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綺麗な音が聴けるまで  作者: ろじぃ
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言葉の不自由

 久しぶりの休暇に何をしようかとも考えず、ただぼーっと過ごしていると、僕の姪が家に遊びに来た。

「――メイドって、いつの時代よ……」

 僕に対しての、茜の第一声はそれだった。

「雇うのはまだわかるけど、住み込みって……住み込みって!」

「何事にも例外はあるご時世だ。何か問題でもあったか?」

「……まぁ、にぃにがそれで良いなら別に」

 僕としては問題になる発言が今さっき発せられたのだが……。

「……今、僕の事を何て――」

「失礼致します。コーヒーを持って――」

「にぃに」

 だだっ広い談話室の中、茜以外の物全てが凍り付いた。

「し、失礼しま――」

「鈴音、動くな。そこにいろ」

 この場から逃げ出そうとした鈴音を制止し、改めて茜に問いかける。

「昔は何て呼んでいた?」

「お兄さん」

「……その前は?」

「おじさん? おいたん? もう、そこまで覚えてる訳ないじゃん」

 僕も茜と初めて顔を合わせた時は、そんなに歳を取っていなかった。

 少なくとも、おじさんと呼ばれる歳ではなかった。

「峰月家との間では敬語を使わないという口約束を果たしたところまでは覚えているが……」

「結局、今も守っているのは私だけ。それがどうかした?」

「口約束は僕との間でも定着しているのに、僕の呼び方はどうして定着していないんだ?」

「あぁ、そんな事を気にしていたんだ。『にぃに』で良いじゃん」

 これは僕が悪いのだろうか? 僕が気にし過ぎているだけなのだろうか?

 鈴音に問おうにも、視線が合うなり首を横に振られる。

「まったく。どうでも良い事ばっかり気にする、にぃにの悪い癖。こんな時でも見栄え重視?」

「また、突然なんだ?」

「呼び方一つで間柄が変わる訳でもないのに。そりゃ、一部の相手にしか使えない呼び方もあるけど」

「だが、他人様から見れば変わってしまう。違うか?」

「ふふん。にぃにならそう言うと思った」

 得意げに笑って見せて、茜は続ける。

「世の中もおかしな事ばっかりで、呼び方どころか言葉一つ間違えただけでアウト」

「そればかりは今も昔も変わらないな」

「小さな間違いに間違いが重なって、それでも大きな変化はないのに今度は周りが大きくしていく……って、にぃにの会社も同じ事してたっけ」

「大体合っている。他には言うなよ」

「わかっているって。小さなミスが大きくなって、それを埋めたら誰かに知られて。そんな流れをお金に出来たら……って、これもにぃにの会社か」

「……続けてくれ」

「まぁ、いろいろ言ったけど。良くも悪くもない、ちょうど良い言葉とか行動ってさ。そんなのあるのかなって」

「あったら嬉しいな」

「……それだけ?」

 それだけだ、と答えてため息を吐く。

 対する茜は大げさに呆れた様子で項垂れた。

「なんか、今日のにぃに面白くない」

「いつもこんなものだ。――鈴音、カップを一つ持ってきてくれ」

 突然呼ばれて驚いたのか、あたふたとカップを手渡してくれた。

「――さて、茜。一つ質問をしよう」

 顔を上げ、彼女と向かい合ってから、話を続ける。

「ここにカップがある。そして僕はコーヒーが飲みたいと言った」

 そして右手で銃を模したサインを向ける。

「ここには拳銃があるとしよう。弾が入っているのか、実弾か空砲かはわからない」

 次に、僕の隣に立っていた鈴音を指さす。

「鈴音は今、茜の命を握っている。もし、僕にコーヒーを飲ませたのであれば、君を始末すると言っている」

「えっ!?」

「さて、茜はこの場をどう乗り切る?」

 そう問うと、茜はクスッと笑って両手を挙げた。

「私には難しすぎて、ぱっと思いついた答えは二つだけ」

「一つ目は?」

「にぃにをこの場で殺す。だけど、私は今動ける状態なのか、にぃにに近づけるのか。そもそも殺せるのかはわからない」

「では、二つ目は?」

「ご所望のコーヒーをカップじゃなくて、直接口に運ぶ。口移しを考えたけど、やっぱり近づけるか、撃たれないかはわからない」

「それで、この話の結末はどうなる?」

「決まっているじゃない。にぃには引き金を引いて、その後……鈴音さんが私を始末する。バッドエンドってやつ」

 銃を撃った素振りを見せると、嬉しそうに茜が撃たれたフリをした。

 一つ息を吐いてから、

「その程度の国か」

 それだけを呟いた。

「少なくとも、私からはそう見える。他は違うかもしれないけど」

「違ってほしいものだな。――あぁ、鈴音。かなり経ったが……」

「……」

 鈴音を見やると、何故か僕と茜の顔を見返していた。

「……鈴音」

「……拳銃も口移しもないのであれば、改めてご用意させて頂きます」

 鈴音の一言に茜はにやりと笑い、僕はため息を吐いた。

「にぃに? 私は別に構わないけど?」

「ごく一般的な『にぃに』はそんな事しない」

「あっ! 今、自分の事を『にぃに』って言った!」

「で、では、私はこれで……」

 言葉のあやは反論に反論を重ねて、やがて負けた者は勝者に従う事となり。

「ふふふ……今日から『にぃに』って呼ぶからね」

 言葉の重みを改めて知ったのだった。

お久しぶりです、ろじぃです。

今回は「言葉」を題材に書いてみました。

次回は、また不定期更新となります。

では、また次回まで。

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