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繰機師たちの狂騒歌《ジャンプ・ブルース》  作者: 柑橘系プラスチック
シデン編 第1話 薔薇とダイヤモンド 
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04.空中分解

「あぁら……動かねェのかよォ。直情的な割には腰抜けだねェ……じゃあこっちからいってやるよォッッッ!!!」


 戦いの火蓋は及び腰になっていたシデンではなく、ハーヴによって切られた。

 天高く掲げられていた『炎の剣』が、レイピアのようにシデンに向けて構えられる。距離にして二十メートルは離れた、剣戟など考えられない間合いで。


「怖がりつつも刃向かって来たいい子チャンにサービスをやるよ。そろそろ一発目いくぜェ……ッ!」


 耳に届く微かな嗤笑ししょう。シデンは己の視神経を全力で稼働させた。炉にくべられた薪よりも赤い剣身が、ゆっくりと振るわれていく。独特な残光ざんこうを伴って白く濁った蒸気を裂いていく。


 第六感が働く、ぞくりと肌が粟立つ。不味い、不味い、不味い!


 剣が空を切れば、虚空から出現するは鋭き(せん)()

 空間を断裂しながら、猛然たる速度で飛来する。


「うっ、おおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 叫びで己のリミッターを外す。

 感覚が齎した本能に従い、斜め前方へと身を投げ出した。

 炎の刃は、シデンが飛び退く前の位置を切り裂いていく。


「はぁーッ、はぁッ、くっ! ――危なかった、一瞬でも判断が遅れれば、消滅していたッ……!」


 間一髪で避けたシデンは着地後すぐさま立ち上がり、目の端で飛来した刃の辿り着く先を確認した。弧月のカタチをした炎は飛び退いた場所を通過し、建造物に衝突した。炎の刃は物体を焼壊させるよりも早く、土と煉瓦を溶かし、やがて発火。背後に纏わりつくような赤と白と黄の光源を作り上げる。回避に失敗していた際の末期まつごは想像に難くない。


「おっほぉッ! やるじゃあねぇかァ! それじゃあ今度こそォ……テメェを蒸発させてやるよォオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「くっ……!」


 まさか躱されるとは思ってもいなかったのだろう。ハーヴはむしろ僥倖だと言わんばかりに哄笑した。まだ遊べると、驚喜に全身を震わせていた。

 桁違いの力に後ずさりしてしまいそうになる。呑まれるな、狼狽してはいけない。頬を張る余裕はないから、背中に走る怖気は無理矢理気合で振り切った。相手を睨み続けることで、膨れ上がる絶望を磨り潰していく。

 雨と熱気で呼吸が苦しい。口から浅く空気を取り入れた。呼気が脳に回ることで平静であろうとする自分が少し戻ってきた。

 よし、これで立ち向かえる。

 まずは、速度で優位に立たねばならない。相手が次の行動に移る前に自らを整える。

 ハーヴを見据えたまま、シデンは詠う。


「《魔力発剄まりょくはっけい速駆之一はやあしのいち》――ぐっ……おおおおおッッ!!」


 魔力の奔流が指先、爪の繊維質にまで駆け巡る。シデンの使う肉体強化魔法は筋肉と神経を増強するもの。奇跡を可能とするための少なくない対価を払う必要があった。身に余る力によって体は悲鳴を上げる。灼けるような痛みと併せて、みしみしと筋肉が軋む。

 魔法の接続を切らなければよかったと考えるのは無意味な行為だ。置かれた状況など刻一刻と変化していくものであり、何が正しいかはその時々で決まる。反省は戦闘中にするものではない。


「オラ、オラァッ! 逃げ回れ逃げ回れ逃げ回れよォオオ!!!」


 一閃が闇夜を明るく照らし出す。続けざまに二閃。

 現状シデンに出来るのは大振りな回避のみ。掠ればたちまち骨まで溶かす炎、最小限の移動では見誤った時にどうしようもなくなる。腕に掠ったり、足をとられて痛みから行動不能に陥るのは本当に馬鹿馬鹿しい。


 しかし幸いなこともある。飛来するものは炎の・・・だ。刃……つまり武器が剣である以上、颶風ぐふうの行方も扱い手の技量に依るところが大きい。これまでの三つの閃きで相手の熟練度は推し量れた。少なくとも達人と呼ばれる域には無い。ならば剣闘と同じように立ち回り、躱すことにだけ集中すれば時間は稼げる。


「くそっ……!」


 視界が著しく悪い。魔法の豪雨が高密度の炎によって瞬時に蒸発し、両者の目の前を蒸気が覆うのだ。高密度の霧に包まれているような

 乱雑に振り回されているように見えるが実は違う。ハーヴは的確にシデンの移動先に炎の刃を放っていた。徐々に追い詰められるのが必定だった。


 荒れ狂う炎斬の乱舞を潜り抜けながらシデンは策を練る。炎刃もそうだが、矢を焼滅しょうめつさせた謎の防衛機構も確認しておかねばならない。死を潜り抜けた先でカウンターを喰らって命を落とすのでは意味が無い。


 どう考えても戦力の差は圧倒的。

 大物食いをするために必要なのは、隙を突くにはどうすべきか。

 このままでは、埒が明かない。ならばこの時だけは、切り替える、命を賭ける。

 一瞬でいい、騙し合いで相手を上回るために――!


「くっ、おおおおお!」


 首を狙う横薙ぎの一撃を滑走しながら潜り抜ける。躱したと安堵するも束の間。二発、三発、四発が立て続けに飛来。横の刃に袈裟と逆袈裟。十字に交差されてシデンを溶かそうと迫り来る。猛火を前にしながらもシデンは最小の回避半径を計算し、一発目の袈裟はサイドステップを距離をとり、体をのけぞらせてやり過ごす。

 間髪入れずに飛んでくる二発目の逆袈裟、そしてほぼ同時に足を掬うような特大の横一文字。回避の可能性は絶無――では無い。強化した脚力で、やや後方へと跳躍。家屋の壁へと着地し、三角飛びの要領で空中へと躍り出る。紅蓮の光彩がシデンの背後に舞う


「ぐっ……はぁっ、はっ、はっ、この程度で……終わるかッ!」

「ハッハァッ! やるなァ、お前ェやる! 面白ェエェエエ!!!」


 雄叫びを上げるハーヴは、その実一歩もその場から動いていない。この程度で十分だ、と『炎の剣』を振り続けている。

 シデンは遊ばれているのだ、だがそれも仕方ない。隔絶した戦力の差、相手が武人でもなければ侮られるのは必然だ。

 回避するだろう場所を予測し、炎を先置きしたり、出力を落とすなりして、攻撃速度を上げて、シデンの処理速度を上回ることなど容易いはずなのに、ここぞという箇所では殺す為の労力を惜しむ。しかし、シデンは憤らない。冷静に状況を判断すれば見えてくる、寧ろここにこそ付け入る隙はあるのだと。

 八斬目、九斬目、出来る限り被害の少ない方向に炎刃を誘導しながら。

 横ではなく、縦に振られるタイミングを待ち。


「上手ェ上手ェよお前ェッ! なら踊り狂え、ひゃはははははははァアアッッッッ!!!」


 次で、十斬目。

 剣で大きく前方を、斬った。

 霧の裂け方で分かる。間違いなく縦斬り。

 ならば、好機――


ッ!」


 胸元に隠していた短剣をハーヴへと投擲する。艶消しを施された黒き刃が目指す先は、致命となりうる人体の急所、眉間。


「見え空いてんだよォ!」


 シデンの一挙動にハーヴは鋭く反応し、剣を天高く掲げる。霧に紛れてはいるものの、矢を放ったときと同じ赤光が閃いた。

 短剣は激しい火花と共に燃え、蒸気に紛れるようにして散逸していく。

 これで、足掻きは終わり――な訳があるか!


「連撃、穿てッ!」


 シデンは横っ腹を狙うために丸く弧を描くように走りながら、袖口に忍ばせている暗器を指の合間で握り込むようにして二つ引き抜いた。引き抜く挙動そのままに一本目を肩口に向かって放つ。続いて二つ目の暗器。最速ではなくわざと遅らせて、シデンの手の平から放たれた。広場という舞台の利点、遮蔽物が存在しない点を逆手に取った波状攻撃。


「チィッ、しゃらくせえ!」


 極小の棒杭に似た暗器と、先に投げた短剣との大きな違いは一つ。風を裂く音が殆どしないところだ。対象を無音で仕留める為に考案された武器は、何処から飛んでくるのか、いつ着弾するかの判別が非常に難しい。

 それに闇討ちでなくともこの視界条件だ、相当に有効な牽制手段として機能する。並みの武芸者であれば打ち寄せる杭に集中せざるを得ず、まず二の足を踏むことになっただろう。


 しかし、ハーヴは焦らない。

 剣を掲げたままのハーヴから、またもやこう、と焼き付くような光が迸る。


凝守ぎょうしゅしろォッ!」


 闇夜に目を凝らす。突如薄い皮膜のようなものが、ハーヴのおよそ半径五メートル周囲に張られた。主へと牙を剥く凶手を弾かんとする壁。矢も短剣も壁に燃やし尽くされたのだろう。


「確かめておいて正解だった――!」


 一本目はハーヴに届く寸前で、矢と同じように爆ぜ散った。ここまでは想像通り。短剣の時と比べてもさしたる変化はない。この調子であれば二本目の棒杭も同じ道を辿るだろう。


「ちィッ――再凝守シルトォッ――ッ!」


 だから、ここからが、本番だ。

 結界再構築の詠唱が為される。シデンとてこの程度の技でれるとは思っていない。これは無作為の牽制ではなく、必勝の布石。相手を確実に倒すために、結界についての情報が必要だったのだ。

 あの炎の結界の効力についてシデンは二つ考察する。

 一つは、一度だけ自身の周囲に絶対防御を展開できるという可能性。だから一度弾いたらまた、掛け直さなくてはならない。

 二つに炎の結界には耐久力があり、損害を受けた分をかき消すため、その都度かけ直している可能性。

 そしてどちらにも共通して言えるのは、剣を天に掲げて詠唱する必要があること。もし結界が二つ目の特性を持っていたとしても、損害を加えてから通過するのなら、耐えられる公算が高いだろう。


 死の確率は低くない。

 だがしかし、現状最も未来のある作戦はこれだ。

 戦力が拮抗しているのならば、もっと安全な策も見出せるかも知れない。絶対安全な策など勝負の世界には無い。技の見切りが完全でないとしても、八割方信頼をおけるのなら、覚悟を決めるしかないのだ。


 今、結界に杭が飛び込んだ。鉄を激しく擦り合わせるような音が響く。

 二本目が燃え尽きる、その瞬間。シデンは跳ねた。

 考えた策は恐ろしく単純明快。

 周囲を守られるよりも早く、自分も同じ効果範囲に入ってしまえばいい――!


「――貰ったッ!!!」


 一撃の間合いはとうに計り終えている。ハーヴの懐に潜り込むためシデンは稲妻のように疾駆した。革靴の底が摩擦で軋んで破裂するような音が耳に入る。大地を砕かんばかりの踏み込み。

 走るなどとは形容できない。雨粒と熱気を振り払いながら、時を縫う殺意と同期した一陣の風がハーヴへと吹き荒れる。


「なッ……!!!?」

「遅いッ!」


 ハーヴが驚愕するのも無理はなかった。たった一呼吸だけで点と点を瞬時に移動するかのような超加速は、もはや時間跳躍にも等しい。シデンがそこまで出来るとは微塵も思っていなかった。

 シデンは刹那のうちにハーヴとの距離を詰めていた。既に掲げていた剣を下げ、迎撃態勢に移ろうとしていた。


 死合の行く末を決定づけるターニングポイント。


 空中で半身に、捻りを加えて構え、、柄に手を添え。


 そして今、眼前へ――


 加速の頂点に達したと同時に、右手がぶれる(・・・)。常人には知覚できない速度の抜刀術。古に伝えられし、魔法に非ざる武術の極点。刀術における絶技のひとつ、居合抜き。


「受けろ一刀ッ……『回雪かいせつ』――ッ!」


 白刃は雨露を弾きながら紅の闇夜に閃く。抜き放たれた刀は澄み切った風切り音を纏いながら、ハーヴの首元へと喰らいついた。

 巻き起こる刃風は烈火を貪り――二人の間に氷華ひょうかが舞い散った。

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