第4ー18話 伝説となるか英雄となるか
琴と名乗る短髪の可愛らしい女海賊の船に乗った虎白は二千名もの白陸兵を連れて行くことができない事に頭を抱えていた。
ただでさえこの海の先には数万もの不死隊が待ち構えているというのに乗船したのは虎白に竹子、優子姉妹と魔呂に甲斐、夜叉子とお初だ。
莉久は白陸兵を管理するために残る事となったが、主を死地に行かせるというのについていけない事を悔やんでいる様子で立っている。
「虎白様・・・」
「大丈夫だよ。 アルテミシアを討ち取ったら直ぐに戻る。」
「僕も信じていますよ。 おい鵜乱、お前も行って虎白様をお支えしろ。」
オレンジ色の唇を噛み締めながら鵜乱の大きな背中を押すと、鳥人族の戦士長も船に乗り込んだ。
こうして莉久以外の皆が船に乗り込むと手漕ぎの海賊船はゆっくりと海上を進み始めた。
今の天候は大雨だ。
アルテミシア艦隊はこの視界の悪い天上軍の出航に未だ気がついていない。
船上で緊迫した空気を漂わせる一同の中で船主に立って雨を気にもせず、着物を濡らしている琴は不思議そうに皆を見ていた。
「あんたらも変わってるなあ。 死にに行くようなもんやで。」
「死ぬ気はねえよ。 ただ時間をかければ間違いなく死ぬ。 アルテミシアの船に乗り込んだら素早く攻撃する。」
小型の船で巨大なアルテミシア艦隊に接近する事は可能でも、当然ながら矢の雨が降り注ぐ事は明白。
仮にアルテミシアの本船に乗り込んでも船内にはアルテミシアの精鋭不死隊が待ち構えている。
そして乗り込む際の衝突の衝撃で手漕ぎ海賊船の損傷も明白というわけだ。
「生きて帰る」と話した虎白とてどの様に退却するのか静かに考えていたのだ。
すると夜叉子がじっと虎白の顔を見ながら扇子をとんとんと膝に当てている。
「帰れないと思ってるの?」
「・・・・・・」
「いいよ別に。 死ぬ事が嫌なんじゃないの。 裏切られるのが嫌だった。」
「俺は生きてお前と未来を見たい・・・だがアルテミシアを倒すためにはこれしか・・・」
虎白が話しを続けようと声を震わせていると、扇子で白い唇を突いた。
静かに首を振っている悲しき美女は微かに口角を上げた。
驚いた様子で目を見開いては兜の上から出ている白い耳を動かしていると夜叉子は上げた口角を戻してうなずいた。
「大丈夫。 生きて帰ればあんたは伝説だよ。 死んでも英雄だろうね。」
「お前らを巻き込んだ事は事実だ。」
「みんな好きでここまで来たんだよ。 あんたばかり責任を感じるのは違う。」
その言葉を聞いた虎白は心に絡みついていた重苦しい責任という闇が晴れた。
今日までに起きた様々な惨劇を全て背負っては自身の責任だと考えていたが、誰もが自らの決断によって歩んできたのだ。
この先に待ち構える不死隊との死闘とて皆が選んでこの死地に臨む。
夜叉子からの言葉を聞いた虎白は力強い眼差しで立ち上がった。
「ありがとうな夜叉子。 俺はお前のためにも生きたい。 一緒に未来を見ような。」
そう言われると微かに赤面した夜叉子は自慢の黒くて長い髪の毛で頬を隠した。
女海賊である琴の細い肩に手を置いた虎白が力強い眼差しで見ている大雨の海上で不気味に黒く写る艦隊の姿が徐々に迫ってきている。
やがて一時間が経過して天候は晴天へと変わった。
だがその時だ。
「気がつかれているぞ!!!!」
「矢が飛んでくる!! 盾で防げや!!」
それはまるでアルテミシアが天候を読んでいたかの様に雨雲が消えて雨粒が止むと同時に晴天の空から降り注いだ矢の雨。
困惑しながらも海賊衆の盾の下に隠れる一同が隙間から見た光景は巨大な艦隊から弓を放ち続ける髑髏の軍団だ。
懸命に盾で防ぐ海賊衆とオールを死に物狂いで漕ぎ続ける船上は喧騒が溢れ返るほど騒がしく慌ただしい様子であった。
「怯むなや!! 元から帰るつもりなんてないわ!! うちの船は足が速いんで有名なんや!! さっさとアルテミシアの船に体当たりするで!!」
琴が叫ぶ様に船の動きは速く、矢の雨を交わしながら進んでいた。
すると巨大な艦隊の中でもさらに大きな本船が一同の視界に入ったのだ。
黒い帆には女が双剣を持っている様子が描かれている。
アルテミシア本人の乗る船というわけだ。
「見つけたぞ!! みんな乗り込む準備だ!! 俺達は絶対に生き残る!! 帰ってまた宴会しようぜ!! 琴も俺らの仲間になれ!!」
「そりゃ生き残ったら言う台詞や!! 今は死ぬ気で行くで!!!!」
船の速度は風すらも味方して最大船速だ。
風を切る甲高い音が一同の耳で響く中、迫りくるアルテミシアの本船はまるで巨大な黒い壁と言える。
身構える一同の中で船主で絶叫する海賊女は勇ましく復讐に満ちていた。
「ぶつかるぞ!!!!」
「行くでー!!!! お父の敵討ちや!!!!!!」
爆発音にも破裂音にも聞こえる凄まじい轟音と共に黒い壁に穴が開くと、一同は一斉に船内へ乗り込んだ。
船室には髑髏の仮面の軍団が待ち構えていた。
最初の一人を琴が斬り伏せると、一同もそれに続きアルテミシアの姿を探した。
「きっと最上階の甲板じゃねえか!?」
「おりゃー!!!! 虎白!! あんたらは先行きな!! あたいはここで暴れてやんよ!!」
そう叫んだのは甲斐だ。
自慢の長槍で第六感を駆使しながら船内を破壊する勢いで暴れている。
するとお初が甲斐の隣で共に戦い始めた。
上階へ続く階段に手をかけた虎白は暴れ続ける勇ましき甲斐の姿を見ていると、背中をぽんっと叩かれた。
短刀を薄手の鎧の帯から抜いた夜叉子が静かにうなずいている。
「信じてる。」
「ああ、必ず生きて未来を見るんだ。 行ってくるぜ夜叉子!!」
アルテミシア艦隊に乗り込んだ二十名にも満たない勇士らは最下層である本船の船室へ乗り込んだ。
最下層を受け持つは元ミカエル兵団六番隊の天使長甲斐と彼女を支えた二名の副官であるお初と夜叉子となった。
階段を駆け上がる一同は女帝を目指して進むのだった。




