第4ー8話 黒髪の美女と骸と死
小さな波紋から巻き起こったさざ波は一見すれば小さく可愛らしく波打っている。
そんなさざ波は小さな波紋をゆらゆらと動かしながら大海原へ帰っていく。
やがて誰もが忘れた頃に大津波となって帰ってきては今まで存在していた全ての価値観や常識を覆してしまう。
虎白の封印から解かれたというさざ波は徐々に大波に乗っている。
そして中間地点で豪雨が漆黒の鎧兜を打ち付けながら音を立てて進軍している大規模な部隊が天上界へと進んでいた。
黒いローブを雨具の様にフードまで被っている女は腕時計を見ると、傍らの将軍へと細くて綺麗な顔をうなずかせた。
夜闇が如く漆黒に染まっている髑髏の仮面をつけている将軍が太鼓の音を雨音に負けないほど轟かせると配下の兵士達が雨具を折りたたんだ。
女がフードを脱いで空を見ると天候は爽やかな晴天へと一変したではないか。
何食わぬ表情をして晴天の春風に黒髪を揺らしている女の視線の先には巨大な天上門が写っている。
「第一軍団は秦国へ進め。 第二はマケドニア。 第三はその他の弱小国だ。 第四、五は私の本軍と共に待機しろ。」
馬上の女を囲む様に静かに佇む髑髏の仮面をつけて黒いマントを着ている将軍達はうなずくと命令された内容に従って進み始めた。
なおも落ち着いた表情をしている謎めいた美女は天上門を見つめて微かに笑みを浮かべている。
将軍に引き連れられていく兵士達もまた、髑髏の仮面をつけているのだ。
女以外の全ての兵士が装着している人の顔骨は黒く塗装され、まるで死神の様にも見える。
「準備完了ですアルテミシア女王・・・」
「では天上界へ侵攻しろ。 鞍馬虎白の生け捕りは忘れるな。」
大地が揺れ始めると漆黒の仮面をつけた兵士達は天上門を越えた。
一方でその事実をまだ知らない天上界の住人達は今日も平穏な日常を謳歌している。
もはや敵の襲来は二十四年も前の話しだ。
冥府軍の接近に対して各国の軍部は民達へ警戒を促していたが、真面目に話しを聞く者は少なかった。
ここは天上門の付近にあるとある国だ。
民は日常生活を行い、買い物や娯楽を満喫している。
だが聞き慣れない太鼓の音色と闇の様に黒く不気味な旗を掲げた軍隊が平然と町中へ入ってきたではないか。
「え、ええ・・・」
「焼き払え!! 女や子供であろうと殺せ!!」
黒いマントを天上界の風に吹かせている将軍の一声で天上界の民達の平穏は脆くも崩れ去った。
最初の民が体を貫かれてから次々に蹂躙されていくか弱き民達は髑髏の仮面をした軍団を前に逃げ遅れた。
平和を謳歌していた民達は突如として現れた邪悪なる軍隊を前に唖然としている間に一人また一人と冷たい剣に貫かれている。
かの国の国主は突然の冥府軍襲来に絶句しつつも応戦を開始するために戦力を召集していた。
大混乱となる宮廷の中で絶叫する国主は衛兵を引き連れて自身も鎧兜を身にまとった。
「何故だ・・・見張りはどうしたのだ!!」
「既に殺されたのかと・・・民も避難勧告に従わず日常生活を繰り返していました・・・」
平和を極めている天上界の民達は危機感をさほど持っていなかった。
万が一に噂が本当で冥府軍が襲来しても兵士達が知らせてくれると安心していた民達の予想を裏切り、見張りの兵士が皆殺しにされているという最悪な事態で国主は腰に差す刀を抜いた。
武士にも見える彼らは勇ましく宮廷を出発すると、四方から国主の召集に従った配下の者達が集まってきた。
「反撃するぞ!! この平原で迎え討つ。 しばらく耐えれば援軍が来る。」
天上議会で話されていた冥府襲来時の決め事は最初に攻撃を受けた国を支援するという内容だ。
まさにこの場所が開戦の火蓋を切る事になった惨劇の地である。
国主は数千の配下を率いて平地で冥府軍を待ち構えた。
すると蹂躙行為を済ませた冥府軍が平原へと出てくると国主と配下の兵士達と対峙した。
「な、なんだあの不気味な姿は・・・」
人の顔骨を黒く塗装して装着している冥府軍の不気味さに国主までもが声を発する事すら忘れていた。
異様な静寂の中で対峙する冥府軍と天上軍はどちらが先に斬りかかるのかという静寂が包んでいる。
やがて大きく息を吸い込んだ国主が配下の者達と斬りかかろうとした時だ。
何か大きな物体が空中へ跳ね上がると、国主達の元へ飛来しているではないか。
「何か飛んでくるぞ!!」
「と、殿あ、あれは・・・」
天上軍の前に落下して散らばった何かを恐る恐る確認へと向かった国主達は思わず勇ましい表情を歪めて口を手で抑えた。
漁師網に魚の様に包まれている民達の無惨な亡骸だ。
酷く暴行を受けたのか、落下の衝撃だけではないと思わせるほどの損傷をしている民達の亡骸に絶句していると低い太鼓の音とラッパが鳴り響いた。
ふと国主が顔を上げると髑髏の軍団が殺到し始めている。
「お、応戦しろ!! 突撃ー!!!!」
「と、殿!! 臨時招集で集めた民兵達が逃げ出しました!!」
これも立派な戦術の一つというわけだ。
蹂躙された民の亡骸を意気揚々と立ちはだかる天上軍へ見せつけた事で民兵達は次は自分達がこうなると思うと体が勝手に動いた。
残された国主と僅かな正規兵達は眼前で雄叫びを上げながら迫る髑髏の軍団に絶望している。
すると軍団は左右に兵士達を展開すると、天上軍の三倍以上もの戦力を持って斬りかかってきたのだった。




