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過去短編集

声を呑む日曜日

作者: 舞崎柚樹

 風邪を引いたかもしれないと、俺は寝起きの顔のまま、寝ぼけた頭で考えていた。日曜の9時。学校は休みだし、親も今日は一日なんだか用事があるだとかなんだとかで、もう既に出かけているはずである。よって、このまま日中ずっと寝ていたところで何も困らない。それでも一応熱があるかどうかだけでも確認しておこうと、体温計を探しに行こうと、体を起こし居間に向かう。

 そもそも、寝起き状態の俺がなぜ風邪の可能性の話を思い浮かべていたのか、ということだが……。順に遡っていこう。まず、目が覚めてなぜか声がでなかった。痰が絡んでいるのかとも思い、咳払いを何度か試したものの、実際に痰が絡んでいるような感覚ではなかった。さらに言えば、唾を飲み込んでも喉は痛くもない。なのに、何度も空気を吸い込んでは吐き出しているのだが、一向に音という音が出てこなかった。

 訳もわからないまま「風邪を引いた、寝よう」の一言で片付けるのが、いつもの俺だとすると、今回の俺は少しだけ気がかりというか、気になるというか……。こんなことを気にしてどうするんだということが、実はあった。

 もう少し遡るとしよう。

 目を覚ました直後、俺は少し汗をかいていた。それは冷や汗と呼ばれるような類のもので、その理由は寝ながら見ていた夢にあった。

 鉄の鎖で宙吊り。いかにも拷問シーンの夢に放り込まれた俺だが、もちろん縛られて身動き取れず、これからどう拷問されるかヒヤヒヤしているのは俺自身だ。こんな思考回路ならとっとと終わって欲しいと思うもので、願えば願うほど、思考回路が活発になったりして、もしかしてこれは夢じゃないのではないかとか、ほっぺをつねってみようにも両腕は鎖でぐるぐる巻き。確かめようもなく俺の鼓動は“拷問”という2文字に駆り立てられていた。自分の夢の中で自分が自分を拷問する事態などあってなるものか。とにもかくにも、夢なら覚めてもらわねば困る。起きろ起きろと体に命令してみるものの、まったく状況が変わりもしない。ため息を一つ吐き出したところで水滴が落ちる音。そして靴音。革靴だろうか、女性物のヒールだろうか。コツ、コツ……と、ゆっくりだが、こちらに、確実に近づくその一歩一歩が、その靴音一つ一つが、俺の呼吸を無意識に止めた。

 全身真っ黒と表現すればいいのだろうか。黒いローブに身を包んだ女かも男かもわからないその、人間かもわからない……生物、としておくが、それは聞きなれた靴音をさせ、俺の目の前までやってきた。身動きがとれない俺が現在できることといえば、体を揺すって鎖同士をぶつけ合ってジャラジャラ音を鳴らすだけ。何の役に立つのか誰か教えて欲しいくらいだ。

 ゆっくりと、滑らかに黒い手が伸びる。身を引くものの、ジャラジャラと音がなるだけでまったく避けきれない。黒い指が俺の顎にそっと沿うように置かれる。その冷たい感触に、俺の背筋は一瞬にして凍りついてそのまま砕け散った、気がした。

 顎を持ち上げられて、俺の視界はすこし上を向く。どこか漫画で見たことがある動作だったが、それは相手が俯いていた場合ではないのか。こちらを見ろと、無理矢理顔を持ち上げるときの動作ではなかったのか。なんか、怖くなってきた。この冷たい感覚がもし、夢ではないのだとしたら、現実なのだとしたら、俺はどうなる? このあと、どうなる?ここは一体どこで、何がどうなって、こうなった? 親父か、母さんか、どっちかが何かご近所迷惑でもやらかして、ご近所さんが地球を壊す勢いで怒ったとして、息子である俺が標的になって、こう、なんだかよからぬことを……考えているとか。いや、考えているのは俺か。

 自分でも馬鹿なことをよく考えたものだと、そろそろ首が痛くなってきた気がすると、俺は持ち上げられている力に対抗すべく、視界を少しでも下げようと力を入れる。1mmくらい動いたと、信じたい、くらいにしか動いた気がしない。もう、何をどうしてもこの真っ黒には敵わないのだが。

 俺の無駄な抵抗も結果虚しく、無駄だったと思い知ったところで黒い指が動く。顎に置かれた手が動いていないことを踏まえると、もう片方の手だろうか。俺の喉元を摩り、その中心を軽く小突く。そして、近くにあった何かを引き抜いた。金属の音がした。

 もう、嫌な予感しかない。金属、拷問、喉。これはもう、喉やられる。真横にスパッとやられるよ。

 泣き出しそうな俺に、黒は何も言わず、何も見せず、音もなく、俺の喉元を引き裂いた。

 気がするのだ。

 金属が引き抜かれたあたりまではまだ夢の中だった俺だが、引き裂かれたであろう瞬間に目を覚ましてしまったので、結果はもうわからない。だが、こう、あれは夢だったのに、声がでない。実は夢の中で喉元スパッと引き裂かれたから今声がでないとか、そういう根拠の欠片もないことを考えた上で、却下したいがために、風邪であれと祈っているにすぎない。

 脇に挟んだ体温計はまだ鳴らない。冷や汗をかいていたからか、どことなく寒い。というか、なんだかいろいろと緊張したような気もして、疲れた。

 息を呑む展開など、日常そうそうあるものではないからか。張り詰めていた意識が、緩む緩む。あれは夢だったのだと、感じることができるようになって、時間が経つに連れて、脱力していた。

 小さな電子音が鳴っているのに数秒気付かなかった。そういえば、と呑気に体温計を摘むと、表示されているのは6度3分。微熱とも言い難い。

「熱、ないじゃん……」

 心配して損をしたというか、別に熱があることを期待したわけでもないのだが、どことなく安心して吹っ切れた。自分のしていた心配が馬鹿馬鹿しいとは言わないが、ちょっと人には言えない心配性を全面に押し出していたのかもしれない。よく考えればわかりそうだ。そんなことあるわけない、と。なんという非現実的な状況を想像していたのだろうかと。最初から夢だと気付いていたのではないのか。ご近所付きあいの喧嘩程度で、俺が鎖に簀巻きにされる所以などない。いや、簀巻きはちょっと違うか。どうであれ、非現実すぎた光景だったからこそ、どこか現実味を帯びていたのだろうか。それとも、自分の頭の中で繰り広げられた一種の物語であったからこそ、俺だけに、途方もないリアリティを与えていたのかもしれない。

 すごく怖かったんだが。いらないんだが、そんなリアリティ。何をしてくれているんだ、俺。そのわけのわからない想像力をもっと他で活かしてやれよ。

 そんなのを自分で自分に言ったところでどうともならないのは百も承知というか、言う前からわかっているというか。

 とにかく、夢に魅せられていた事は確かなようだし、緊張しすぎて息を呑み込んだと思っていたら、ついでに声も飲み込んでしまっていたみたいだ。それでもまあ、さっき声が無意識のうちに出ていたのだから良しとしよう。

 突飛な日曜日だ。二度寝でもするとしよう。

 また、喉元を豪快に引き裂かれないことを神様に祈って。


読んでいただきありがとうございます。


皆さんはこのような経験をしたことがあるでしょうか?

「夢だった」で片付くのに、妙に現実っぽくて忘れられないような夢。

自分で物語を組み上げて自分に見せているのに、先の展開すらわからずに緊張する……。

そんなの私の考えすぎで心配性な性格だけの話なのかもしれません。


「そんなことも、あったかも……?」

それくらいの共感を抱いていただければ、嬉しいです。


またよろしくお願いします。

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