りかざされた剣を受け止めて刀を振るった。
だがそれすらも女帝は簡単に受け流して両者はまたしても見つめ合った。
「そろそろ覚悟を決める時だな。 お前が倒れるか私を殺してみせるか。」
「悪いが捕まるわけにはいかない・・・」
「では決着をつけよう。 生け捕りの理由は私も知らないが殺されはしないはずだ。」
認め合う両雄が語り合う一方で竹子と優子は追い詰められながらも虎白の勝利を信じて既に限界を越えている。
だがもう長くは保たないという事も明白。
大切な二人を死なせないためにも虎白はここで決着をつける他なかったのだ。
刀を力強く握ると、一歩前に出て斬り込んだ。
「第六感!!」
「やはり使えたか。 だが私もだぞ虎白、第六感。」
周囲の音や時の流れが遅く感じる世界の中で斬り合う両者は二人だけの空間にいるかの様だ。
鋭い刀と剣が交差する中でアルテミシアが片方の剣を突き立てた。
だが同時に虎白も刀を突き立てて女帝の腹部へと刃が迫った。
そしてその時は来た。
剣は虎白の横腹をかすめて、刀はアルテミシアの腹部を貫いた。
「お前にもっと違う形で出会いたかった・・・」
「ど、同感だ、虎白・・・さ、最後に一つ頼みがある・・・」
甲板で響き渡っていた喧騒が一瞬にして静まり返り、誰もの視線が女帝と神族へと向いた。
残酷なまでに照らしている晴天の空は無慈悲に女帝の最後を見下ろしている。
崩れ落ちる様に倒れたアルテミシアを抱きかかえて自身の膝に頭を置いた虎白は彼女の最後の頼みを聞いていた。
力の抜けた手を優しく握っている神族は死にゆく気高き女帝の頬に雫を垂らした。
「・・・お前なら何か未来を切り開けるかもしれない・・・私の・・・妹が第六軍長として隣の船に乗っている・・・レミテリシアを連れて行ってくれ・・・お前の瞳は未来を見ているのだろ・・・妹も一緒に・・・」
気高き女帝もまた、姉妹であった。
アルテミシアは最後の瞬間になっても気にする事は誰かの事というわけだ。
誰かのために動いてしまう虎白に良く似たこの美しくも儚い女帝は敵である虎白に最愛の妹の未来を託したのだ。
もはや瞳は閉じて、力もほとんど入らなくなっているアルテミシアの表情は笑っていた。
「誰かを守るためにここまで来たんだろう・・・そんな虎白は私に良く似ている・・・お前なら妹を幸せにできる・・・レミに伝えてくれ・・・幸せになれと・・・悪いが立ち上がらせてくれ・・・」
立つ事なんて当然ながらできない。
だが虎白は彼女を抱きかかえる様に立ち上がらせると、驚く事に手を振り払って自力で歩き始めたのだ。
今にも倒れそうになりながら甲板にいる将軍の元へと向かった。
そして将軍の鎧を力強く掴むと、最後の生命の灯火を燃やして声を発した。
「我が兵達よ!!!! これでお別れだ・・・今日まで良く仕えてくれた・・・私の最後の頼みがある・・・彼らにレミを預けたい・・・そして彼らを追いかけて殺す事は許さない・・・先に死ぬが・・・お前達はこれからも気高くあってほしい・・・感謝して・・・・・・・・・」
誉れある女帝は将軍の肩を掴んだまま旅立った。
静寂に包まれる甲板で聞こえてくるのは隣の船からの絶叫だ。
アルテミシアは妹を虎白に託したが、当人はそれを認められるはずもない。
やがて妹の船は向きを変えて本船へと向かってきたのだ。
だが問題なのはレミテリシアの体当たりだけではなかった。
甲板上で主を守れなかった不死隊もまた、襲いかかってくる気配を出しているのだ。
「手を出すな!!!! アルテミシア様を辱めたいのか!!!! レミ様を食い止めるぞ。 あの御方を説得・・・いや気絶させてでも鞍馬に預けろ!! 一戦交えるぞ!!」
そう叫んだのはアルテミシアの隣に立っていた将軍だ。
髑髏の目元から滝の様に流れている涙は自身の不甲斐なさか、虎白を殺したくても殺せない悔しさか。
だが将軍はお姫様抱っこをしている女帝の亡骸を抱えたまま、虎白の元へ近づいてきた。
「鞍馬・・・仮面を外してくれ・・・我が名はカシム・・・亡き女帝の副官だ・・・」
虎白がカシム将軍の仮面を外すと、褐色の肌に髭が良く似合う美男子であった。
溢れる涙で髭を濡らしているカシムは力強い眼差しでうなずいた。
亡き女帝の命令に従って責任を持ってこの場から生きて逃がすと眼力で訴える気高き将軍に一礼すると、迫りくる復讐の化身を待ち構えた。
男共の涙をかき消すかの様に中間地点の空から雨が降り、妹の復讐の雄叫びと共に雷鳴が鳴り響いたのだった。




