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プール

時刻は午後4時半。

俺たちがこの市営プールで泳ぎ始めて、すでに数時間が経っている。


「よーし。あとちょっとだ章一、頑張れ! もう少し…おし! よくやった!!」


プールサイドの壁に背中をつけながら、俺に向かって泳いできた章一の手を取る。

水飛沫を上げ、ぷはっと息を吐き出しながら章一が水中から顔を出した。


「章一、やれば出来るじゃねぇか」

「はあ、はあ…ちゃんと、泳げてました、か?」


章一がやや不安そうに、荒い息の合間に俺に問いかける。

俺は笑って、章一の頭にぽんと手を置いた。


「もちろん。これだけ泳げりゃ上出来だぜ」


水に濡れたまま、章一は満面の笑みを浮かべた。

その嬉しそうな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。

俺がそうして内心笑みを深めると同時に、章一はくるりと背を向けて向こう岸へ向かって水をかき進もうとした。


「じゃ、もう1回行きます!」

「いや、そろそろ上がろうぜ。時間も時間だしな」

「え、でも…」

「急に運動量を増やすと疲れるぞ。お前、俺と違って体力無いんだからさ。また今度来ればいいだろ?」


俺がそう言ってやると、章一はちょっとだけ残念そうに「はい」と頷いた。

俺たちはプールサイドから上がって、シャワー室に向かった。

混雑を考えて少し早めに切り上げたつもりだったが、すでにそこは人でごった返していた。


「わっ」

「…っと、危ねえ」


章一の腕を取って、傍に引き寄せる。

章一の様子を窺うと、ちょっとぼんやりしているように見えた。


「気をつけろ。ぼーっとしてんなよ」

「はい、すみません」


とりあえず、この時間に切り上げて正解だったようだ。

周囲に目を走らせると、ちょうど目の前のシャワー室が空いたところだった。

俺は章一の手を引いて素早くその中に潜り込み、カーテンを引いた。


「混んでるし、一緒に入っちまおうぜ。ちょっと狭いが、構わねぇよな?」


俺は片手でシャワーの元栓をひねり、全開にした。

勢いよく水が吹き出し、あっという間にタイルの床をびしょ濡れにする。

俺はシャワーの雨の中に入り、掌で顔を軽く擦るようにした後、髪をかき上げた。

冷えた身体にぬるい湯の感触が気持ちよかった。


すると、淡く頬を染め目を閉じた章一の顔が近づいて、唇に柔らかなものが触れた。

それが章一の唇だと理解するのに数秒かかった。

降り注ぐシャワーの雨が俺の髪や頬を伝って章一の額と瞼を濡らし、唇を掠めて滑り落ちていく。

しばらくして優しい感触が離れていっても、俺は身動きがとれなかった。

目を合わせず、真っ赤な顔を隠すように章一は額を俺の肩に擦りつける。


章一、お前。なんて事してくれてんだ……。


カーテンの外は相変わらずざわめき、シャワーの雨は水音と共に俺たちの身体をいつまでも濡らす。

俺は章一の肩に顔を埋め、耳に滑り込ませるように低く声を出した。


「どうすんだよ、おい。しばらく出られねぇじゃねぇか…」


章一に負けないくらい真っ赤な顔をした俺は、背中に回された章一の腕の感触に堪らなく愛おしさを感じていた。



**********



なんとかシャワー室を出て着替えを済ませた俺たちは、市営プールの駐輪場まで来ていた。

荷物をカゴに乗せ、俺は自転車に跨ると章一に後ろに乗るよう促す。

章一が後ろに乗り、俺の腰に腕を回したのを確認すると、俺は自転車を走らせた。

運動をした後の気怠い身体を、ぬるい風が撫でていく。

スピードが上がり、章一はすがりつくように俺の腰をぎゅうっと抱きしめた。


夕暮れまでもうすぐ。

帰り際、花火でも買って帰ろうか。

日が落ちたら、2人でそれを楽しむのもいいだろう。


これから先も、今日のような日は何度でも訪れるだろう。

でも、今は少しでも長く、こいつと一緒にいたかった。

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