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天冥聖戦 本編 伝説への軌跡  作者: くらまゆうき
シーズン3 ツンドラ帝国遠征編
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第3ー9話 どうしても負けられない

 朝焼けが照らしている。美しいまでの朝焼けの下で、互いの命と名誉をかけて戦うのは、スタシア王立近衛兵とノバガード。

 非常に高度な技術で行われる戦闘の中、双方の近衛兵が戦場に倒れていった。


「アルデン! 何人やられた!?」

「二名ほど......負傷した者は、なおも戦っています!」

「ノバグラードへ入る前に損害が出すぎると不味い!」


 虎白や莉久、竹子といった面々は問題なくノバガードを倒している。しかしスタシア王立近衛兵の中には、ノバガードの異常なまでの闘争心に圧倒されつつある者もいた。

 彼らの異常なまでの闘争心には、生存するという個人的な意思が感じられなかった。ノバのために戦い、死ぬ。それだけを原動力にして動いているかのような、ノバガードは一撃攻撃を当てても、致命傷にならない限り、倒れることはなかった。

 肩に剣がのめり込み、骨がメキメキと音を立てているというのに、眉一つ動かさないノバガードは、歯茎をむき出しにして低い声を出して威嚇している。


「怯むな剣聖の皆よ! ノバの近衛兵、赤き王はここだ! ノバを喜ばせるには、我が首が必要だろう? さあ、かかってくるのだ!」


 アルデン王は捨て身の覚悟で戦っている。

 方や虎白は、先のことを考えていた。こんな化け物みたいな兵士が、ノバグラードには、あとどれほどいる。

 さすがに甘かったか。腐っても代々皇帝をやってきた一族の近衛兵は、生半可じゃねえか。


「私はこの国の未来を思っているんだ! 同胞で殺し合う必要なんてない! どうか私を信じてくれ!」


 そんな時に響いたのは、メルキータ皇女の悲鳴のような声だ。

 彼女は、涙ながらに叫び続けた。ノバガードにも一般兵にも、当然民にも死んでほしくないメルキータの悲痛の叫びは、皮肉なことだが状況を好転するきっかけになった。


「おい兵隊共! お前ら恥ずかしくないのか!? 俺達は皇女様と戦うぞ!」

「そうよ! 畑が荒れた時も政府は何もしてくれなかったけど、皇女様だけは泥だらけになって手伝ってくれたのよ!」


 大好きなメルキータ皇女様が泣いておられる。奮い立ったのは、家に隠れて様子を伺っていた民達だった。

 彼ら彼女らは、農作業をするための鍬くわなどを持って、精鋭ノバガードへ殺到した。


「おい隣町の連中にも知らせに行け! 皇女様が危ないから集まれってな!」


 突然の背後からの強襲は、精鋭ノバガードを持ってしてもどうすることもできなかった。

 背中に飛びかかる民に驚くノバガードは、スタシア王立近衛兵に斬り捨てられていった。

 メルキータの一声で、状況が好転した虎白一向は、ノバガードを撃退して最終目標へと足を進めたのだった。


「皇女様お気をつけてー!」


 泣きながら手を振り返すメルキータを見届けた民衆は、視線を一点に向けた。

 それは、戦うことを拒んだ一般兵部隊の将校にだ。


「お前恥ずかしくないのか!」

「お、俺だって家族が捕らえられているから......」

「だったら家族を救うためにノバグラードへ行けばいいだろう!」


 民衆から石を投げつけられる将校は、どうすることもできない複雑な状況に表情を歪めた。

 方や殺気立つ民衆の声は広がり、虎白らが既に通過した町から鍬くわを持った民兵が続々と集結していた。


「ノバの圧政はもう終わりだー! 皇女様と共にノバグラードを陥落させるぞー!」


 駆けつけた民兵の中には、ツンドラ一般兵も多数混じっていた。

 こうしてツンドラ帝国内では、大規模な反乱が起きたのだ。これを鎮圧しようにも、主力軍は嬴政の秦国と睨み合い、頼みのノバガードは虎白らを迎え撃つことで手一杯となっていた。



 静まり返っている議会で腰掛けているノバ皇帝。

 頬杖をついて、地図だけを見ている彼の瞳は、なおも凍りついている。傍らにはツンドラの英雄、バイロン大将軍が立っている。


「民と予備軍が反乱を起こして、ここへ向かっていると報告が」

「我が精鋭を倒したのは、民や予備軍共ではないはずだ」

「やはり白陸とメルキータ皇女ですかな?」

「どうやら見誤っていた......秦国の強大さにばかり目が行っていたが、白陸という塵ちりのような小国には、危険な者らがいるようだな」


 あの時、竹子という無名の女が将軍を討ち取ったことは偶然ではなかった。逃亡生活をしていたメルキータは秦国へ逃れたのではなかった。

 この戦争の指揮をしているのは、秦国の嬴政ではなかった。そして秦国まで動かし、属国を取り込み、スタシアと同盟を結び、逃げ惑うだけの皇女を民の希望にまで押し上げたのは、全て白陸という吹けば消し飛ぶような小国の皇帝だった。

 鞍馬虎白の仕業だったのだ。ノバは、自分の見通しの甘さを呪い、握りしめている手からは、爪が刺さり血が流れている。


「安心なされ陛下」

「なんだと?」

「陛下はまだ即位して長くありません。 このバイロンは先代から仕えている老将......天上界では見た目は老けませぬが、既に私はいつ死んでも構いませぬ。 陛下を逃がすまで、倒れませぬので、陛下は逃げて我が息子と共にやり直してください」


 ノバは反射的に玉座から立ち上がった。そして反射的に老将の胸ぐらを掴んだ。

 その時、ノバの脳裏には、英雄と称えられた老将との思い出が蘇った。


「僕はツンドラの皇帝になるんだぞ! お前が英雄でも僕にひれ伏すんだ!」

「これこれ......いけませんなあ皇太子殿下......いいですか? お父上は決してそのようなことを言いませぬぞ? 民を愛し、兵士に敬意を払う。 これが正しき皇帝のお姿ですぞ」


 自分の力でやっと歩けるようになった幼きノバは、既に次期皇帝として確立していた。

 そのせいか、自分勝手な振る舞いを幼少期からしていた。見かねたツンドラの英雄は、度々ノバに正しき皇帝の姿を語っていた。

 時には、剣術や体術など皇帝として身を守る術も教えていた。


「はあ......はあ......少しは手を抜けバイロン!」

「体ばかり大きくなって変わりませぬな殿下......戦場で敵兵が手を抜いてくれるのですか? いいえ! 殿下の姿を見れば、手柄と思い血眼になって殺到するでしょう」

「だったら兵隊が守れ! お前が守れ!」

「気合を入れぬか馬鹿者が!」


 皇帝として、軍人として。ノバはバイロンから様々なことを教わった。彼は一歩ずつ次期皇帝として成長していた。

 そんなノバの心を凍りつかせたのは、先代皇帝であるノバの父の急死だ。


「ち、父上ー!」

「い、いいか息子よ......バイロンを頼りにして、メルキータと共に民を愛せ......」

「おい医者! 父上を治せ! 粛清するぞ!」

「やめぬかバカ息子......最期まで父を心配させるな......お前の行く末が心配で............」


 ノバの父は死んだ。民との交流をしていた時に、何者かに狙撃されたのだ。犯人を必死に探したが、見つけることはできなかった。

 そしてその日からノバは、民を信用することができなくなった。

 時は戻り、静まり返る議会でバイロン大将軍の胸ぐらを掴むノバの手は震えていた。


「お、お前が死ねば俺は......孤独だ......」

「皇帝とはそういうもの。 陛下が行っていることは、正しいことです......スタシアや白陸なんて国に邪魔されてはいけません」

「ああ、わかっている。 俺は諦めないぞ......鞍馬が俺を殺せばツンドラを滅ぼせるというのなら、俺が鞍馬を殺して白陸を滅ぼすまでだ」


 その時、バイロンの瞳に映ったノバの姿は、彼が生涯をかけて忠誠を誓った先代の姿に見えていたのだった。

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