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Hav av herdar(羊飼い達の海) 前編

作者: 水底に眠れ

1948年6月26日  



 今日は土曜日の夏至祭。白樺の木を草花で飾ったメイポールと呼ばれるポールを立ち上げて、訪れる夏を喜ぶお祭りが行われる。乾杯スコールの掛け声都と共にシュナップスの乾杯を交わし、メイポールの周囲では着飾った大人や子供たちが手を繋ぎ、輪を作ってダンスをする。そうか、君と初めて手を握ったのもその時であっただろうか



『・・・き・・・ね、・記者君!従軍記者君!』



 重苦しい響きの声に呼びかけられて、故郷の美しい景色が遠くに消えていく。激しくうねる海上、むせかえるような硝煙の匂い、生臭い鉄さびのような味に脳が覚醒していく。一体何が、一体どうして俺はこんな格好で寝ているのか思い出そうとする。頭が痛いし、ぐわんぐわんする。そして目の前のメイポールが別の像へと変わっていくが、私は其れの認識を拒んでいた



『め、メイポールが・・・』



 その形はある程度見知った形へと像を結んでいく。あれは、あれはイェータ・レヨン。そんな、そんな馬鹿な!満載9000t近くある我が国の最新鋭軽巡、その船体が2番煙突後部からへし折れ、屹立し、今まさに沈まんとしている。あまりの情報に頭の処理が追いつかない。どうして、なにがどうなったのか・・・





事の始まりは、1936年のスペイン内戦から始まる一連の流れを発端とする

スペインでの内戦に欧州諸国は介入を行ったが、結果的にはフランコの事故死やコンドル軍団の全滅により人民戦線がスペインでは勝利を納めた。問題はそれだけに収まらず、人民戦線へ支援をしていたフランス国内へも同様にボルシェビキズムの侵入が行われ、パリコミューンの再興に伴う政変によってフランスは瞬く間に赤化していった。

 この活動は再革命リ・レボリューションの名のもとにアメリカへも輸出され、アメリカ東海岸での大規模な黒人暴動が発生するに従い、アメリカ国内は先鋭化して白人至上主義と反共の御旗の元ドイツへと支援を始めた。

アメリカというスーパーパワーの支援を得ることの出来たドイツは、その後ろ盾を元に周辺諸国を統合しつつ大ドイツへと伸張、ついには生存圏を拡大するべく1939年9月にポーランドへ宣戦布告し、対するボルシェビキズムの大元であるソ連も、ポーランド人民の保護を名目にドイツへと宣戦布告。ついに第二次世界大戦へと発展していくのである。

そのさなか、デンマーク王国のみへの宣戦布告を行ったドイツに呼応し、その支援の為としてグリーンランド・アイスランドの占領を行ったアメリカに大英帝國は大きな不満を示し、その対立構造を深めて相互の自衛と独立の為に王室外交を展開、別軸の反共陣営を構築していくこととなった。

特に、本土が両陣営から圧力を受けているベルギー・オランダ両王国はすぐさまその意図に賛同するとともに、その国力の源であるアジア・アフリカ方面の安定とアメリカへの牽制の為に日本・イタリアとの融和をイギリスに求め、1941年8月15日ついにマルタ島沖の戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦上にて結ばれた憲章をもって諸王国連盟(League of Royals)と呼ばれる陣営が成立させる事に成功した

それから8年もの間、独ソ戦は一進一退を繰り返し、ありとあらゆる資源と人命を飲み込んで現在はポーランド領内で戦いを続けている。

そんな中で武装中立を旨とした我がスウェーデン王国はというとノルウェー王国と共に諸王国連盟には加盟が遅れていた。少なくとも日伊ほどの地勢や国力的な優位性が無い以上は、自国の主体性が失われてしまうという危機感からだ。そしてソ連との距離がフィンランドを通して地続きではなく、またドイツともバルト海を経て近くはないというのもその理由にあった。すくなくともソ連にしてもドイツにしても、自国領内にやってくるには時間がかかる。そういう認識であった

しかし時代はそんな態度を許さなかった。ソ連は1808年の第二次ロシア・スウェーデン戦争により一時的に占領していたゴトランド島の領有権はかねてよりソ連側にあるとし、その割譲と国土上での航空機の通行権をいきなり求めたのである。

これを我が国は突っ撥ねた。それが昨日の事。そして本日未明、ゴトランド島ヴィスビュー空港へソ連軍のものと思われる空挺部隊が降下、これに砲撃支援と兵力増援を目的とし出撃してきたソ連バルト海艦隊を阻止せんと、情勢悪化に伴いカールスクルーナ市からストックホルム郊外のハーニンゲ市へ進出していた沿岸艦隊の軽巡ゴトランドへ、SvDの従軍記者として私は慌ただしく乗り込んだのだ




『生きておるなら立ち上がりたまえ。やってもらうことがある』



 私をこのロクでもない現実に引き戻したのは、艦長その人であった。艦橋はついさっきまでもっと人がいた筈だが、今では露天かつ散乱した死体がいくらか転がる有様に成り果てている。そうか、砲弾を艦橋に被弾したのか。他に人は見えない。林立する水柱に艦は今も揺れている


『君には舵をとってもらう。記者として物見遊山にはもってこいの最上席だぞ。やり方は教えてやる』


 嬉しくもない冗談を飛ばす艦長に皮肉の一つも言いたい所であるが、艦橋で五体満足な人間が私と艦長だけなので、胃からこみ上げてくる酸っぱいものを堪えつつ舵に就く。艦長自身は伝声管に張り付き、艦内部及び通信室からの連絡に対応している。あれは俺には逆立ちしたって出来やしない



『記者君!レヨンを避けるぞ、舵を右に軽く回してしばらくしたら左に当て舵をするんだ!』

『艦長!この戦い勝てますかねぇ!?記事が書けないと私らは商売にならんです!』


 ひっきりなしに砲撃を続ける正面の連装砲にかき消されないよう、大声でやり取りをする。二つ折りになったイェータ・レヨンはもう殆どその船体を水面下へ消えさせているが、人間を含む漂流物を避けねばならない。スクリューにでも巻き込んで速力を失ったら、なお袋叩きだ


『勝つさ記者君!勝たなければ君の記事を載せる新聞自体が無くなるだろうからな!機関紙プラウダで良いなら可能性はあるだろうが!』

『冗談じゃないですよ!私の犯した犯罪行為を告白します、なんて冠頭詞をつけなきゃいけなくなる!』


 今度は相手の砲弾が作り出した水柱に突っ込んで水浸しになる。くそ、元気にぶっ放してきやがって!こっちが苦しい時はあっちも苦しいなんて言葉があるが、本当かよ!?と毒づきたくもなる。今、俺たちはどういう事になっているのか。艦隊旗艦の方に乗り込めば良かったのだろうけれども、そっちには許可が下りなかったのだ。隊列の一番最後尾であったゴトランドからは、前方を進む艦隊が着弾に伴う爆煙に巻かれているのばかりが見えるだけだ。そしてゴトランドにしてからが優位な状況にはない。くそ、スウェーデンにはこの艦隊以外はストックホルム防衛に置いてきたオンボロの装甲巡の艦隊しかないんだぞ!?





同刻 赤旗勲章バルト艦隊第2戦隊旗艦 重巡洋艦クロンシュタット



『おおよそ先手を取ることが出来たか』



 敵軽巡が爆沈したという報告に対して、そう安堵する同志提督の言葉を私は聞き流した。少なくとも上手くいっている時に政治委員として口を挟む事はしない。それだけの努力を同志提督はして来たのだから

 この作戦は、まず空軍が長距離進出可能な戦闘機としてLa-9の実戦配備が整いつつあった事が背景にあった。この航続力を生かせば、ゴトランド島からスウェーデン領内を通ってヴィルヘルムスハーヘン沖合まで進出して帰ってくることが可能であり、アメリカからアイスランドのレイキャビクを経て送り込まれてくる戦略物資を積んだ船団コンボイ。通称RW船団を攻撃することが可能になるのだ。

 勿論、ブレストから出撃するパリコミューンの赤色フランス艦隊とムルマンスクの北方艦隊が行う通商破壊戦もドイツに対して痛打を与えてはいるが、相応にドイツも対応を行っており、遮断となるともう一手が必要とされていた。しかし、大動脈たるここを断ち切れば間違いなくドイツは滅ぶ。しかもスウェーデンは悪しき帝国主義者どもの一党に加わってないとなれば、やるなら今しかなかった。

 空挺部隊による強襲を第一段階として、艦隊主力の戦艦ソビエツキー・ソユーズをあえてレニングラードに待機させ、またマラートやガングートを対地支援に出した上で本艦を中心とした快速艦艇による奇襲的な前線進出を行うなど、多くの調整を完璧にこなしている。文句のつけようがない



『敵旗艦よりの主砲弾、来ます!』



 右舷側の見張り員が叫ぶ。後方で乱戦を開始している駆逐隊を残し、我が第2戦隊は本艦クロンシュタット以下、チャパエフ、チカロフ、ジェレズニャコフ、オルジョニキーゼ(旧名レーニン)の5艦に対し、スウェーデン側はのスヴァリイェ級グスタフ5世を旗艦として同級3隻、及びトレ・クロノール級軽巡2隻にゴトランドの合計6隻が対応しており、本艦には数的優位から敵の2隻の海防戦艦からの射弾が集中していた。そんな中で会敵してからそれほど時間を置かずに敵軽巡を撃沈する事に成功した。これで数の上では平等イーブンになったわけだ



『敵艦を沈めたジェレズニャコフは、チャパエフと対峙している海防戦艦を狙うように調整させたまえ』

『ダー!』


 敵弾が作り出した水柱を掻き分け、クロンシュタットの主砲が唸る。その合間を縫って提督が命令を下すが、それをかき消すようにさらに水柱が4つ。おおよそ30秒間隔で敵方より砲弾が降ってくるが、命中弾は今の所ごく少数かつ、クロンシュタットの230mmの舷側装甲帯に弾かれているか、右舷側の高角砲を吹き飛ばした程度で済んでいる。

 唯一の不安材料は先ほどの海防戦艦と対峙しているチャパエフがその砲撃に耐えきれるかどうかの問題であるが


『チャパエフ被弾!2発の模様!』



 好事魔多しともいうべきか、心配した矢先にこれである。艦橋が一時的にざわつくのを、同志提督が手を挙げて制止する


『被害報告を上げさせたまえ。彼らは格上の相手と戦っておるのだ、無傷で済まそうなど虫が良すぎる。諸君らは彼らを救いたくば前面の敵を早急に打倒するのだ。それは本艦の責務である。そうだろう諸君!』

『ダー!!!』


 これではどちらが政治士官かわからない。艦内の士気などの維持は政治士官の職責の内にあるのだが、この同志提督はそのあたりも上手いため、仕事のしようがない。


『チャパエフから報告!缶室の一つを失うも、航行、旗艦への追随に問題なし!第一砲塔正面に命中も、これをはじき返しました!ただ、内部砲員に負傷者が多数のため、しばらく砲撃不能との事!』

『はじき返した・・・!?』


 その報告に歓声をあげる周囲の中、私は呻く。なんたる幸運か、相手は小型の海防戦艦とはいえ持っている砲はその名の通り戦艦のそれである28センチ砲であるわけだから、これでかなりの損害を受ける事がありえたはずだ


『そのためのこの交戦距離だ、そうでなくては困る。政治士官、彼女たちの装甲はその言われている数字の責務を果たしてくれたようだな』

『は、左様で。偉大なる党の指導の賜物かと』


 と、いきなりの指名にしどろもどろになりつつ答える。

 そうか、接敵する際に逆八の字に接近する航路を取った同志提督の意図は、自艦隊の優速を生かして敵艦隊の頭を抑えようとすることにより、敵艦隊の不必要な接近を阻止したうえで、同航戦を取らせる事に成功させていたのだ。

 それは距離にして2万メートル。この距離での敵の砲撃は150mmの貫通力を割り込む、実際の戦場では落下角度、及び、相手が移動目標であるから苗頭の関係上斜めに着弾するから額面上よりさらに貫通力は落ちる。同志提督はそこを見越して相手をコントロールしたという事か・・・!


『なんてことだ』


 その事実に行きついてさらに呻く。そこまでこの同志提督は読んでやっているのだ、そしてそれが無くば無駄に被害を増やしていた事であろう


『大規模な海戦経験のある政治士官は未だ数が少ない。いや、我が軍の将兵全体がか。励まねばならん。実際、命中率は本艦で言えば未だ良とは言えぬ』


 小声で自分にのみ聞こえるように同志提督はそうつぶやく。海戦が始まって30分程度、未だクロンシュタットが得られた命中弾は1発のみ。命中率はまだ1%にも満ちていない。これはまだクロンシュタットが就役してそれほど時間が経っていない新鋭艦であることを加味しても、巡洋艦以下ならともかく遠距離とは言えないこの距離でそれなのだからもっともとしか言いようがない。しかも、相手はたいして回避運動をしていない。これは相手にとっても集中射によって素早くこちらを無力化したい上に、海防戦艦であるがために主砲門数が少ないため、そうせざるを得ないのであろう。

 今現在は好材料の元に砲戦をやっている。それでこれなのだ、やる気が出ている今を継続させないといけない。アジテーションが必要なのだ。これが不利な状態になった場合どうなってしまうのか考えたくもない。政治士官だからといって、いつもかつも銃で督戦する事を好むわけではないのだ


『心して学ばねばなりませんな』

『期待しているよ』


 しかし、とも思う。連中、持ってる主力艦の全部をすり潰しても良いと考えているのであろうか?我が国の主張としては寛大にも交通権と島を譲れとしているだけだが、ヒトラー(ギットレル)の連中が我々の意図を察してさらにゴトランド島の航空基地を潰しに来た場合、更にノルウェー本土へも足掛かりを立てる事を計画に含めている。連中はその防衛のための戦力すらすり潰しかねない状況にある。そろそろ引き上げても良い頃合いではないのだろうか?

 まぁ、ゴトランド島にしろノルウェー本土にしろ、連中のすり減り続けている短足のドイツ空軍がその戦力を差し向けてくるのなら、その分我が赤軍の正面に来る航空支援が少なくなるわけで、それもそれで我が軍の勝利がぐっと近くなる事請け負いである。この作戦、どう転んでも我が国にとっては旨味しかない

 ノルウェーからすると、どう足搔いても悪い方向にしかならないはずなのに。諦めが悪いのは古めかしい王政に固執するが故だろうか?進歩のない奴らめ



『命中!命中!敵艦を夾叉しました!』

『ウラー!!!』



 見張りの報告に皆が歓声をあげる。良いぞ、良いぞ!どうせ連中が逃げ出そうにも、あっちの主力艦の足は鈍足だ。差し出してくれるなら全部食っちまえば良い。喰われて我が艦隊の練成の糧になれ!


『諸君!我々は先達の汚名を雪ぎつつあるぞ!撃て(アゴーイ!)撃て!(アゴーイ!)』


 今度はこっちが日本人ヤポンスキーのように艦隊全滅を呉てやるんだ


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


1322 第1水上戦小艦隊旗艦 HswMSグスタフ5世



 細かい振動が艦橋の窓枠を震わせる。どす黒い水柱が右舷、左舷両方に立ち上がっている。ついに来るべき時が来てしまったともいうべきか


被害報告(スカードラポート)!』


 水柱に対する振動とは別な振動があった。しかし、先ほどの船体に対する命中弾よりは受けた衝撃は小さい。船体上構への被弾であろうか


『夾叉されたか』


 これで本艦は進退窮まった。艦を左右に振らせる回避行動を採らない限り加速度的に命中弾は増加していくことであろう。そして、敵と較べて装甲だけでなく排水量的にも根本的な耐久性の差がある。命中弾こそこちらが数を与えているが、どれだけ損害を与えたか怪しい所だ。


『報告!命中は煙突!煙突消失!排煙が後部マストを覆います!』

『艦長、速力は落とすなよ』


 スヴァリイェ級はそれぞれ煙突に近代化改修後は特徴があり、グスタフ5世の煙突は1番2番煙突双方を集合させた特に異なる姿をしていたが、それが吹き飛ばされて短い2本にされたわけか。それに排煙の熱で人が居られ無くなれば後部指揮所の観測が使えなくなる。ただでさえ本艦とドロットニング・ヴィクトリアでの集中射で命中率は落ちているのにこれは痛いが、それを抑えるために速力を下げてしまうわけにはいかない。グスタフ5世は旗艦で先頭であるから、ここで落伍することは全体の動きを阻害することになる


『スヴァリイェ射弾集中!水柱と被弾につき観測困難との伝達!』

『提督、ロシア人の奴ばらめは好き放題にしてくれておりますな』


 次々と入る報告に艦長が肩をすくめて苦笑して見せる。こっちが集中射をしても所詮8門にしかならないのに対して相手の大型軽巡2隻が相手ともなると合計24門が矢継ぎ早に放たれるわけだから、スヴァリイェは敵の命中率が減ったとしてもこういう事になるのは予想がついていた。イェータ・レヨンの早すぎる爆沈こそ想定外であったが、こうもしてやられるとは


『なかなかどうして、ロシア人もやるときはやるものだよ。我々は楽をし過ぎたらしい』


 状況の変化に追いつけなかった。楽をし過ぎた報いを今我々は受けているのだ。そして本艦以外の状況も集まる限りでは芳しくない。以前私が将旗を掲げていたドロットニング・ヴィクトリアこそ無傷で気を吐き続けているが、状況は最悪を通り越している。ここで我々は全滅するだろう


『どれくらい持たせられそうだ?艦長。駆逐隊の方も酷い事になっているようだが』

『芳しくはありませんな。こちらを食い止めれば良いわけですから、連中の駆逐艦は魚雷を遠慮なく放り込んできたようで。確認出来ただけで既に3隻が失われています』


 連れてきた2個駆逐隊、8隻のうち3隻が失われ阻止線を突破できずにいるのだ。たとえ突破したとしても待ち構えているのはあの大型軽巡洋艦の火網だ。とても魚雷の射点まではたどり着けぬであろう

 

『本艦としましては、現状を維持されるのであれば30分持てばよろしい方かと。そこからは滅多打ちになります。沈没まで、となりますともう少しかかりますでしょうが』

『まあそんなところか』


 現状認識は艦長と同一であることを確認する。砲弾で沈没まで至るにはよほどの事が無ければそこそこの時間がかかる。火災や傾斜による注水が始まるとそうもいかないだろうが、限界点はそのあたりだろう。その間にどれだけ相手にダメージを与えられるか。砲弾の威力を上げるための接近が出来るか?いや、それはこの艦の速度では適うまい。目ざとい敵将がそれを許すはずもない。安全距離を維持しようとするに決まっている


『このフネでは奴らに勝てんな』

『口惜しい話ですが』


 わかっていた事だ。だがそれでも国土の保持の為には出撃する以外の選択肢は採りえなかった。もう少し、もう少しだけはやれるとばかり思ってはいたが、このままでは大型艦は1隻も道連れに出来ぬままスウェーデン海軍は主力水上艦艇を全て失うだろう。そしてゴトランド島の主権も失われる。


『ここに至っては尊厳の問題かね?』

『一応、各艦艇の艦長には座礁しての戦闘継続も含ませてはあります』


 艦長の言に頷く。うまく浅瀬に乗り上げる必要もあるし、なんにしても発電機を動かすための機関が無事である必要がある、が


『いつぞやのドイツ人の真似事を我々がする羽目になるとはな』


 第一次世界大戦の時分に発生したゴトランド島沖海戦。おそらく後の世では第一次という冠がつくであろうが。で、ドイツ帝政海軍のアルバトロスはロシア人の手により大損害を受けてゴトランド島に座礁して放棄されたのだ。その同じ轍を我々も踏まざるをえないというのか


ズガガガッ!!ドカンッ!!


 再びグスタフ5世が大きく揺れる。艦橋に居たスタッフ達も立っていられず何かに掴まったり、転んだりしている。しかし、それだけで済んでいるという事は命中は艦尾か


『応急対応班急げ!まだまだこのグスタフ5世を沈めるわけにはいかんぞ!』

『後部主砲塔被弾!砲員全滅!修理不能!』


 艦長が伝声管に叫ぶと、そのあとに凶報が続く。そうか、砲力も半減したか。予備命令を出しておくべきだろうな。いつこちらが指揮能力を喪失するかわかったものではない


『伝令・・・!伝令・・・!』


 煤にまみれ、腕を抑えた水兵が転がり込んでくる。被弾の際にラッタルを登っていて衝撃で落ちたのだろう。顔にも痣が出来ていて腕だけでなく酷いありさまだ。動かない手の方には電信綴りが握りしめられている


『ご苦労。おい、誰か彼を治療してやれ』


 綴りを直接受け取って艦橋内に引き入れてやる。そのままでは通信室に戻るのも難儀するだろう。みるみる顔色も悪くなっていく、その現実から目を逸らすように電信綴りへと目を通す。これは・・・



『・・・・』

『提督?』



 海軍省から艦隊宛てに送られた電信綴りにはETA(到着時刻)及び呼出符号コールサインのAZと共にこれだけが書かれていた




《花嫁ハ雷雨ト共ニ来タリ》、と



後編に続きます


感想、評価等ありましたら、お待ちしております






実はこの作品な、一番ひどい目にあうのはオランダなんだ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 投稿お疲れさまです。 [一言] ひどい、オランダが一体何をしたっていうんだ() 君の立地がいけないのだよ、ってとこでしょうか。 なんというか、えげつない世界線ですね。 8年も独ソ戦やって…
[良い点] 御参加ありがとうございます。 [一言] 中立国スウェーデン海軍とソ連の海戦とは、皆さま本当予想もしない斜め上な作品書いてくれますね(褒め言葉) 果たして海戦の行方は!?そして後書きの意味…
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