第3ー19話 天上界の最高位
アテナは少し安心している。もうここまで来れば、アポロンと漫談でもして、呑気に北側領土へ帰るだけだ。
それもこれも、虎白が短期決戦でツンドラを倒せたおかげだ。
「冥府軍が襲来した時には、鞍馬と共に戦えそう」
「何か言いましたか姉上?」
「冥府軍がいつか来るわよ」
「ああ、ハデス叔父上の軍隊ですか。 そんなものは、この俺が人間共を連れて蹴散らしてやりますから」
アテナはテッド戦役でのことを思い出している。偉そうに啖呵を切っているアレスだが、冥府の将軍に見事に出し抜かれて、スタシアの先々代が討ち死にしている。
恐らくあの将軍も、いつか来る冥府軍の襲来に参加しているだろう。それを考えると、虎白のような頭の切れる指揮官が必要だったのだ。
「スタシアの先々代が討ち死にしているでしょう? 鞍馬のような賢い味方が必要なのよ」
「そうでしたっけ? スタシア......うーんスタシアかあ。 どこかで聞いたような......」
「あなたの領土の赤き王の国よ」
「へースタシアねえ......討ち死にするなんて弱い王なのですな」
呆れた表情をして、遠くを見ている。こんな頭の悪い弟が、虎白が自分の治める土地を荒らしていたと知れば、怒りのあまり殺しかねない。
やがてアポロンの治める土地が見えてきた。そんな時、天空が曇り雷鳴が轟いた。
天上界で、天候が悪くなる時は、決まって同じことが起きる。雷鳴から稲妻が放たれ、青にも黄色にも見える閃光と共に、落下してきた。この世界で、天候を支配している者は、ただの一柱だ。天王ゼウスだ。
「おー父上ではないか! いい女でも見つけましたか!?」
「仲の良い姉弟だなあ......可愛い子ども達よ」
ゼウスは、気の抜けた男だ。日頃は、女の尻を追いかけることが趣味という天王だ。
しかし絶大な権力と、人間の持ち合わせる本能を刺激する才能に溢れているゼウスは、長年天上界を統治してきた。
「アテナよ。 鞍馬の北側侵攻は終わったか?」
「ち、父上ー!?!?」
「なに......鞍馬だと?」
「ちょっと父上!」
「おお、どうしたまずかったか?」
アテナが思っている複雑な事情を、ゼウスはまるで把握していなかった。日頃は、女の尻を眺め、追いかけるだけのゼウスがまさかここに来るとは想定していなかったのだ。
「何をしに来たのですか父上!」
「いやあそう怒るな娘よ......鞍馬が連れている人間の女が、驚くほど麗しくてな。 是非この天王に紹介してもらいたくて、アテナに頼みに来たのだよ」
ただそれだけのことだ。ゼウスは、竹子の尻を眺めて追いかけたい。ただそれだけのことで、アテナの元へ来た。
現在、起きている複雑な世界事情なんてものは、ゼウスにとってはどうでもいいのだ。
方や虎白が、自分の庭へ無断で入っていることを知ったアレスは、拳を握ったまま、小刻みに震えている。
「いつも鞍馬はこそ泥のように動きやがって......俺の土地に入っていただとお? ぶっ殺してやる鞍馬! 俺に挨拶にも来ないで何してやがるんだ!」
アレスは怒り狂ったまま、北側領土を目指した。虎白が北へ行ったことを、何故統治者のアテナは知らないのだと、問い詰められるほど彼は頭が良くない。
彼の中にあるのは、虎白が勝手に自分の土地へ入った。ただ、それだけの単純な理由である。
「はあ、お父様なんてことを......鞍馬がこのままでは殺されてしまう......」
「ええ......それはすまんなあ。 それで、鞍馬の連れている女のことだが......」
「知りませんよそんなこと! こうなったのは、お父様の責任なんですから、アレスを止めることを手伝ってください!」
アテナは慌てて、追いかけた。方やさほど興味もなさそうに、頭をかきながらあくびをしている天王。
ふと目をやると、アフロディーテが立っている。ゼウスは、彼女の体を舐め回すように見ながら笑っているのだった。




