表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺麗な音が聴けるまで  作者: ろじぃ
1/2

一番難しいこと

「哲也様、お出かけですか?」

 僕のメイド、葛葉鈴音が問う。

「あぁ。仕事に行ってくる」

「交渉、ですか?」

「そんなところだ。家は任せるぞ」

 鈴音に告げ、大通りを歩く。

 交渉とは名ばかりの、恐喝に向かっていた。

 父の築き上げた会社の代表として。


 葛葉鈴音が僕の家にやってきたのは、数日前の事だった。

 彼女の母の遺言の通りに父を訪ねて家に来たものの、そこはすでに僕の自宅となっていた事が始まりだった。

 他に行く宛てもなく、途方に暮れる彼女をメイドとして雇った。

 僕の父への、小さな反抗心からの行動だった。


 交渉はすぐに終わった。

 紙切れ一枚の命しか持ち合わせていない相手など、無力同然といったところだ。

 もちろん用済みには消えてもらう。今後の仕事に支障が出てしまうのは面倒極まりない。

『国を売る』。これが父が築いた会社の業務内容だった。

 使えない人間はあらゆる方法で消されていく。そんな光景を何度も見た。

 生き残る為には……自分を捨てる事だろうか。

 そんな生活を続けているのだ。だからこそ、自宅では何もかもを忘れて過ごしたかった。


「おかえりなさいませ、哲也様」

 僕を家に迎え入れた鈴音に頷き、続けて、

「堅苦しいのは禁止だと言っているだろう」

 カタコトで丁寧な言葉を話されるより、自然体の言葉で話してもらいたい。

 けれど彼女は頑としてカタコトに話していく。

「そうはいきません。私は哲也様のメイドとして――」

「わかった……とりあえずコーヒーを頼む」

「はい。……えっと、どちらに?」

「……書斎までだ」

 コートを手渡し、階段を上る。その間にも、何か言いたそうな鈴音に振り向き、先に答える。

「砂糖二つ、ミルクは必要ない」

 その言葉を聞いただけで嬉しそうに笑みを浮かべて、奥の部屋に入っていった。

 厨房もコート掛けも、その部屋にはないのだが……今は彼女の好きにさせよう。

 必要ない程並んでいるドアの一つを開け、広すぎる書斎の奥にある椅子に腰かける。

 過去には両親を含め数人のメイドや執事がいたこの屋敷も、今となっては僕と鈴音の二人だけ。

 もっと言えば、鈴音が来なければ僕一人がこの大きいだけの屋敷に暮らしていた。

 他者に己の力を見せつける一つの手段として暮らしているが、正直なところ小さな家に住みたい。

 ドアがノックされ、返事をすると鈴音がティーカップを持ってくる。

「お待たせ致しました。こちらに置きますね」

 机にカップを置き、熱いコーヒーを注いでいく。

 本人は何も気づいていない様子だが、念のために伝えておく。

「良い香りだな。まるで紅茶みたいだ」

「コーヒーなのですが……あっ……」

「やっと気付いたか?」

 あたふたとしながらティーポットを置いて、すぐに頭を下げてくる。

「申し訳御座いません……すぐに本来の物を――」

「これで構わないさ」

「ですが!」

「失敗しないとわからない事だらけだろう? ここに来てまだ何日を過ごしていないじゃないか」

 自分の不甲斐なさとやるせない気持ちが彼女の頭の中で渦巻いているのだろうか。

 少しの間だけ項垂れたままの鈴音だったが、すぐに気持ちを切り替えて僕に向き直る。

「哲也様は、なぜ私に罰をお与えにならないのですか?」

「……罰?」

「今までにもこんなミスを繰り返している私に、何も罰さないなんて、不思議でならないのです」

 鈴音のミスなんて、数えていたらキリがない。

 僕に尽くそうとしてくれる彼女の気持ちは嬉しい。けれど、そんな鈴音自身にも欠点があった。

「……わかった。まずはそこに座ってくれ」

 客人用のソファを指さし、そこに彼女を座らせる。それに向かい合うソファに腰かけて、彼女に告げる。

「――急ぎ過ぎだ」

「……はい?」

「僕に対して何かしたいのはわかる。だが、気持ちばかり焦っている。違うか?」

「そんな事はありません。私はただ、哲也様のお力になろうと――」

「それが焦っていると言うんだ」

 何か反論しようとして、言葉が出てこない鈴音に続ける。

「このまま過ごしていたら、身が持たないぞ。深呼吸して、肩の力を抜け」

「……」

「深呼吸して、肩の力を抜け」

 僕の言葉に、鈴音は目を瞑り、深く息を吸って吐き出した。

 何度か繰り返させ、声をかける。

「少しは落ち着いたか?」

「……わかりません」

「それくらいがちょうど良い」

 ソファから立ち上がり、書斎の奥にある机に腰かけ、すっかり冷めたコーヒーを口にする。

「鈴音、一つ質問がある」

「は、はい。何でしょうか?」

「今この国で、おそらく最も人を殺すだろう言葉はわかるか?」

「えっ? えっと……『死ね』、でしょうか?」

「単純であり、誰もが意味のわかる単語だな。確かに死に至らしめる言葉だと言える」

 けれど、と僕は続ける。

「友人との会話で使う場面も多々ある。なんとなく違う意味合いで」

「では、答えは?」

「僕自身の答えは『頑張れ』だ。明確な答えはそもそも存在しない質問だったな」

「頑張れ……励ましの言葉、ですよね?」

「『お前はまだやれるから頑張れ』、『頑張ればトップになれる』、『もうすぐ終わるから頑張れ』」

 他にもまだ組み合わせはある。けれど、これだけ例を挙げておけば十分だった。

「どんな状態でも、この言葉は励ましと見る事ができるか?」

「……」

「お前がどう思ったかは、僕にはわからない。だが、一つだけ言いたい事がある」

 俯いていた鈴音に歩み寄り、僕を見上げた彼女の目を見据えて言う。

「鈴音は頑張るな。今、現在のこんな国の社会に染まるな」

 何も知らない人間がこの国にやってきて、そして消えていく。

 鈴音もまた、身寄りがないという理由でここにやってきた。

 他人の地獄を見るか、自分が地獄を見るかは、現状ではわからない。

 ただ一つ、僕が願う事は「この屋敷が鈴音の見ている社会」であって欲しい。

 反抗心か、過保護か。それとも自己満足か。どんな気持ちでも良かった。

「――さて、後はお前次第だ。僕は書類の整理をする」

 椅子に座り、机に置かれた書類を片づけていく。

 本日の仕事にかかった出費や成果。続けて内容を――

「では、哲也様。コーヒーを淹れて参ります」

「ん? 別に冷えていても構わないが」

 いいえ、と鈴音は笑みを零す。

「私も飲みたくなってしまいましたので」

お久しぶりです、ろじぃです。

気分転換に投稿を再スタート致しました。

また不定期更新となるかと思われますが、今後ともよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ