第6ー5話 生命の女神と人間
家族とは誰よりも信用できて、頼りになる存在と言われる。
他人には言えない事も家族になら言える。
どんな時も味方で、かけがえのない存在だから家族なのだ。
しかし世界には家族同士であっても酷い嫌悪をし合う者もいる。
家族に騙された、家族に裏切られて全て失ったなんて悲しい事態もあり得るのが、胸の痛いところだ。
神々であっても同じ様な事態が起きているというわけだ。
シュメール神族と激しい戦いを繰り広げたゼウスは、勝利こそしたものの失った存在は大きかった。
実の兄であるハデスとは引き離されて、回復の予知がないほど険悪な関係にまでなった。
そしてゼウスの祖母であるガイアという女神とも対立の火種が業火へと変わろうとしていた。
ゼウスの父はガイアの夫を殺害したが、これは火星での出来事であった。
だがゼウスもまた、火星で父を殺害していたのだ。
ガイアは息子や孫までが、血塗られた家系である事を胸痛めていた。
巨大な方舟はこぶねで地球にまで同行したガイアであったが、ハデスとの関係悪化をよく思っていなかった。
同時にガイアには物凄い力があった。
「ガイア様がまたしても労働力を生み出されたぞ」
生命の女神ガイアは自身の力で、生命を生み出す事ができたのだ。
そして神々が「労働力」と呼ぶ者達は人間だ。
地球に始まり、世界を征服した火星より降り立ち神々は広大な土地を耕すために労働力を求めていた。
ガイアが生み出す人間は、方舟で共に降り立った「ヒト」という生き物を元に作られた。
ヒトは日本神族の元で暮らしているが、無垢むくで知能などはなかった。
アマテラスや日本神族はヒトに知能を与え続けていた。
記憶や幸福、学習や栄誉など。
しかしゼウスはギリシア神族の評議会で話される、広大な土地を早く豊かにして裕福な暮らしを始めたいと話す神族からの意見を取り入れようとしていた。
自身らが働いて、人間に少しずつ神々の経験を与えていく日本神族とは異なり、ギリシア神族は人間を生み出して仕事をさせるつもりであったのだ。
ゼウスはそんなギリシアの神々からの、多数の要望に答える他なくガイアが生み出すヒトの劣化版である人間を利用しようとしていた。
しかし彼らはガイアの子供というわけだ。
労働力として仕事をさせられる事を良く思わないガイアはゼウスへと抗議をしたのだ。
「大切な子供らを働かせるなんてどういう事なの?」
「お祖母様お許しください・・・神々がうるさいのです・・・」
「連中に働かせなさい!! 神々の王であるあなたが言えば聞くはずでしょう」
ガイアの怒りを無視したゼウスはその後、人間を労働力としてオリュンポスという王都の建造に取り掛からせた。
だがこの一件でガイアの怒りは頂点に達したのだ。
今から語られるのは、ギリシア神族によって巻き起こされた「天上大内乱」という事件だ。
怒るガイアはゼウス達への反抗勢力として、一つ目の神を生み出した。
キュクロプスと呼ばれる神々は、ゼウスらと激しい戦闘へと発展したのだ。
この時ゼウスは、味方である日本神族やアース神族がいればと悔やんでいた。
ギリシア神族のみで戦う事となったこの内乱は、何年も継続して行われたが最終的にはゼウスがキュクロプスなどを倒して勝利した。
敗死したガイアは到達点へ行く事になり、日本神族の庇護下ひごかで暮らしている。
これが天上大内乱という大事件だ。
人間という労働力が確立された事で、天上界は発展して下界にまで人間は産み落とされていったのだ。
一方で日本神族が治める下界の大陸では、虎白がヒトにある事を教えていた。
それは「記録」である。
虎白の兄である八男と、七男の利白りはくと千白せんはくもまたヒトに様々な知能を与えては、生きていく方法を記憶させていた。
そんな鞍馬家もある問題を抱えていた。
シュメール神族から天上界を征服した神々は、到達点の存在を発見した。
その際にアマテラスは下界を治める鞍馬家の八男と、七男の利白と千白も同行させていた。
落ちこぼれとされていた虎白だけは下界に残っていた。
しかしこの事によって到達点に閉じ込められる形となった日本神族は、皆が天上界へ行く事ができなくなったのだ。
虎白と第九軍以外は。
やがて天上大内乱を経験したゼウスは、日本神族の重要性を改めて痛感した事で虎白と莉久を側に置くようになったのだった。
これが虎白が忘れていた記憶だ。
白陸の天守閣で話している神々は、腑に落ちたかの様に静かに酒を飲んでいた。
「はあ・・・そうかあ・・・俺が面倒見てたヒトはどこだ?」
「そやつもハデスに奪われたのだ・・・」
「大敗だなあ・・・ヒトの名前はなんだったかな」
蘇った記憶と、ゼウスによる話しで過去の事を思い出した虎白はかつて育てたヒトの行方を求めていた。
しかしヒトもまた、ハデスによって拉致されたと話している。
落胆する虎白はヒトの名前を思い出せずに困惑していた。
莉久や恋華にも尋ねるが、同じ様にヒトの名前を思い出せずにいた。
「さく・・・桜?」
「さくら・・・なんとかだったかな・・・思い出せそうだが出てこない・・・」
そんなあるあるな、もどかしさに表情を歪める虎白と莉久を見ているゼウスは、静かに酒を飲み終えると思い出せない二柱を見て微笑んでいる。
今となってはハデス率いる冥府と、戦う他ないという事だけが明確となった。
記憶もほとんどが回復した虎白は安心した様子で笑っている。
「まあ記憶は戻ったも同然だ。 テッド戦役までは完全に思い出したし、大陸大戦での事も。 後は白陸と天上界をどう治めるかだな」
「ですね虎白様。 皆にはもう会えませぬが、竹子達と共に夢の実現をなさいましょう」
記憶が消えた事は残念だ。
しかしこうして回復した。
記憶が消えていた事で出会えた竹子達という人間の存在は、今では宝物の様だ。
そして夢である戦争のない天上界の実現こそが、今の目標なのだ。
ハデスと冥府による大陸大戦での怒りは理解できるが、ゼウスに当たるのも見当違いというもの。
撃退するしかないのだ。
そう確信した虎白は酒を飲み終えると、竹子と話し合うために立ち上がったのだった。