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繰機師たちの狂騒歌《ジャンプ・ブルース》  作者: 柑橘系プラスチック
シデン編 第1話 薔薇とダイヤモンド 
4/7

02.NIGHTLIFE

 ――耳が壊れそうなくらいの大きな音が家のすぐ近くからして、思わず私は飛び起きた。

 

 窓の外を見れば、そんなことを考える余地なんて消し飛ぶくらい、『私の日常』が居なくなっていたから、驚くより先に唖然としたの。誇れるぐらいに風光明媚で穏やかだったあの街が、あっと言う間に崩れ去っていたんだから。

 

 『平和』が消え去るのに必要な時間って、瞬き一つで良いんだな。

 馬鹿みたいな自問が私の心臓の深い所を容赦なく責め立てる。

 それまで生きてきた中で深く考えたりすることなんて一切無かった、自分の命に迫る危機……目の当たりにした私は、怖くて怖くてベッドの中で竦み上がっていた。

 めらめら燃えて、がらがら崩れていく街並みを、泣くことも出来ずにただ眺める。胸を占めていく沸々とした感情が私を蒼褪めさせていく。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い――!

 

 何でこんなことになっちゃったんだろう、何か悪いことしたのかな、誰か知ってたら教えてよ、と叫びたくなる。腕に抱えた枕に顔を(うず)めて、無理やり周りを見えなくして。

 それぐらいでどうにかなる訳でも無いのに。


 お願い……誰か、お願いだから助けてよ……!

 きっと見てくれてる神様へ、縋る気持ちで祈ろうと指を絡めたとき、ハッとする。

 急速に鮮明になる私の脳内。私の大切な人は――、


「そうだ、お父さんお母さん……!」


 そして、シデンは何処に居るの――?


 震える体で立ち上がり、おっかなびっくり僅かな距離の廊下を歩く。辿り着いて直ぐ彼の部屋の扉をノックした。

 ねえシデン、返事して。お願いだから傍に居て、怖くてどうしようもない私を何とかして、そう願った。

 でも、一向にドアは開かない。恐る恐るノブを回す、鍵は掛かっていなかった。

 

 動悸がひどい。苦しい、うまく息が出来ない。

 はあはあと喘鳴を繰り返しながら入るよと声を掛け、恐怖を断ち切るように思い切り扉を開け放った。

 目の前が真っ暗になる。中には誰もおらず、窓から入る風が薄手のカーテンをはためかせていたから。

 

 なんで、こんなときに。力を失いぺたんと床に座り込む私。裏切られた訳じゃないって分かってる筈なのに、どうしても心細くて仕方がない。


「……っ!? 何、今の音……!」


 まるで何かを蹴破るかのような、重々しい響きが階下から聞こえた。


「――オオイ、町長は居るかァ?」

 悲嘆に暮れていた私に飛び込む恐怖。とても乱暴な扉の開け方、荒っぽい下品な口調、あれは絶対にシデンじゃない。それだけは絶対に間違いなくて、全身が勝手に震えだす。


「……シデンと名乗っているだろう少年を出してもらおうか。ここで匿っているというのは分かっている。彼の者を差し出せば……」

 なんでここでシデンの名前が出てくるんだろう。見ず知らずの男の人の声がそれなりに広い家の中で反響して、怖さと疑問を増やしていって、私の心をささくれ立たせる。


 ねえ、どこに行っちゃったの……?


 怖いよ、シデン……。





 シデンの住むこのリューゼスの街の入り口は、通用門の設置が為された二箇所だけになっている。だが、実は他にも入る道があるのだ。

 

 北西部分の隅に深い森に面した場所があり、そこには巧妙に茂みで隠された獣道が出来ている。この街でも一部の人間しか知り得ない情報で、街の誰かが内通者でない限り、何もない森方面を敢えて注視する奴など居ないだろう。

 生まれてこの方、戦局判断などしたこともない素人のシデン。だと言うのにあまりに容易く推察できた。山賊たちはそこまで用意周到でも慎重な連中でも無いだろう、というのもあるが。

 そして、この周辺で魔物が出現したという話も滅多に聞かない。加えて土地勘ならこちらの方が断然上。ならば警戒の隙は、突けるはず。

 

 問題になってくるのは一にも二にも街の人や周辺への被害などを含めた『時間』だが、これも気に掛けはするが第一にする必要は無いと考えた。シデンの非道さ、ということではなく、限りなく憶測を取り払い、冷静に導いた思考だ。藪の中に身を潜めながら、街の様子を窺えばおのずと見えてくる簡単な答え――。

 

 人の被害……まだ虐殺には至っていないと確信できる。劈くような悲鳴や非業の断末魔は殆ど聞こえていない。恐らく抵抗した際、山賊の凶刃に倒れた者がいたのだろう。

 破壊活動……地を割るような揺動と破砕音は止まり、打って変わって静かなものに変わっている。当面の危機は去った、と言えるかも分からない。


 

 そして何より、安全だと判断できた材料の最たる部分。



 疲れでも癒しているのだろうか、祝宴を開いている山賊たちの笑い声がこの外れまで聞こえてくることだった。


 敵地だと言うのに全く警戒感が無いことから、自警団の機能壊滅は想像に難くない。適当な野盗程度なら軽くあしらえる実力を持つ彼らが壊乱した……相手は想像以上に手練れなのかも知れない。用心はすべきだ。

 裏付ける証拠として弱いが更に加えるとすれば、頭が多少でも回るなら、いたずらに破壊活動を行ったりはしないはずだ。一回で全て奪い尽くすような略奪より、段階を踏んで搾り取り尽くす簒奪の方が、結果的に見て実入りが良いことなど、馬鹿でも分かるくらいに明白だからだ。


「……行こう。レミーたちを助ける為にも」


 鞘に納めた闇夜に煌めく白刃。吸い付くような柄の手触り、存在という名の重厚感。手遅れになる前に急ごう。まだ間に合う、落ち着くんだ。

 

 息を大きく吸い込んで……ああそうだ大丈夫だ。俺なら、絶対やれる。

 奮起の自己暗示で無理やりにでも意気込み、眼光鋭く先を見据えつつシデンは忍び足で行動を開始した。暗がりから暗がりへ、物影を伝いつつ見つからないように、山賊たちへと素早く身軽に迫っていく。




 まずは、数を減らさなくては――。




「呆気ねぇなあ~こんなもんで制圧かよ。ホント、つまんねぇな普通の街ってよ。いっちょ前に剣持ってても情けねぇのなあ~。オレに傷一つ付けられやしねぇ」

「だはは、まあな。つってもよ、楽に終わった方が良いだろ。金はしっかり貰えるんだし……まあ少しは歯応えのあるやつを殺してもよかったけどな?」


 黒い欲望を語るロドルの下衆っぽい笑みに、リンゲイルは思わず哄笑する。気分が良いったら無い。こんな雑な襲撃で相当の金が二人の属する我らがキュトネル山賊団に約束されている。勿論、個人別の分け前もたっぷりだ。

 しかも山賊団に要求されたのは僅か二つ。市街地から住民を追い立ててくること、自警団と必死に刃向かう者の無抵抗化、たったそれだけ。


「にしてもホントに変な仕事だったよなあ~何が目的何だかな」

「知らね。まあ、アイツらが居なくなった後もここを好き放題出来ると考えりゃあよお……?」

「…………ひひひ、サイコーだなあ」


 無知を装う獰猛な熊の吊り上がる口端に、どぶ色した狐の目尻も大いに歪んだ。


「あ~酒がうめえうめえってのなあ」

「お頭も飲めば良いのにな、敢えて飲まねぇなんて好きもんだぜ」


 仕事が完遂すれば後は好きにしていいとの事だったので、適当な家から食料と酒をかっぱらい、本陣営から少し離れた位置で酒を煽りつつ、下らない雑談に興じている。頭の統制失くした規律の無い山賊たちだ、一人始めれば火が付いた様にお祭りに興じ出す。

 例外など二人に当てはまろうはずも無かった。

 暫く飲んだくれたろうか、リンゲイルの体がぶるりと震える。おっと、いけない。膀胱に水分が溜まってきた。


「ああ~すまねぇ、ちょっと飲み過ぎたみてえだわ。花でも摘んでくらぁな」

「くっく、そういう質じゃねえだろお前。さっさと行ってこいや」


 既に抗う者など誰も居ない状況、リンゲイルは完全に弛緩しきっていた。その時の彼に考えられたことなど次にどんな酒を飲むかぐらいなもの。

 鼻歌交じりに少し外れの物影へと移動して、上機嫌で帯革(たいかく)を外し小便を済まそうとした。



 その時。



 ざっ、と土を蹴る音がした。


「あん……? なんだ?」


 気付いた時には既に遅し。

 黒い影は地面を伝って。



「あの世で今生を詫びろ」



 鋭利な一閃が、目の下を走った。


「――がっ、ごぼっ、かひゅっ、かひゅっ……、ごおあ……」

 熱い、熱い、なんだこれは。深く斬られた喉は鮮血を辺りに撒き散らしている。肉体から急速に血が抜けているからだろうか、最早立っていることすらままならない。


「あがっ……はっ……!」

 だが何とかしてロドルに異常を伝えなければ。かすかに見えるはずの手を思い切り振る。頼む、気付いてくれと思いを込めて。


「……ん~? どうしたってんだ、リンゲイルの奴」


 よし、気付いた――!

 仮に自分が死んだとしても、最悪の事態は回避できるはずだ。霞みつつある視界で辺りを見回す。しかし、もう気付かない。彼がその時思いつくだろう限りで、最悪の選択をしてしまったのだと言うことになど。

 ロドルが訝し気に近寄ってくる、自分との距離も詰まってくる。確信を得たリンゲイルは満身創痍で口から血を吐きながら、意趣返しのようにほくそ笑む。


 よし、良いぞ! そのまま敵を察知してくれ、願わくば俺の仇を討ってくれ――!


 致命傷を負いながらも、危機を仲間へ報告出来たことを無上の喜びにしようとしていた、その時。

 命の消えそうな刹那に、リンゲイルの脳が最後の回転を始めた。


 そして、最大の違和感に気付く。

 何か、おかしい――、


 あの黒い影は、一体どこに行ったんだ――?!


「なっ、どうしたんだ、お前! おい、大丈夫か! 意識をしっかり持て! 今回復魔法を……!」


 既に事切れる間際、リンゲイルには指差して伝える力すらも残ってはいなかった。生気の宿っていない混濁した瞳だけが無残なまでに真っすぐに空を仰ぐ。


 抱きかかえられ見えたのは、ロドルの頭上に迫る危機。月夜に光る剣を携えた"影"が、頭を一突きにしようと真っ逆さまに落ちてくるところで――




「……気分が悪いな」


 刀身に付いた血と、肉と、そして脂を手近な水場で濯ぎ、無駄になる水滴を勢い良く振り落とす。シデンは不愉快で仕方がなかった。人を殺めたと言うのに何も感じない自分に、殺人に対して全くの嫌悪感を抱かない自分に。

 訓練だけではない何か。不自然なまでに手慣れた手つきで、あれからシデンは数人の命を()()っていた。そこに後悔も何もなく、あるのはただ『排除』したという感覚。山賊への怒りでも無く、ただ無感動に斬り捨てた己。やらねばならぬを突き詰めた、無機質な行動原理。


「……考えるより先に、動かないとな」


 迷いを振り切る為に独り言ちて、シデンは次の標的へと向かう。無と同化しながら修羅の道を突き進む。自らに定めた第一の目標、『この略奪を終わらせる』そんな確固たる意志を携えて。


「それにしても……」


 先ほどから気になっていることが一つあった。要所に配置されているだろう手下どもが余りにも少ないのだ。近場で祝宴を気取り乱痴気騒ぎしていた山賊どもは、片っ端から無力化ないし息の根を止めた。要所を一つずつ突破しているのだから問題は無い筈。なのに街を覆う不気味な雰囲気が剥がれ落ちない。最初に感じていた他を圧倒するような『気配がしない』と言い換えても良いだろう、

 襲った手口から考察できる敵の力量と山賊の戦闘能力、危機察知能力……照らし合わせても今一つ腑に落ちない。破城槌(はじょうつい)のような物も見かけることは出来なかったからだ。

 攻防があっただろう門付近の凄惨な状況はともかく、道すがらに零れていた疎らな血痕は、殺人までにはならない程度。推察だが、街の人々はどこかに集めているのだろう。


 しかし、何故?


 疑問を紐解いた先にあった答えは、脳裏に焼き付く血塗られた過去。

 先の判断は間違っていた。大局の見通しが甘かったと言わざるを得ない。経験の無さは失策を生む。

 急がないと不味い。紛れもない確信を今、持った。余力を残すだとかを考えている余裕はないと判断できる。

 使うならばこの時しかない、そう確信して。

 目を閉じ、意識を集中させて、力を練る。内部に溜めた魔力を生きた言霊として唇の隙間から放ち、己が意識を、内に秘めた神秘を世界へと循環させる。


 ここに神の奇蹟と称される、『魔法』が成る――!


「《魔力発剄(まりょくはっけい)速駆之一(はやあしのいち)》――」


 発声と共に身体強化の魔法が全身を駆け巡り、やがて脚部へと充満していく。効果時間は短いものの、先刻までとは比ぶべくもない程にしなやかかつ熱と力を持った筋肉は、魔法の成功を示唆していた。これならば一呼吸で町中を飛び回れそうだ。


「ふっ――!」


 強化された脚力で湿った地面を踏み砕き、しなやかな足をばねの様に扱って、シデンは瞬く間に宙を舞った。直上への跳躍には意味がある。直ぐ近くの民家の屋根へ静かに着地し、姿勢を低くしてまた、唱える。


「――《二重(ふたかさね)遠見聞之術(とおみききのすべ)(あん)(ぎょう)》!」


 魔力が滾っているこの僅かな間に、言葉通り肉体を次々に強化・構築していく。詠唱が世界を塗り替え始め、変化した法則がシデンの身体を取り巻き始める。

 猫の如き鋭敏な聴覚、反響からなる索敵能力を自らに与え、加えて視神経を昂らせ常人ではあり得ない動物的な暗視と、望遠鏡のような視力を獲得させる魔法。

 どちらも肉体活性系に分類される魔法としては初歩的なものだが、それでも疲弊は免れない。最速の詠唱法と言われる工程破棄多重展開(アクセラレイト・クォーテーション)は術者への負担が大きいのだ。術具の助けを受けたり、高位の魔法使いが手数を求める為に好んで使用するというだけで、シデンが使うにはまだ手に余る高等技術。


 しかし、分不相応だとしても。


「ぐっ……おおッ……ふうッ! はっ、はっ、よしっ――!」


 それでも、死ぬほどではない――肉体が動くならば良し、今はただ進むだけだ。


 いつどうなっても良いように鍛錬を続けていた甲斐があったと言うものだ。ぶっつけ本番で何もかも成功するほど世の中は甘くない。

 乱れた呼吸を整えながらシデンは目指す先を選定した。魔法の扱いが決して得意ではないシデンにとっては、自らの適正系統樹の合っている魔法と言えども使用毎に相当の消耗を強いられるのだ。


 重い負荷は耐え切った。すぐさまシデンは行動に移る。

 目視より先に、ざわめきを感じる場所を把握する。耳が教える北の方角、何かがひとかたまりになっている。

 次に視覚を最大限に活かして、暗闇の中で目を凝らす。すると一区画だけ妙に明るい場所を見つけた。更に遠見の倍率を上げる。


「見つけた……!」


 シデンは息を飲む。間違いない、あれは街の人々だ。

 しかし、何かがおかしい。具体性は掴めないが、あそこには決定的な違和感がある。まずは慎重に様子を窺うべきだ。

 捕まれば、何もかもが終わってしまう。この窮地をひっくり返せる可能性があるのは、紛れもなくシデンだけなのだから。


「……待っていてくれ、みんな」


 まるで謝るようにシデンはそう呟いて、冷静に、かつ冷酷に決断し、音を立てぬようにしながら屋根を伝い駆け抜けていく。


 胸にした『お守り』を何の気なしに握りしめながら。





「まだ、見つからないのか?」

「そうみたいだなァ……?」


 街を襲った男たちが苛立ち混じりに話し合っている。捕まってからずっと考えていた一抹の不安が、やっと解消された。シデンはまだ捕まっていないんだって確信できたから。

 拘束された状態で街の一角に集められた私たちは、怯えながらも機会を窺っていた。近隣の村への物流や、通商に際した中継点と成り得るこの街は、比較的大きな街への連絡手段に富んでいる。

 緊急の事態であれば、魔法的手段を用いることで、ものの数十分という早さで騎士団を派遣してもらうのも可能だ。不可視のエンチャントを施した暗号付魔法陣も我が家のほど近くに敷設してある。

 何とかなるはずだ、まだ諦めてはならない。下唇をぎゅっと噛み、私は恐怖に耐える。


 潮目が変わるのは、その時だった。


「なあァ……手っ取り早い手段、使っちゃ駄目かねェ~?」

「……構わん。ただし、全員は避けろ。この場に於いて派手さは必要ない」

「オォ~ケェエイ、んじゃ決定だ。……ホゥティルだっけか……旦那はどうすんだァ?」


 ホゥティルと呼ばれた男が、冷ややかに私を見つめた。


「私は一度"本部"へ戻る。奴を釣る餌を一人連れていく。首尾よくやれ山賊団首領、烈火のハーヴ」


 ぞくり。首筋を伝って背中に嫌な汗が数滴流れ落ちていく。

 予感は的中した、逃れることの出来ない死が少しずつ迫ってきたのを感じる。


「ま、待て! 娘じゃなくても良いだろう、私を連れていけ!」

「そうだわ、私でも構わないはずでしょう?! その子を連れていくのはやめて下さい!」


 止めに入るお父さんお母さんの嘆願を遮る様に、ハーヴと呼ばれた男が二人を睨み付けた。別に殺したって構わない……そんな無言の圧力。

 私たちの周囲にそんな剣呑な雰囲気が漂い出す。ギラリと光り出しそうなナイフが脳裏にちらついて、このままじゃみんな死んでしまうって、そう思った。

 だから、決めた。腹を括るしか……無い――。


「お父さん、お母さん落ち着いて……! ねえ、ホゥティルさん、私を連れていくって言うのは何故? 私でなくともシデンは来ると思うわ」

「お前だからこそ意味があるのだ。他の者では意味がない。手荒な真似はしたくない。さあ、来い」


 私だから意味がある……? 一体どう言うことだろう、さっぱり分からない。でもその疑問を紐解いている暇はない。相手の気が変わらないうちに、間髪入れずに伝える。


「分かった……でも、一つだけ約束して」

「何だ」


 ホゥティルの冷たい視線。恐れちゃ駄目、我が儘だろうと通さなきゃ……!


「街の人に手を出さないで。それが交換条件よ!」

「おいおいこのアマ、何様だと思ってんだァ?!」


 傲岸不遜な要求に激昂したハーヴが胸倉を掴んでくる。当たり前だ、立場としてはどう考えても私の方が下に位置付けているのだから。それでも勇気を振りぼって声にし、形を成す。

 ばくばくとうるさい鼓動をよそに、頭の片隅で冷たく回る思考が示す。ここで退いては何某かの『手段』を使われてしまう。拘束力は低いかも知れないが、枷を作っておきたかったのだ。

 不穏な空気が流れる場を打ち破ったのはホゥティルの息を漏らすような笑いだった。いたく感心したといった具合に笑みを浮かべて、今にも私に飛び掛かってきそうなハーヴを片手で以って静止させる。


「強いな、守るものを知っている顔だ。分かった、保証しよう」

「おいダンナァ……!」


 歯を剥き出して猛るハーヴは納得いかないようで、ホゥティルに食って掛かろうとする。しかし彼にとってはそれすらも織り込み済みだったようだ。目配せだけでの会話が静寂の中でこだましていた。


 やがて。


「……いいか、首尾よくやれハーヴ。俺はお前にそれを期待する。偽りとは言え、自らをフォネスの(あざな)()ちだと認識し行動しろ。結果を期待している」

「…………あぁ~、ハイハイ。さっさと行ってくれよ旦那、首尾よくやらせて貰うからよォ」


 私の耳に聞き慣れない単語が出てきた途端、先程まで軽薄な雰囲気を漂わせていたハーヴの態度をひどく冷酷なものに変えた。山賊としての自分という、ある種のスイッチを切り替えたようにすら思える。


 でも、何故このタイミングで……?


「お前には知らずとも良い話だ」


 最良の結果を探す為考察していた隙間へ差し込まれた刃、気付いた時には既に遅かったのかも知れない。

 三本の指先を以って規則的に描かれる(しるし)。学校の教師が指導していたある動きに酷似していて、すぐに思考が至る。


 あれは、受けてはならない――!


「魔法?! 《世に巡る理から――》」

「遅い。《静かに眠れ愛し子よ(ビィエーラャ)真白きこの揺り籠で(ソン・リュボーフィ)》」


 抵抗魔法(レジスト)を打つ間など、与えられよう筈は無かった。この人たちに対抗するための力なんて私はそもそも持ち合わせていなかったのだと気付かされた。


「くっ……うあっ……!」


 紡がれたのは指定した対象を深い眠りに導く初級魔法、『白き眠り花(ソーン・ビエールィ)』。

 防ぎやすい反面、掛かってしまえば最後通牒すら聞く事は叶わない。術者が魔法を解くか、一定時間が経過するまで眠りの世界から戻ってこれなくなる非常に剣呑な性質を持つ魔法だからだ。

 

 単純な故に強力。完全に掛かってしまってはどんな屈強な男だろうと赤子同然。

 放たれた音波は魔力波動となって、私の脳内をあたたかな白銀世界へ塗り替えていく。瞬く間におちていく意識。


「シデ……ン……」


 完全に寝てしまう直前、夢と現の境界線上で揺らめく感覚の中、縋る気持ちで私は祈った。お願いシデン、どうかアナタは無事で居て……と。


 

 

 意識はそこで、途切れた――。


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