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プライド  作者:
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出帆

私の家には生まれた時から赤い軽自動車がある。もうかなり古い型であるのだが、父も母も乗り馴れた車を手放したくないのか、買い換えようなどという話は私、今まで一度も出たことがない。

狭苦しい後部座席に乗ると、酔いそうなくらい甘い芳香剤の香りが、車内に充満していた。しばらくしてやって来た父が、運転座席でキーを勢い良く回すと、最近のこの車の不調っぷりも、嘘だったかのように、ひとひねりでエンジンがかかった。この車はそんなに私を早くこの家から追い出したいのね、とひねくれた考えが浮かぶ。でもこれで良いのだ、私が悪いのだから、私は子供なのだから。親の言葉に逆らう権利はない。

車内で手荷物を確認していると、家から慌ただしそうに出てきた母が窓ガラスを強く叩いた。私が煩わしそうにしていると、父が見かねたように、運転座席の窓を開けた。母が怒っているのか、慌てているのかわからない声で私に、

「着いたら、連絡しなさいよ。」と、言った。

私はさも特別な事でも無いように適当に、うん、と返事をした。母に背を向けて、反対側の窓から空を見上げた。

目を細めればまだ星さえ見えそうなくらい、まだ薄暗い朝で、耳をすませば遠くからキリキリと夏の虫の声が聞こえた。ぼんやりと、真夏の朝の心地よい風に煽られながら、私はこの町で繕った記憶を思い出していた。

主観的に見ても客観的に考えても、どこか淡く、満たされなかったことに虚しさが溢れていた。不思議とそれに悲しさはなく、つまらなく生きることが私の運命であるかのように、現実ははっきりと、無という形を残して私の中の奥底で、私を蝕むようにこびりついていた。

やがて車が出発すると、僅かに開けた窓から心地よい風が吹き込み、すぐに眠気がやって来た。車載の時計は四時を指している。車の荷台に乗せた僅かな荷物が揺れて音を立てると共に、私は頬に涙が流れるのに気づくこともなく、眠りに落ちていた。






つい先日のことだ。

八月二十六日、この日、私の高校には夏休みの真ん中に登校日がある。もとは、終戦の八月十五日にあって学内で平和について考える日だったそうだ。しかし、戦争の時代の人間が教壇を降りた今、お盆休みの前後で生徒も揃わないことから、もはや名残として、この日がただ学校に来る日として存在している。

この登校日、おかしなもので学生が嫌だ、面倒だなどという癖に、いざ来ると楽しそうに、そして騒がしくする学生が多く、今もゲラゲラと大声で笑っている。私は端っこで机に肘をついてそんな彼らを観察していた。

この日が私にとって、この学校の最後の登校日だということはクラスの誰も知らない。自分から誰かに言い出すのも自己主張が過ぎるし、誰かに聞かれさえもしなかった。私がいなくても、この学校も、このクラスも何も変わらないのだろう。そこに不服は無かった。

私達の学級には、生徒の間に大きな格差が存在していた。ほとんどの生徒が二、三人から数十人になるまで大小様々なグループを作り、その中で校内での生活を営む。しかし、そのグループには上下関係があって、常に弱肉強食の関係が成り立っている。これは現代社会の縮小だとか、円満な集団生活の上で最大の壁だとか言われてる物で、要は大人がカーストと呼んでいる物である。

例えば、辺りを見渡すと、教室内一番の特等席である、教室備え付けの扇風機の風下には、暫定ヒエラルキー頂点にいる男子サッカー部が占領している。また一方では色白の男子四人組が暑そうに、文句一つ言わずに、風の当たらないうしろの机にへたって話し込んでいる。

私はこの光景が不思議でたまらなかった。あるところに下層に甘んじている人間がいて、同じ空間に上層で当然のように権威を降り下ろす人間がいる、どうしてもっと平等に過ごせないのか。

とはいえ、何ができるわけでもないヒエラルキーの外側の孤独な私は、朝のホームルームが終わるまで、窓際の机でそんなろくでもない思想をぐるぐる追いかけていた。

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