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彼女たちの部屋  作者: 黒白
2/2

初陣 壱

 日付 不明(僕が来てから17日目)


 


 今日もいつも通り彼女たちに起こされた。いつも通り


「めしー! めしー! 飯をよこせー!! 」


と、うなだれるような訴えとともに叩き起こされる。


 ここに来てからの僕は急な生活の変化と寝床の変化(ベットから床の上で布団だけ)によって怠惰な生活を送っていた。毎日が暇人の日曜日である。


 昼近くまで寝て、空腹が限界値になった彼女たちに起こされる。たたき起こされるってのが正しいんだろうけど。左右から交互に転がされる。


 それからはいつも通り二人にせかされて朝と昼を兼ねたブランチを作る。部屋から出ることのできないこの部屋でどうやって料理をするかというと、いつの間にか補充されているこの部屋に似合わない冷蔵庫からてきとーに食材を選んで部屋に似合わない小さめの台所で調理するのだ。


 部屋、というのは彼女たちが住む部屋、子供部屋である。真ん中を本棚やら箪笥やらの家具で分けた二人用の大き目の子供部屋だ。小さい子達の大きな子供部屋だ。


 ちなみにここには冷蔵庫やキッチンのほかに洗濯機やら風呂など、生活に必要なものがちゃんと揃っているのだ。部屋のレイアウトを除けば、誰でも今すぐこの部屋で新生活をスタートできる。


 ここに来る前は一人暮らしだったので家事は少しはできた。特に料理は趣味の一つだったので作り方さえ知っていればある程度の味のものは作れた。


 ということで飯もある程度味と形は保障できた。何を作ってもあの二人はおいしいともまずいとも言わないから最近は自信喪失気味だが…。


 飯を食い終わると僕も彼女たちもてきとーに時間をつぶす。会話はあったりなかったり。どちらかといえばある。


 その時は主に彼女たちの見た目を裏切らない遊び、具体的にはおままごととかあやとりとかをしたりしている。最近は僕が特製紙飛行機を伝授したりしている。


 ここに来たばかりの頃は、何がなんだか分からず混乱状態だった僕が一方的に遊びの相手をさせられる形だったので立場は僕のほうが下だったが、紙飛行機を教えるようになってからは立場は対等になれたと思う。




 「ゆうきー、かみひこーきぃ」


 と、後頭部にはたき。これをするのは赤々だ。ここに住む双子の女の子の姉のほう。ピンクのゴスロリの服装をしている。


 年相応の女の子って言った感じの元気な子である。


「またかよ不良姉妹姉。そろそろネタ尽きるぞ。」


「わたし不良じゃないよ! 」


「不良だろ。僕は未だかつて一度もその年で髪をピンクに染めた奴を見たことない。」


そう、赤々は見た目5歳のくせに髪をピンクに染めているのだ。さらにツインテール。どこのアニメキャラだよ、これ。


 「染めてないもん、これ地毛だもん。」


 「いや、全国世界どこにも地毛がピンクの民族なんて存在しない。そんな奴がいるのはテレビの中だけだ。そんな奴が現実にいたら500円くれてやる。」

 

 「今ここにいる。」


 「何してやったりみたいな顔してんだよ! 」


 「だってこれ事実でしょ。ゆうきが否定した存在は今ここにいるよ。」


 「それは染めた奴だろうが! 」


 「だからわたしは染めてないよ。そもそもアニメに出てくるピンク髪キャラが地毛でその色って言う確固たる証拠はあるの? 」


 「あぁあるさ。〇〇の〇〇〇とか△△の△△△とかって入浴シーンでもちゃんとピンク色じゃないか。石けんでゴシゴシ洗っても色あせてないし。」


 「それが証拠? 」


 「あぁそうだ。」


 「男に二言は? 」


 「ない。」 」


 「男子の一言? 」


 「…………えっと……。」


 「…k…きぃ……。」


 「金鉄の如し!! 」


 「せいかーい!! 」


 よっしゃ! 当たった! 良かった、5歳に分かって高校生に分からないことわざがあってたまるか。


 「じゃあどうしてわたしいつもお風呂上りのときもピンクなの? 」 


 「………あっ…」


 しまった! 上手く乗せられてしまった。なんて恐ろしい子だ。おバカな顔をして頭がキレるやつ。見た目のおバカさを裏切ってすげー話術が巧みだ。


 「そもそもこの部屋に染める道具あるっけ? 」


 「……………………」


 僕の負けだった。手の出しようがない。上手く誘導且つ固められてしまった。完全な敗北である。


 こうしてこの日僕は赤々に500円の支払いとともに赤々の髪の色が自然なものであると認めた。


 そして『人は見かけによらない』の真意を知った。




 さて、僕がしばらく補給されていない財布から最後の金銭である500円玉を赤々に支払うと、僕のズボンが下にずらされた。小中学生男子がよくするあれだ。女子の前でされたら絶望的なあれだ。これは体操着などであったなら下まで一気に落とされてしまうのだが、今の僕みたく学生服のズボンを着用していたならベルトによってそれは遮られる。


 というわけで僕のズボンは下ろされなかった。


 2、3度引っ張られたズボンが引っ張られなくなったところで僕は真後ろにいる不良少女妹の頭部をつかんだ。こめかみを親指でぐりぐりすると


「いだだだだぁー」


という声が発せられた。


 振り返ると、そこに青々はいた。ここに住む双子の妹のほう。青色のゴスロリの服装をした紺色のストレートヘアーの少女が。そろえられた前髪、整った顔、と赤々と対照的にクールな風格を持つ。


 さて、なぜ青々が僕のズボンを下ろそうとしたか。これは先ほどの教訓のままである。青々は先述通り、前髪をそろえた腰まで伸びたストレートヘアーで整った顔つきでクールな風格を持つのだが、その中身は外見を裏切っている。


 クールな風格を持つ青々はいたずら好きである。


 普段は外見通りおとなしいく冷静なのだが、何かのスイッチが入るといたずらっ子になるのだ。先ほどみたく僕のズボンを下ろそうとしたり、足を引っ掛けたり、持ち物を取って逃げたり――――とまぁ益体もないことばかりである。


 だから青々が僕のズボンを下ろしたことに深い意味なんてない、ただのいたずらである。


 「ゆうき。わたしも。紙飛行機。教えて。」


と、青々。


 話すテンポはいつも変わらず単語や文節で区切られたものである。赤々によると、青々の心情を察する方法はいたずら以外にもうひとつあるらしい。何があっても言葉のテンポや表情が変化しないに等しい青々が見せる変化。それは声の高さである。大体察しが付くと思うが、声が高めなら機嫌がよく、低めなら不機嫌らしい。ちなみにいたずらモードのときは一言も話さない無言状態になる。


 とは言え彼女に出会ってまだ二週間強の僕にはさっぱりで機嫌の良し悪しは皆目見当も付かないのだが、赤々には分かるそうだ。


 果たしてそれは赤々が青々と長い関係であるからなのか、赤々が絶対音感を持っているからなのかどうかは、定かではない。


 それから二人に紙飛行機を教えた。今日は赤々のほうのベットの上でエンジン付き紙飛行機とニードルを。


 どちらも手先の器用さは年相応なのでわりといい時間つぶしになった。


 人に教えるということもだが、妹がいたので子供の扱いには慣れているとはいえ、やはり双子というのは新鮮だった。




 そうして時間が経ち、最後に青々がニードルを作り上げたとき、扉が開いた。


 扉が開くとともに、部屋に車の走る音、踏み切りの音などが一気に入ってきた。どれもこれも懐かしい音であった。


 そしてお客さんがやってきた。外界に包まれたお客さんが。


 その人はセーラー服を着ている女子高生だった。ポニーテールの清楚そうな子だ。最近はちゃらちゃらした子が多いが、この子には最近の若者が失った気品があった。


「いらっしゃーい!」

「いらっしゃいませー!」

 

と赤々と青々が一斉にあいさつした。


「店かよ」


と僕は小さくつっこむ。


 清楚な女子高生は明らかに驚いた様子だった。外に交差点や踏切りが見えるのでたぶん彼女は学校の登下校途中にたまたま偶然ここに入ってきたようだ。


 「あの…こちらは? 確か私喫茶店に……。」


と、女子高生が中の雰囲気に違和感を覚えて外に出て確認しようとした瞬間だった。


「いらっしゃーい。子供部屋喫茶だよー。」


と、いつの間にか女子高生の後ろにいた赤々が女子高生の背中を押してテーブルまで連れて行き椅子に座らせ、全く同じタイミングでまるで打ち合わせでもしていたかのように青々がテーブルと椅子を整えてお菓子を用意した。


「いらっしゃいませー。ご注文はどうなさいますか? 」


と青々。すると女子高生はいつの間にかそこにあったメニューを開いて一通り眺めた後、紅茶とチーズケーキを注文した。


 すると赤々と青々がこちらを見て目配せをしてきた。ということは…。


 ため息ひとつ、心の中で。


 そして僕は、


「かしこまりました。」


とかしこまった。


 冷蔵庫に行き、開けるとチーズケーキの材料があった。


 僕のやることといえばそれらの材料をレシピを思い出しながら組み合わせて盛り付けるだけ。自分でできるところまで材料は完成しているのでやることはそれくらいでいいのだ。


 紅茶をカップに注ぎ、お店のケーキっぽくチーズケーキを飾って持っていくと、3人は席で楽しそうに雑談中であった。


 「お待たせいたしました。こちら紅茶とチーズケーキになります。」


と、それっぽくいってテーブルに置くと、そのまま厨房(台所)に戻って話を聞いていた。この場合僕が会話に加わるのは彼女たちにとって邪魔者以外の何者でもないらしいから、僕はこうしてさりげなく聞き耳を立てているのである。


「じゃあやっぱり男は見た目が大事ってことだね。」


と赤々。何の会話してるんだあいつら。近年稀に見ない露骨過ぎるガールズトークだ。


「そうとは言ってはいませんわ。見た目は5割くらいで全てではございません。」


と女子高生はくすくすと笑いながら見た目通りの気品のある口調で赤々の言葉に付け加えた。


「ちなみに残りの5割は? 」


「そうですね…。メジャーではありますが、やはり性格とかではないかと。」


「収入が抜けてますよ。どんなに見た目とか性格がよくても食べていけなかったりしたら嫌ですよ。理想とか夢だけじゃ生きていけませんよ。」


「それもそうですけど…それだけじゃ味気ないじゃないですか。」


恋愛に対して理想を語る女子高生と現実を語る見た目5歳である。不思議と異様な光景だ。


 するとここでイレギュラーが発生した。


 ガールズトークに参加しつつも口を一切出さずにお菓子をボリボリボリボリと食べていた青々が第一声でなぜか


「ゆうきは。どう思う? 」


と話をふってきたのだ。僕にガールズトークへの参加権を与えたのだ。


 急なパスだったので混乱してしまい僕はたじたじな返答をしてしまった。


「えっと…あの…男としては見た目より中身を見てほしいというかなんと言うか……。」


と。あまりにも惨めでチキンな男子のセリフであった。誰よりも自分自身がショックを受けた。


 僕がショックに打ち拉がれ、赤々と青々が哀れな目をこちらに向けているとクスクスと清楚な笑い声が聞こえた。それが女子高生のものであることは言うまでもなかった。


「安美さん? 」


不思議そうに名前を呼ぶ赤々。あの女子高生は安美さんというらしい。


「そうですよね。やっぱり普通の男性はそうなんですよね。」


そういってなぜか悲しそうな顔をする安美さん。そしてさらに続けた。


「私って、自分で言うのも変ですけどなかなか歴史ある裕福な家柄なんですよ。」


あぁ、やっぱりそうなんだ。口調といい態度といい、納得である。


「でも、裕福だから幸せって言うわけじゃないんです。父も母も、使いの者もみんな、周りの人は家柄とか伝統とかを重視している方が多くて、そのせいで風流寺家の一人娘として私もそれに恥じないように育てられました。」


 ……。


「実は最近、父が年のせいか私に結婚を急がせるんです。私はせめて大学を卒業するまで嫌だと言っているのですが私の意見なんて無視して勝手にいろんな人と見合いさせて…。いろいろと言い訳を作ってお断りするのもそろそろ限界で。」


「気が合いそうな人。いなかったの? 」


「気が合うなんて話じゃありません! あの人たちみんな、風流寺家が欲しいだけなのよ。私じゃなくて私の父や母に好かれようとしているのが丸分かり。言うこともあれを買ったとかこれを手に入れたとか誰々に何億円投資したとか何とか会社を買収したとか、自分の性格じゃなくて自分の功績とか持ち物とかの自慢話ばっかり。みんな鼻を高くして武勇伝を高らかにほざくくせに誰一人としてどんな人かさっぱり。金の亡者ってのは分かるけど、その人の良さなんてこれっぽちも見当たらない。大体みんなおっさんじゃない。タバコ臭と加齢臭がプンプンする。あーもうっ! 」


そして最後に


「ホント、何考えてんでしょうね、あのくそじじい共は。」


と吐き捨てた。


 一瞬の沈黙。出会って数分の僕が言うのはおかしいのかもしれないけれど、さっきのはあまりにも彼女らしくなかった。


 たぶんそのとき僕は、唖然としていたと思う。


 そんな僕を見たからか、僕と目が合った途端、安美さんはすべてを察したように顔を赤くして


「す、すいません! 私、変な事を……。」


といった。


「大丈夫ですよ。」


と、コーヒーをテーブルに置いて、赤々が慰めの言葉をかける。


 どうぞ、と赤々が勧めると、安美さんは両手を顔から離しコーヒーを口に含んだ。それから


「ありがとうございます。とってもおいしいです。」


と清楚に微笑んだ。


 それと同時に青々は再びお菓子をボリボリボリボリと食べ始め、僕は一度会釈をして台所へ戻った。


 こうして沈黙は、破壊された。




 それから数分後、彼女は部屋を出た。


 コーヒーはサービスだったのでそれ以外の料金を支払った後、


「また来てもよろしいでしょうか? 」


といって。僕らが


「またのご来店をお待ちしております。」


と店員っぽくいったセリフに安美さんは清楚に微笑んだ。




 「あー疲れたー。」


3人が背伸びプラスあくびをした。


 そういえば、安美さんはここを喫茶店と思って入ったらしいが、彼女にとって従業員である僕らはどんな風に見えたのだろうか。


 僕と彼女らは兄と妹には見えなくはないが父と娘には到底見えなかっただろう。親戚が経営する喫茶店でお手伝いをしていた子供たちくらいが無難か…。それにしては店内のレイアウトがどう考えても彼女たちにピッタリ過ぎる。


 ………。


 どちらにしても無理な設定であることに代わりはないか。


「じゃあ僕、疲れたからもう一寝入りするよ。夕方になったら起こしてくれ。」


慣れないことは、やはり気疲れする。


 洗い物を済ませ、掛け布団に包まる。ゆっくりと眠りに落ちて行く―――はずだった。


 僕は起こされた。彼女たちに。


「何? 僕寝たいんだけど。」


「何言ってんの! こっからがゆうきの本番じゃん! 」


「…え? 」


「ゆうき。初陣。いってらっしゃい。」




 その瞬間、エクスクラメーション一個分。


 僕は部屋の外にいた。


 どこかの豪華レストランの窓際6人用の席になぜかタキシード姿で。


 一瞬の場面変換に驚いていると、二人の老夫婦と若い女性がやってきた。


 老夫婦は初対面だったが女性のほうには見覚えがあった。


 安美さんであった。先ほど出会ったばかりの風流寺安美さんだ。


 この場面。状況。


 僕は察した。ここを。


 ここは紛れもない見合いの場だ。


 彼女は僕の見合い相手であり、僕は彼女の見合い相手だ。




 ……第二のイレギュラー発生。


 

 


 

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