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天冥聖戦 本編 伝説への軌跡  作者: くらまゆうき
シーズン2 犠牲の果ての天上界
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第2ー9話 夜叉子の原動力とは

 酒を飲み終えて、直ぐに帰れと言っていた夜叉子であったが、怪我人の手当てや、次の略奪の話しなどをして、虎白達のことを忘れている様子だ。

 方や虎白は、夜叉子を来たる白陸建国へ向けて、仲間にしたいと話している。困惑した様子の竹子は、笹子と顔を見合わせた。


「どうするんですか姉上?」

「た、確かに賢くて聡明な方だけれど......仲間になってくれるかなあ」

「とか言って本当は、虎白が奪われちゃうか心配なんじゃないですか!?」


 沸騰したかのように、顔を赤くする竹子は、いたずら顔で笑う笹子の口を抑えた。


「んーんー! プハッ! 何するんですか姉上!」

「止めてよ! そ、そんなことないから別に!」


 激しく動揺する竹子を見て笑っている。生憎、虎白は山賊衆の動きを、興味深そうに見て、歩き回っている。美人姉妹は、その後も他愛もない話しを続けては、姉上をからかっている。



 山賊衆の動きを見ている虎白の耳に、綺麗な笛の音色が聞こえてきた。一体誰が、笛を吹いているのか気になる虎白は、音の鳴る方へと歩いていった。

 そこには、大きな岩に腰掛けている夜叉子が、笛を吹いていた。


「随分と上手いな」

「消えなって言ったはずだよ」

「なあ、どうして山賊をやってんだ?」

「あんたに話す義理はないね」


 警戒心の強い夜叉子は、話さなかった。しかし虎白は、どうしても夜叉子という女のことを知りたかった。


「俺はよお。 記憶がないんだ......過去に何か大きな失態をしたようなんだが、覚えてねえ。 たまに怖くなる......俺のせいで多くの者を死なせたのかなって」


 気がつけば、太陽が沈み始めている。沈んでいく夕日を眺めている夜叉子は、着物の袖から煙管を取り出すと、静かに吸い始めた。

 虎白は、消えている自分の記憶が蘇ることが、怖くなっている。どういうわけか、夜叉子に話さずにいられなくなっていた。


「俺は狐の神族の皇帝らしい。 だが、天上界には誰もいない。 それが、俺のせいなんじゃねえかな......でも新しく出会えた竹子や笹子を大事に思っている......」


 虎白が話している間、夜叉子は相づちすら打たなかった。ただ、煙管を吸って、白い煙を吐き出しているだけだ。

 それでも虎白は、語り続けた。


「消えた記憶が何かは思い出せねえ......でも、天上界で国を作るって決めたんだよ。 白陸って国なんだけどな、誰も傷つかない綺麗な政治をやっていくんだ」


 やがて夜叉子は、煙管を吸い終えると、小さく鼻で笑った。


「そんなの偽善さ。 誰も傷つかない? わかってないねあんた。 誰かが幸福と感じる時、誰かが不幸と感じているもんなのさ......幸せってのはね、均等には行き届かないもんだよ」


 その時、夕日に反射する夜叉子の瞳は、儚いまでに輝いた。夜叉子は、その幸福争奪戦に敗れた者達を救おうとしている。

 しかし虎白は、感じていた。疑問を言葉に出す前に、大きく息を吸ってから小さく吐いた。


「じゃあお前は、どうして幸福な側に立とうとしない? 人を救うってのは、そんな簡単なことじゃねえだろ? 何がお前を動かしているんだ」


 虎白からの問いに対して、夜叉子は何も返さなかった。しばらくの沈黙が、二人の間に流れている。

 再び煙管を吸い始めた夜叉子は、もの凄い剣幕で虎白を睨んだ。


「あんたには関係ないって言ったはずだよ。 早く消えないと、うちの子達を呼ぶよ」

「お前は......幸福と不幸の両方を知っているからじゃねえのか?」

「............」

「山賊やるのに、向いてねえよ。 その着物はよ......」

「ちっ!」


 次の瞬間、夜叉子は帯に差していた短刀を抜き出すと、虎白の喉元へ突きつけた。倒れる虎白の上で、短刀を今にも突き刺そうとしている夜叉子の瞳は、怒りよりも深い悲しみが滲み出ていた。


「会ったばかりの俺が、偉そうに言って悪かったな。 だがお前からは痛いほど感じるんだよ......深い悲しみがよ。 俺の仲間の笹子から出ている気配に良く似ている......」


 強力な第六感を有する虎白には、相手の気配を感じ取ることができる。新納を失って、悲痛のなか、罪悪感に苦しむ笹子の気配を感じ続けていた虎白には、夜叉子が放つ気配が、同じものだとわかったのだ。

 そして山賊と言いながらも、不自然な黒い着物を着ていることから、夜叉子の過去に何があったのか、察しがついたのだ。


「それは喪服だろ......」

「山賊の頭らしく、着物を着ているだけさ」

「そうやって自分の悲しみよりも、弱者の悲しみに寄り添えるお前は強い。 だが、吐き出す場所がなくて苦しみ続けているんだろ?」

「知ったようなこと言うんじゃないよ。 不愉快極まりないね......消えな」


 夜叉子は短刀を喉元へ突きつけている。だが、刃が虎白の喉へ食い込むことはなかった。

 そして微かに手が震え始めたのだ。瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。


「話してくれないか? 話した結果、お前にとって無駄な時間だと思ったら、殺してくれて構わねえ。 俺が受け止めてやるから......胸の内にある悲しみを、吐き出してくれ」


 気がつけば、夕日も沈み、夜になっている。夜叉子は、短刀を鞘に戻すと、置いてあった酒を飲み始めた。

 まるで今から話す内容は、酔ってないと話せないと言わんばかりに豪快に飲むと、煙管を吸い始めた。

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