僕はまだ君の笑顔しか知らない。
まったく……どうして、君はこうも分かってくれないんだ。君の笑顔には価値が、あるというのに。
ーーそしてそれが、僕だけのものだというのに。
他でもない君自身に自覚がないというのはとても残念なことだと思わないかい?
だからね、僕が教えてあげるよ。
やだなぁ、暴れないで。何をするわけでもないんだし、ちょっと横になってもらっただけじゃないか。
僕は君の笑っている顔が好きだ。
ーー僕はまだ君の笑顔しか知らないけれど。それでも。
……こんなときでもやっぱり笑っているんだね。いや、何でもないよ。それにしても、ちょっといきなりすぎたね。君も首に汗をかいてるし。少し暑いかな?それとも、緊張? 君にしては珍しいね。
ーーこれじゃ手が滑って、締めにくいかな……。
いや、何でもないよ、独り言。ちょっと首に手、当ててるだけだから気にしないで。
…………。あー、とりあえずもう一度言わせてもらっても良いかな?
僕は君の笑っている顔が好きだ。
だからーーずぅっと僕の、僕だけのそばで笑っていてね? そんな困った顔で笑わないでよ、君は相変わらず器用に笑うよね。
別にこんなことを言うからって他の表情を見たくないわけじゃないんだよ? もちろん、見れることなら見てみたいーーけど君はいつも笑っているじゃないか。長い付き合いなのに、今まで1度も笑顔以外の表情を見たことがない。
あぁ、だからと言って笑うことに文句を言っているわけじゃないんだ。笑うのは良いことだからね。
それに……なんだかんだ言いながら、きっと僕は君の笑顔が1番好きなんだよ。例え、君の他の表情がどんなに綺麗で美しくても君の笑顔が1番好きだ。
ーーだからこそ、こんな感情が芽生える。それくらいに、君が、君の笑顔が、好き。
ねぇ、だからずっと笑っていてね。最後の最後、最期まで。笑って笑って、人間らしく、君らしく。君の代わりは僕がするから、僕が君の代わりに泣いてあげる。
きっと君の最期の笑顔は今までにないほど、透明なんだろうなぁ。だから笑って? ほら、笑って。
なんだか息苦しい? ーー今日は蒸し暑いからね。まぁ、それでもいいじゃないか。苦しそうに、儚く笑ってみせてよ。なんたって、僕は君の笑顔に最初で最後の一目惚れをしたんだからね。
少しの間、昔話をしようか。
初めて会ったときもやっぱり君は笑っていて……対照的に僕は君の笑顔を見て、泣いたんだっけ。笑わないでくれよ、僕だって初めてで自分でも衝撃だったんだからね。
そのとき生まれて初めて、人の笑顔を透明だと思ったんだ。限りなく無に近い、それでいて空虚でない透明な笑顔だと。 笑っているのに、どこか悲しげで憂いを帯びていて……僕の表現じゃ上手く伝わらないけれど、とにかく綺麗だったんだ。
そして僕は出会ってすぐ君に恋をした。
ーーあぁ、世の中にはこんなにも儚く笑える人がいるのだと。
放っておくと、何処かに行きそうなほど無に近い笑顔を失いたくない。その儚い笑顔を守りたい。壊したくない。
ーー僕だけのものにしたい。そう思ったことが、なにかの間違いだったんだろうか?
でも確かに僕たちの歯車はここで狂ったんだ。
あぁ、今日は本当に蒸し暑いや。君も相当辛そうだけど大丈夫? ーー君はいつでも、笑ってるね。いや、本当に。
最初は、君のそんなところが好きだった……確かに好きだったんだよ。けどね、今はーー君が、君の笑顔が、この世で1番嫌いだよ。大嫌いだ。憎い憎い、ただひたすらに何故だかそれすらも分からないのに、憎い。
なんだ、驚かないのか? それとも、もう話す気力もない?まぁ、それもそうか。
君の笑顔を透明だと、綺麗だと思ったんだ。儚いとさえ、思った。守りたい、壊したくない、壊させやしない。
そして、自分のものにしたいと。思った。欲が出てきたんだね。
思ったからこそ、君が憎くなった。いつの間にか、こんなにも君のことを憎んでいた。自分でも気付かないほどに。
誰にでもふりまく、その笑顔。ーー僕のものなのに。周囲に。全てに。嫉妬した。憎悪した。殺意を抱いた。
いつの間にか、その感情は君の笑顔にも抱くようになっていたんだ。
何故? 何故、君はそんなに笑顔をふりまく? 何故、君は自分の笑顔の価値が分からない?
なぁ。何とか言えよ。
どうすれば、君の笑顔は僕のものになる?
ちゃんと、考えた。もう嫌になるくらいに考えに考えた結果だよ。
さぁ、だから。君はいつでも、最後まで笑っていて。僕が、僕が君の代わりに泣いてあげるから。
辛い? 苦しい? ーー僕も苦しいよ、だから君は笑っていて。
最期の最期まで笑って。君の他の表情なんて、いらない。君はずっと笑っていて……。そしてその隣で僕は泣いていよう。
ずっとずっとずっと隣で一緒に……あぁ、なんだ。もう終わりか。人の最期なんて、存外に呆気ないものなんだな……。
ーーさようなら。大好きで大嫌いで愛しくて憎くて、最期の最期まで笑っていた君。
でも、さよならは一瞬だけ。ほんの一瞬だ。安心して、お互い独りは淋しいだろう? 早く僕も逝くよ。ーー君の隣へ。謝るから、ちゃんと仲直りして、そこからまたはじめよう。
穏やかに笑っていて本当に君は寝ているみたいだ。死んでいるなんて信じられないや。
死ぬってどんな感じなんだろうね、やっぱり痛いのかな……? それとも、そんなことも感じないうちに逝ってしまうのかな?
僕は君みたいに綺麗には死ねないけど、待っててね。
え、いや、ちょっと待て。寝ているみたい……? 嘘、だろ? なんで? どうして? やめろ……やめろやめろやめろっ……!
「さようなら」
ーー×月●日 午後6時のニュースをお送りします。今日未明、○○県**町民家で無理心中と思われる男女2人の遺体が見つかりました。死因は、女性の方が自分の首を締めて自殺。男性の方が刺殺とのことです。特に男性は原型をとどめないくらいの滅多刺しで警察は現在、身元を確認しています。また、動機についても探っている模様ーー。
歪んで歪んで、清々しいほど真っ直ぐに歪みきった恋人たちのお話。
歪んでいたのは果たしてどちら?
ホラーちっくでもないかもしれない。
なんかすみません。←
いつもと違う趣向にしてみました。
と言っても(書いても)初投稿作品なんでわかんないですよね、はいw
そんなこんなで、もし良かったら
よろしくお願いします!