リアル脱出ゲーム in 美術準備室
マイナスかけるマイナスがプラスになるのは、数学の奇跡だと思う。
常識で考えて、マイナス同士が掛け合ったところでプラスになるわけがない。お玉さえ持ったことのない弟と、お玉は持ったことがあるけど料理下手な私が作った料理がうまいわけがない。弟に秘められた料理の才能があると言うなら話は別だけどね。
どっちかというと、私と料理上手な従弟が作った料理の方が望みがある気がしないか? それなのに、数学上はプラスかけるマイナスはマイナスになってしまうし……。
…………と、こんなことを考えておりました。現実逃避をしておりました。
閉じ込められた、準備室の中で。
現実逃避の内容まで覚えてるんだから、つい最近のことなのだろう。私は、友人たちに準備室に閉じ込められた。
誤解しないでほしいのだが、いじめとかでは全くない。というか、そんなものに遭遇したことすらないのだ。ブラウン管の中だけの出来事。いや、最近は液晶か。
まず、わたしは美術部に所属している。幽霊部員が支配する、廃れた部だ。新入生がせっかく見学が来てくれたのに、ザビエル似のブルドックみたいな顔の先生が「いらっしゃい!」とかいうから、怖がって逃げてしまった。まだ一人も入ってこない。
さて、私は友人たちと談笑しながらスケッチを行っていた。しかし、やることもなく、なんとも暇である。私はもうそろそろアニメが始まるな……とか考えていた。私の家は中学校から近く、走れば5分もかかるまい。
もうそろそろ帰らんと、アニメに間に合わん。
さすがにそう言うのは恥ずかしかったので、「ウチもう帰るわ」と言って、席を立った。それを見て、髪のきれいな友人(A子としよう)が私の方を見て、口をひらく。
「えー。もうちょっとやから、まっててや」
この一言がなければ、今回の騒動は起きなかった。ちなみに、A子がこの騒動の主導犯である。
しかし、今帰らないとアニメに間に合わない。問答無用で帰ろうとする私。
「ちょっとまてよ! B子、カバン取って!」
そう言われたすぐ後に、わたしの手からカバンが消えた。このB子も共犯である。それを見てK子は、
「おい! そいつほんまに置いて帰るから!」
と言ってあわてる。たぶん中1のころのことを言っているのだろう。その時もA子に引き留められ、奪われたカバンを見捨てて逃げたのだ。後できちんと届けてくれるあたり、まだまだ甘い。そのようなことが2度ほどあった。
2度あることは3度ある。きっと届けてくれると信じ、私はなおもカバンを見捨て、逃げようとする。が、出入り口で靴を片方はいたところで、がしっと力技で捕まってしまった。
はなしてくれぇ、帰らせろぉと叫んで暴れても、2人にはかなわない。A子とB子にあれよあれよと引っ張られ、美術室の隅の扉に放り込まれた。外でガチャガチャと音がしたかと思うと、扉が開かなくなっていた。鍵を閉められたのである。
「そこでしばらくまっとれよ!」
何やら勝ち誇ったような声が聞こえ、悔しくなる。とりあえず隅の椅子に座り、冒頭の現実逃避をした。
しかし私は目覚めた。このままでは間に合わん!
すぐさま立ち上がり、ごちゃごちゃとした美術準備室を歩く。細い長方形の形をしたこの部屋は、わら人形なども置いてある何やら得体の知れない部屋だ。どっかに秘密の抜け道とかがあっても驚きゃしないさ。
奥にある扉をゆすってみるが、開かない。窓を1つ1つ調べてみるが、鍵が硬くて開かない。もうだめかと思った最後の窓。鍵の様子が他の窓とは違う。触ってみると、あっさりと開いた。
よっしゃ! と、思わずガッツポーズ。幸い1階だし、下は自転車置き場で人目もない。落ち葉のクッションだってあるし、靴がないなんて気にしないし!
そう思って、希望に満ち満ちた私は窓を開けた。が、ガコンッ! とすさまじい音がした。
何なんだ今の音。作品を何か壊しちゃった? と不安になり、あたりを見回す。と、原因がわかった。
ガラスの端に、換気扇が取り付けてあったんだぜコンチクショウ。
開く際に、それにぶつかって15センチ以上開かないのだ。登っていた椅子から落ちそうになる位、脱力した。かなり期待してたのに。
まあ、これで美術準備室からの脱出は不可能となった。リアル脱出ゲームをこの年で体験するとは夢にも思わなかった。あんまり楽しいもんじゃないね。物とか壊したら、ほんとに責任とらされそうだし。
まあ、せっかくだから泡を吹かせてやろうと思い、窓のサッシに片足を乗せ、いかにも『今から脱出します』みたいなポーズをした。そのまま待つこと数分。もうアニメは諦めていた。
やがて木製の床が軋む音が聞こえ、ガチャガチャと音がした。様子を見に来たのだとわかり、ポーズに手もつけて、さらに『今から脱出します』ポーズの信憑性を上げる。
「わー! 何やっとんじゃ!」
というA子の声が聞こえ、あっという間に椅子から引きずり落とされる。その隙を見てダッシュ!
が、あえなくB子に捕まる。
結局、友人たちと仲良く並んで帰ることとなった。それも、カバンをリード代わりにつかまれて。というか、これが仲良く帰るって言えるのか?
しかし、やっぱり私は手を振り払い、ダッシュで逃げ出す。「もう捕まえねーよ!」とか言う声が聞こえた気がするが、走り続ける。目指すは家。目指すはアニメ。
家に帰り、すぐさまテレビの電源をつける。聞こえてきた音楽。なんだ、まだオープニングかと、胸をなでおろした。
でも、なんか違和感ある。
なんだろう。
ふと気がつくと、それはエンディングテーマだった。
どうも、時計堂です。
実話ですね。あなたも美術部に入ったら同じことが起きるかもしれません。
しかし、その部屋には何体ものわら人形が置いてあります。美術のためだとわかっていても、怖いです。先生と合いすぎて、さらに怖いです。丑三つ時に来てないですよね?
それでは、また御縁があったら。